初めて会ったあなたは
プレーリー視点です
初めて会った日の事を
今でもずっと覚えている。
それは八歳の頃。
父と兄と一緒に、懇意にしているバルクリッド侯爵の家へと連れられて行った。
伯爵家の領地とバルクリッドの領地は隣接しており、互いに便宜を図るため、こうして交流しているのだ。
今回は四つ上の兄とバルクリッド家のご子息との交流のためで私はおまけにすぎない。
事前に同い年の令嬢がいる事は聞かされていたが、性別が違うため特に何かがあるとは思わなかった。
その時はたまたま時間が空いて、庭へと遊びに行っただけ。
家格が上の方たちと話して、ずっと緊張していた私は一人でぼんやりと歩いていた。
緊張の連続でようやく人心地ついた時。
なぜか植え込みがガサゴソと動いて、いきなり枝と枝の間が割れた。
そして、いきなり青い髪の女の子が現れたのだ。
……多分。この驚きを一生忘れない。
「わぁっ!」
いきなりザッと出てきた女の子にびっくりして、後ろへ飛び退る。
ちょうど緊張がゆるんだ時だったので、思わず大きな声を出してしまった。
青い髪の女の子の方は私がびっくりしたのが意外だったようで、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「あ、こんにちは。いい天気ですね」
「……そ、うですね」
植え込みから現れたくせに、当たり前のように当たり障りのない挨拶をしてくる。
あまりに場違いなそれに、動揺しながらも返事をすると、青い髪の女の子はその顔を輝かせた。
「あの、手をこうやって曲げて、胸の辺りに持ってきてください」
すごい事を思いついた! みたいな顔で、肘を曲げ、手をぎゅっと握る。
脇は締めて、握られた手は軽く手首で曲げられ、胸の前辺りにそえられた。
……意味が分からない。
ピョコンという音がつきそうなそのポーズをなぜ私がやらないといけないのか。
まじまじと顔を見返すと、女の子はね? と首を傾けた。
「簡単でしょ?」
こっちの戸惑いなど気にせず、そのきれいな顔を期待に輝かせる。
やらないといけないのだろうか……。
まったく意味が分からないのに、なぜかやらなければならないような気がしてしまう。
元来、あまり何かを主張するような性格ではなかったため、青い髪の女の子のまったく悪びれない姿勢に叶えるべきだ、という気がしてしまったのだ。
ちらっと目をさまよわせたけれど、私を助けてくれそうなものはない。
結局、きらきら輝く瞳に負けて、ピョコンという音が付きそうなポーズをとってしまった。
意味がわからないけれど、なにかあるのかもしれない……。
すると、私がポーズを取った瞬間、青い髪の女の子はわあ! と感嘆の声を上げる。
「すごい!」
そして、きれいな顔を破顔させて、とろけるように笑った。
「素敵! ぼんやり!」
私の周りをぐるりと回りながら、手を叩いて大喜びしている。
今にも飛び跳ねて、踊り出しそうだ。
……普通なら。
こんな事をされたら、怒ってもいいと思う。
けれど、その時の私にはそんな感情は湧いてこなくて、ただ呆然と青い髪の女の子を見ていた。
きっと、全部が初めてだったから。
おかしな出会い方も。
きれいな女の子に向こうから話しかけられた事も。
意味が分からない要求も。
期待を込めて、きらきらとしていた瞳も。
まっすぐな青い髪がサラリと揺れて……。
私の周りをぐるりと回る女の子の笑顔がすごく眩しくて……。
自分の中に芽生えた不思議な気持ちがわからない。
満面の笑みを浮かべる青い髪の女の子と変なポーズで呆然としている私。
そんなおかしな状況は長くは続かなくて、青い髪の女の子の侍女のような人がこちらへと来て、顔を青ざめさせた。
普通なら侍女はこんな時に介入して来ない。
けれど、青い髪の女の子と私のおかしな状況に、侍女は慌てていたのだろう。
急いで青い髪の女の子と私とを引き離して、青い髪の女の子に何か耳打ちをする。
青い髪の女の子はそれにちょっと不機嫌な顔を返したが、気を取り直したように、小さくスカートをつまんで礼をした。
「自慢の庭ですので、ぜひ楽しんでいって下さい」
少し釣めがちな黒い目が柔らかく細まり、血色のいい薄い唇が小さく弧を描く。
その雰囲気はさっきまでの状況とまるで噛みあってない。
そもそも青い髪の女の子はかわいいと言うよりはきれいという表現が似合う子だった。
だから、きれいな顔でそんな風にされると、まるで、とても高貴なお姫様のようで……。
一瞬、その差に固まってしまったが、自分が未だに変なポーズを取ったままだという事に気づいて、慌てて姿勢を正す。
そして、できるだけきちんと見えるように心がけて礼を返した。
「はい。ありがとうございます」
青い髪の女の子はそんな私をじっと見た後、もう一度とろけそうに笑う。
そして、ばいばいと手を振って、植え込みの中へと帰って行った。
「……っお嬢様」
そばにいた侍女もまさか植え込みの中に帰るとは思わなかったのだろう。
またしても、顔を青くする。
そして、私に礼をした後、急いで青い髪の女の子を追いかけて行った。
残された私はぼんやりとそこに立ち尽くしてしまう。
青い髪の女の子が戻って行った植え込みは出入りをしたせいで、少し隙間ができてしまっていた。
そんな隙間からあの青い髪の女の子が出入りしている事が信じられなくて……。
「……不思議な女の子」
ボソリと呟けば、なぜか胸がぎゅっと苦しくなる。
本当に最初から最後まで不思議な出来事。
植え込みから現れて、植え込みに帰って行った。
よくわからないポーズを要求して、それをするとすごく喜んでくれた。
でも、きちんとした礼をするとすごくきれいだった。
そして、とろけるように笑う顔はとてもかわいくて――。
後で、その青い髪の女の子はバルクリッド侯爵の娘だと知った。
時折見えた、きちんとした令嬢のような所はやはり高貴な生まれだったからなのだろう。
こんな出会いだったから、忘れる事なんてできなかった。
そして、ずっと心に引っかかったまま、次に会えたのは十歳になってから。
その時もまたびっくりした。
植え込みから現れて、植え込みに帰って行った女の子が、次に会ったら、本当にきちんとした令嬢に変わっていたのだ。
まだ覚束なさはあったが、必死でマナーや教養を磨いているのが伝わってきた。
目をキラキラさせて、不思議な事を言っていた女の子はどこにもいなくて……。
青い髪の女の子の変化はすごい事なのだろうけど、なんだか少し残念に思ってしまった。
あれは幼かっただけで、やはり、高貴なお姫様なんだなって。
でも、ダンスをすれば、そこにあの時の女の子がいた。
私の事をじっと見て、心から嬉しそうに笑う。
この世界に青い髪の女の子と私だけしかいない、そんな時間。
そこからはもう、バカみたいにダンスの練習をした。
どんどん上手くなるライラック様に追いつかれないよう、懸命に。
母はそんな私を見て、何かを感じ取ったらしく、何度も何度も釘を刺した。
ライラック様は遠いお方だ、と。
そんな事は言われなくてもわかっている。
ライラック様はバルクリッド侯爵の一人娘。
伯爵家の次男では決して隣に立てない方。
――だからこれはそんなのじゃない。
ただ私はそばにあるだけ。
少し不器用なあの方をさりげなくサポートできればいい。
そう思っていた。