気付いた世界は
「婚約破棄を申し入れます」
薄いガラスの向こう側。
そこには人がいて、なにかやり取りをしているようだ。
「貴方に不満があったわけではありません。ただ、私には守りたいものができてしまったのです」
金色の髪の男の人がまっすぐに言葉を投げる。
キラキラと髪を輝かせながら、告げるのは終わりの言葉。
「……っ、私が……あの方に酷い事をしたからですか? 私が……私の心が醜いから……」
「申し訳ありません。……私が貴方に言えるのはその言葉だけです」
「悪い所があれば直します。あなたのためならば……私はっ……」
青い髪をきっちりと結い上げた女の人が、金色の髪の男の人へと縋り付く。
涙に濡れた瞳も小さく横に振る頭も……弱々しい姿はかわいそうでぎゅうっと胸を締めつけられた。
なのに、男の人はその女の人の肩を掴み、自分から遠ざける。
「申し訳ありません。……償いは致します」
「……。……あの方が……あんな方がいらっしゃるから……っ」
女の人は俯いて、ぎゅっと両手を胸の辺りで握りしめた。
その声には暗い感情がぐるぐると渦巻いているのが感じられる。
男の人はその言葉に、女の人の肩を持つ手に力を入れたようだ。
女の人が痛みに身をよじり、苦しそうに男の人を見た。
「言ったはずです。守りたいものができた、と。貴方であれ彼女を傷つけるのであれば許しません」
今まで表情を乗せていなかった男の人の目が冷え冷えとした色に変わる。
「……っ」
肩から来る痛みのせいか、その目の鋭さに怯えたせいか……。
女の人はその氷のような視線を受け、ヒッと身を縮ませた。
「……では」
男の人は自分の視線に怯えたように固まった女の人に背を向けて歩き出す。
その場に置いて行かれた女の人はがっくりと膝をつき、両手で顔を覆った。
私は薄いガラスの向こうのその光景を目を見開いたまま、呆然と見ていた。
「え……? あれ、私だよね……?」
泣いている女の人。
青い髪に黒い瞳。
今の私よりは歳が上に見えるが、顔の作りは面影がある。
まったく意味が分からず、ただぼんやりと見てしまった。
なんだか、大きくなった私がこっぴどく振られたように見える。
見ていただけだから、感情はついてきてないけれど、実際にあの場面になればどれほど傷つくだろう……。
恋愛とかよくわからないけれど、すごくつらそうだ。
胸の痛みを想像し、眉根を寄せる。
すると、その頭になんだかすごい勢いで情報が増えていった。
増えていった情報はどうやら自分の未来の事のようで……。
たくさんの見目麗しい男の人。
その中心にいる桃色の髪の女の人。
恋愛、いじめ、障害で盛り上がる二人……。
「乙女ゲーム……!」
私はすべてを理解した。
ここは前世でやっていたゲームの世界で。
私は主人公をいじめる、悪役令嬢という名の脇役だ、と。