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バルクリッドの宝石は

黒い髪の男の子視点です。

 バルクリッドには幼い宝石がいる。


 その噂が立ったのは、最近。

バルクリッドの娘が社交界デビューをしてからだ。

ダンスがとてもうまく、また、その美貌も素晴らしいらしい。

たかが十二の娘に美貌もなにもないと思うのだが、一度でも彼女のダンスを見た男はそれを誉めそやした。


 それはきっと本音半分、偽り半分。


 十二の娘がそのような甘い言葉をかけられ続ければ、驕り高ぶるのが普通だ。

そうして、バルクリッドの宝石を価値のない石へとおとしめたいのだろう。


 だが、彼女はそんな言葉に微笑みを返すだけ。

驕り高ぶる事はないのだという。


 ……幼い宝石は本物か、偽物か。


 自分の目で確かめてみたいと思った。

しかし、宝石はいつも遠くにあるばかりで、近くに見る事ができない。

そこで、彼女と懇意にしているというアーノルドに頼んだ。

集めた情報によると、アーノルドだけが彼女と長い時間話せるらしい。

不思議に思い、しばらく観察していたが、確かに彼女はアーノルド以外のエスコートには乗らなかった。


 彼女はダンスの誘いを受ければ誰とでも踊る。

バルクリッドの力を象徴するような素晴らしいドレスやアクセサリーをつけて。

ダンスの相手は美醜も家格も関係ないようで……。

ダンスをしている間はいつもきらきらと笑っていた。

本当に楽しそうに。

見ているこちらさえ、幸せになるような笑顔で。


 彼女とダンスをした者は必ずその後のエスコートも名乗り出る。

自分を見て、あんなに楽しそうに笑ってくれたのだから、いけるはずだと思うのだろう。

だが、ダンスが終わった後、彼女が手を取ったものはいない。


 ……そう。アーノルド以外は。





 彼女とのダンスの後、次にアーノルドがダンスに誘った。

彼女とアーノルドとのダンスは素晴らしく、見ているこちらが溜息をついてしまいそうになる。

そして、ダンスが終わると、彼女はその場に残り、私の元へはアーノルドだけが戻ってきた。

どうやら彼女はこのままダンスを続けるらしい。


 「なぜあんな派手な事をなさったんですか?」


 私の横まで来たアーノルドが、困ったように眉尻を下げた。

まるで敵意がないような表情に見えるが、アーノルドはこう見えてなんでも卒なくこなす。

この外見は相手を油断させるための擬態。

それを知っている私には、その声に少しだけ私を非難する色があるのがわかった。

今日、あまり目立ったことをするのはまずかったのだ。


「私もあんな事をするつもりはなかった」


 そう。なかった。

ただ、バルクリッドの宝石が本物か偽物か確かめたかっただけなのに。


「……彼女と踊っていると、やりたくなってしまった」


 直接話して、彼女の真価を知りたかった。

けれど、彼女の微笑みは私の考えなど読み通しているようで……。

アーノルドにはダンスをすれば彼女の事はわかると言われていたので、ダンスに誘った。

そうして踊り出せば、彼女はきらきらと笑う。


「彼女が窮屈そうだったから……もっと広いところで」


 もっと笑って欲しい、と。


 気付けば思っていた。

黒い瞳でじっと見上げてくる彼女の期待に応えたくて……。


「……それはわかります」


 眉間に皺を寄せたまま呟けば、アーノルドが小さく同意した。


「ライラック様とダンスをしていると、自分にもっとできるんじゃないか、と思いますから」

「……ああ」


 もっとできる。


 確かに、そう思った。

私なら……もっと彼女と自由になれる、と。 


「羽のように軽かった。パートナーを重いと思うことはあっても、軽いと思う事など一度もなかったのに」


 ホールドをした時、ただ添えるだけの手がやけに重い事がある。

パートナーがしっかり立ってくれないと、支えるために余計な力がいるのだ。

けれど、彼女のホールドはこちらへの負担が一切なかった。

むしろ、一人で立つよりも楽で……。


「彼女が私を支えてくれた。自分一人では届かない場所まで足が進んだ。あっという間で……気づけば中心だった」

「ライラック様は一人できちんと立てるお方ですから。お互いの力が組み合って。……とても素敵なダンスでした」


 アーノルドの言葉に私もその時の事を思い出す。

その時を思うと、なんだか胸の辺りが苦しい。


 『楽しい……』


 と、ポツリと零した彼女の声。

まっすぐに私を見て、満面の笑みを浮かべてくれた彼女。


「きっとライラック様も楽しかったのでしょうね」


 アーノルドの声が胸に響いた。


 ……そうであればいい、と。


 そう思ってしまう。


「……私以外では初めてだと思います。ダンスの後、もう一度手を取ったのは」

「そうだな……」


 アーノルドが少し寂しそうに笑う。

そう。ダンスの後、彼女が手を乗せた者はいない。


 ……私は内心、馬鹿にしていた。

ダンスが終われば、それきり。

アーノルド以外の手を取った事がない彼女に、なぜ他の男はエスコートを申し出るのか、と。


 けれど、気づけば私もエスコートを願い出ていた。

そして、あっさりと。

本当にあっさりと断られた。


 あんなに楽しそうに笑っていたのに、いつも通りの微笑みで。


「私も断られた」

「……そうだったのですか」

「ああ。ただあまりにも目立ってしまったから、アーノルドを理由に戻ってきた」

「私を理由に、ですか?」

「友人の元まで、と誘えば、すぐに手を乗せてくれたな」


 アーノルドに嘘をついても仕方ないので、正直に経緯を話す。

すると、アーノルドは眉尻を下げて困ったように笑った。


「そう、ですか……」


 さっきと変わらない笑み。

でも、長年一緒にいる私にはわかる。

ヘーゼルの目に喜びが滲んでいて……。


「だから、まだ、アーノルドだけだ」


 珍しく表情が見てとれたヘーゼルの目。

それをじっと見ると、アーノルドは小さく息を吐いた。


「……それは、幼いころからの知り合いだからですよ」


 そして、私から目を離して、違う男性と踊り始めた彼女を見る。

ヘーゼルの目は優しく細まっていて……。

つられて彼女を見る私も同じような目をしているのだろう。


 ダンスをしている彼女は本当に楽しそうで、きらきらと輝いていた。


「……確かに宝石だな」


 本物であろうと。

偽物であろうと。


 確かに彼女は宝石なのだ。


 バルクリッドにしか用意できない衣装を身にまとい、その力を周囲に知れ渡らせる。

その美貌で身に着けた物を輝かせ、その品を欲しいと思わせる。

静かな微笑みには揺るがない姿勢を感じさせ、繊細な仕草や華麗なダンスに確かな努力が伺えた。


 そして、あの笑顔。


 きらきらと輝き、自分だけを見つめてくれる。

それなのに、それを手にしようとすると、すっと逃げていく。


 何よりも貴重で、簡単には手に入らない宝石。


 ……知りたい。

もっと彼女の事が。


 今はアーノルドしかそばによせつけない彼女。

『秘密』だと、黒い瞳を細め、口角を少しだけ上げた彼女。


 その秘密を。


 私は知りたい。

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【3/20】コミックライド様より連載開始
アイリスNEO様より発売中

悪役令嬢はダンスがしたい 悪役令嬢はダンスがしたい
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