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ダンスの誘いは

 プレーリーに痛い思いをして欲しくない。


 その一心で凍っていた体を動かし、テラスの扉から離れる。

頭の中は自分でもよくわからないくらい混乱していたけど、今までの積み重ねのおかげで、それが外へ漏れる事はなく、いつも通りに歩けた。


 早く。


 はやる心を抑え、優雅に見えるぎりぎりの速度で目的の場所へ迎えば、そこへはすぐに着いた。

テラスへと続く扉から少し離れた位置にいた男性。

給仕のような服を着ているけれど、なぜか待機したまま動かないこの人。


「外の空気を吸いたいのです。扉を開けてください」


 きっとこの人が扉を開けるのはもう少し後。

プレーリーと嫌がらせをしている男の子たちが問題を起こしてからなのだろう。


 だけど、それでは遅いから。


 私がじっと見上げながら言えば、給仕のような人は困ったように目線を遠くへ投げた。

その目線の先には水色の髪の男の子がいるのだろう。

命令がなければ動けないのかもしれない。


「私が、外の空気を吸いたいと言っているのです」


 小さく微笑んではっきりと告げる。


 私が。

ライラック・バルクリッドが扉を開けろと言っている。


 悪役顔の微笑みで告げれば、目の前の人物は小さく息を飲んだ。


 そう。私の言葉には力がある。


 この国の中枢に食い込むバルクリッド。その娘に力があることは、淑女を目指す中で理解することができた。

けれど、その力を使うには私の能力はついていかなくて……。

私がライラック・バルクリッドとして力を使う事は自分で自分の首を絞めるようなものだ。


 でも。

今はそれを使う。


 公爵家といえども、バルクリッドをないがしろにする事はできないはずだ。

伯爵家の次男であるプレーリーとの約束とバルクリッド侯爵の娘の言葉。

どちらを優先させるかは明らかだ。


 給仕のような人はかしこまりました、と礼をすると、テラスへと続く扉へと向かって行った。

私はその背中を小さく微笑んだまま見送る。

本当はテラスへと行き、すぐにでもプレーリーの安全を確認したいが、そういうわけにはいかないのだ。


 私はプレーリーたちの事を知らない。

ただ、外の空気を吸いたいだけ。


 その体裁を守ったまま、小さく微笑み続ける。


 プレーリーが殴られる前になんとかできただろうか。

あの給仕のような人はうまくとりなしてくれているだろうか。


 ……せっかくの計画を壊して、プレーリーはがっかりしているだろうか。


 必死で作り上げた微笑みの下で、心の中がぐるぐると渦巻く。


 これでよかったのか。

こんなのことをしてよかったのか。


 全然わからなくて……。


 もっと頭が良かったら。

もっと自分がきちんとしていたら。


 色々な事を思いついて、かっこよくプレーリーを助けたのに。

プレーリーの事をもっと早く気づけたのに。

そもそも。プレーリーがこんな目に合う必要もなかったのに。


 自分の不甲斐なさに口角が下がる。

けれど、それを精いっぱい上げて、前を見た。


 ……仕方ない。


 わたしは

わたしにしかなれないから。


 そうして、胸に渦巻く思いを鎮めていると、ようやくテラスの扉から何人か男の子たちが入ってくる。

プレーリーはまだこない。

プレーリーに嫌がらせをした人物を見ようと視線を向けていると、一番最初に出てきた男の子が私を見つけて、小さく笑った。


 ……攻略対象者。


 赤い髪に黄金色の目。

歳は私と同じぐらいだけど、大柄な体で周りにいる男の子たちよりも頭一つ抜きんでている。


「ライラック様。いい夜ですね」


 子供の割に低い声。

これはプレーリーに鋭い声を投げつけていたあの音だ。


「……そうですね」


 この赤い髪の男の子は軍部をまとめる将軍の息子だ。

将軍は功績を称えられ、伯爵位を賜っている。

その長男であるこの男の子は順当に行けば伯爵になれるはずだが、授与された爵位は二代限りまで。

この男の子自身が何か功績を上げなければ、貴族として家を残す事はできないのだ。


 だから、プレーリーに嫌がらせをして脅してまで私との繋がりを持とうとしている。

彼は将軍の息子として、努力し、力もあると聞いていた。

けれど、それだけじゃ足りないものもあるんだろう。

バルクリッドの娘との縁はそれを補って余りある。


 こちらに近付いてくる赤い髪の男の子。

周りにいた男の子たちはさりげなく離れ、私と男の子を伺うように見ていた。


「ライラック様。一曲お願いいたします」


 歳の割にしっかりした体つき。品のある動作。

きっとたくさん努力してきたんだろう。

そんな人とダンスをするのは楽しい。

うん。あなたとのダンスは嫌じゃなかった。


「……私はダンスが好きです」


 うやうやしく差し出された手をじっと見て、微笑みを消す。

そして、私より高い位置にある顔を見上げた。


「けれど、人と話すのが得意ではありません。ですから、ダンス以外は誰のエスコートも受けませんでした」


 驚いたように見つめてくる黄金色の目をじっと見返す。

楽しい事しかしたくなくて、そういうめんどくさい事から逃げてた。

私があなたと向き合わなかった事でプレーリーに嫌がらせしたというのなら、ちゃんと向き合おう。


「……私はあなたの事を強い人だと思っておりました」


 それは記憶があるからじゃない。

時々聞こえてくるうわさ話や、一緒に踊った時の事。

今のあなたを見てた。

いっぱい努力している、すごい人なんだって思ってた。


「あなたは……力があって、これからこの国の役に立つ方なのだろう、と」


 こんな事するような人じゃないって。


「……今もそう思っております」


 だから、プレーリーにこんな事しないで。

私の力なんか……バルクリッドの娘の力なんかなくても、ちゃんとやっていける人だと思うから。


「私はあなたの力にはなれません。どうぞ私にはお構いなく」


 差し出された手を取らず、小さく辞退の礼をする。

すると、私と赤い髪の男の子を見ていた周囲が少しざわついた。


 ……私が何の理由もなくダンスを辞退するのは初めてだ。

この事は噂になれば、この赤い髪の男の子の立場は少し悪くなるかもしれない。

そうなれば、私は恨まれる事になるだろう。


 それでもいい。


 赤い髪の男の子はまさか私に断られるとは思っていなかったようで、言葉を無くし私を見ている。

その黄金色の目はゆらゆら揺れていた。


 どうか、これで嫌がらせが止まって欲しい。

プレーリーを恨むより、直接、私を恨めばいいんだ。


 私はもう一度、赤い髪の男の子をまっすぐ見た後、目を閉じた。

そして、小さく微笑む。

悪役顔の微笑みを完璧に。


「パーティーを楽しんでください」


 いつもの断り文句を口にして、赤い髪の男の子の横を通り過ぎる。

そして、テラスへと続く扉の前へと歩いた。

扉は開けられており、室内からでもテラスを見渡す事ができる。

プレーリーを探せば、テラスの端の方で困ったように私を見ていた。


「アーノルド様」


 いつものぼんやり顔なのに、なんだか胸が苦しくて……。

しっかりと名前を呼べば、ヘーゼルの目が大きくなる。


「外の空気が吸いたいのです。……エスコートしてください」


 プレーリーをまっすぐ見て、要求を告げた。

するとプレーリーは一度空を仰いだ後、私を見る。

そして、眉尻を下げて笑った。


「はい。ライラック様。……よろこんで」


 近づいてくるプレーリー。

いつものバリッとした衿は今はなんだかよれっとしている。

見たところ、ケガはしていないようだから、多分、殴られる前には間に合ったのだろう。

赤い髪の男の子もプレーリーにあおられても、殴る事は必死で抑えていたのかもしれない。


 優しく手を取ってくれるプレーリーにエスコートされて、テラスの中を進んだ。

プレーリーの表情はいつもみたいにぼんやりしているが、お日様に当たった枯草色の髪がなんだか乱れていて……。

それを見ていたら、急に目がじわっと熱くなった。


 ごめんね。

ごめんね、プレーリー。


 辛いのはプレーリーなのに、私が泣くなんて変だ。

さりげなく顔を上げて、必死で空を見た。

星がきれいに瞬いているんだろうけど、それもよくわからない。

プレーリーと赤い髪の男の子の話を聞いてから、ずっと鳴り続けている胸が相変わらずドクドクとうるさかった。


 プレーリーはこんな事されるような人じゃない。

いつもと変わらないような顔をしているけど、きっと辛かったよね。

嫌なことされて、言われて……。悲しかったよね。


 何かプレーリーに言わなきゃいけないのに、何を言っていいかわからない。

気の利いた言葉が思いつかない。


 言葉を探しながら、テラスの端までくる。

プレーリーがそっと手を離して、夜空を見上げた。


「きれいな星空ですね」

「……そうですね」


 いつも通りの穏やかな声。

さっきまで、赤い髪の男の子とやりあっていたなんて嘘みたいだ。


 プレーリーは私が介入した事に触れない。

プレーリーが何も言わないから、私も何も言えなくて……。


 謝るのも違う。

問い詰めるのも違う。


 でも、プレーリーの心が軽くなればいいと思う。

今日あった嫌な事を一人で抱え込んで欲しくない。

だから、必死で頭を働かせて、言葉を紡いだ。


「アーノルド様は優しいです」


 ぼんやりした顔にいつも癒される。


「……気が利きます」


 私が疲れたら、さりげなく飲み物を持ってきてくれる。


「……立ち振る舞いも素敵です」


 どうしよう。

もっとプレーリーのいいところをいっぱい言いたいのに、うまく言葉にできない。


 なんだかまた目が熱くなって、あわてて目に力を入れた。

そしてまた、プレーリーのいいところを探す。


「いつも……しっかりしていて……」


 それで……。


「ダンスが上手です」


 うん。プレーリーはすごくダンスが上手。

十歳の頃からいっぱい一緒に練習した。

プレーリーが上手だから、私もどんどんうまくなったんだ。


 プレーリーとのダンスを思い出すと、こんな時なのに楽しくなる。

すると、隣にいるプレーリーがふふって笑った。


「ライラック様はダンスがお好きですからね」

「はい」


 プレーリーが笑ってくれたから、うるさいぐらいに鳴っていた心臓が少し収まる。

ほっとして息を吐くと、プレーリーがちらりと背後を見た。


「ライラック様。私は問題ありません。どうぞ、室内へ」


 プレーリーが示した先は扉の向こうの部屋。

夜の闇に包まれたテラスからそちらを見れば、明かりに照らされて煌々と輝いていた。


 ……私の大好きなダンスができる空間。


「私はダンスが好きです。……でも、アーノルド様とこうして話すのも落ち着きます」

「……そう、ですか」


 ダンスは好きだ。

でも、プレーリーと話すのだって好きだ。


 プレーリーの示した場所に背を向けて、ツンともう一度空を見上げる。

プレーリーはそんな私を見て、きっと困ったように眉尻を下げているのだろう。


 ……プレーリーはもしかしたら一人でいたいのかもしれない。

計画を私がダメにしてしまったから、色々としなければいけないのかもしれない。


 でも、私はここにいたい。


「アーノルド様が私をエスコートして下されば、中に戻ります」


 うん。プレーリーが戻るなら、一緒に戻る。

それまではここにいる。


 ここにいるから。

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