幕間 ある日の化学反応
幸せな高校生活。
音楽部に入部して初めて触れる楽器に心を躍らせ、緊張し、挫折し、それでも努力の末に一曲まともに演奏出来るようになった時の喜びと感動。
仲間達と切磋琢磨し、パート毎に分かれた練習では気になるあの娘と急接近したり。
これぞ順風満帆。天下泰平、事もなし。我が青春に一変の悔い無し。
これが僕の理想。
先行き真っ暗な高校生活。
生徒指導室(風紀委員室)に呼び出され、恐る恐るドアを開けた瞬間、僕の目に飛び込んできた映像は、
血塗れで倒れている男子生徒に止めを刺そうとカカトを振り上げている女生徒が一人。
そんな光景の中、「私は無関係ですよ」あるいは「いつもの事ですから」と言わんばかりに僕を手招きするこれまた別の女生徒が一人。
これが現実。
なんでこうなった。
「よく来たな!いやぁ~待ってて良かった。もう少し遅かったら迎えに行くところだった」
惨劇が片付いたのか、入り口に突っ立つ僕に気付いた女生徒が喜色満面に近寄ってくる。
「あらためて自己紹介しよう。私の名前は木乃宮虚鉄、私立槻島高校34代目の風紀委員長をしている。そっちのいかにも「私は文学少女ですよ」と言わんばかりに猫かぶりしているのは椎名青葉、風紀委員副委員長となる。私の片腕だ」
「誰が猫をかぶってるって言うんですか?」
失礼な紹介をされた女生徒が虚徹という人に憤慨しているが、僕としてはそちらに平伏(気絶)している男子生徒の方がよっぽど気になる。、
「しかしキミも律儀な人間だな。昨夜声をかけて今日現れるなんて。うんうん、私は今とてつもなくご機嫌だぞ」
なんでこの人はこんなに浮かれてるんだろう?
有頂天といっても過言じゃないほどの爛漫さだ。
正直ちょっと怖い。。。
『木乃宮虎徹』
役職 風紀委員長
通称『災厄』
本校の全ての生徒の平和を守るという名目で、合法的に暴力を撒き散らす非常に厄介な存在。
上級生はおろか、既に一部の新入生も粛清に遭ったとの噂がある。
当然、それを良しとしない一部の生徒が反逆を企てるも、その全てが失敗に終わる。
彼女の強さは常軌を逸している。
あの細腕のどこにそんな力があるのか、そんな事を検証している暇があったらとっとと逃げろ。
彼女の機嫌を損ねるな。彼女の前で話をするな。
彼女と出会ってしまったら、とにかく黙って通り過ぎる事だけを祈ってろ。
これが僕なりに彼女の事を調べてみた結果だ。
まさか入学して間もないクラスメイト達から、こんなにたくさんの情報が引き出せた事に驚きだ。
確かに今の時期なら既に部活動に入部している奴等も少なくはないけど、情報量と情報の合一さが異常だ。
つまり上級生は全員、木乃宮虎徹に対して全く同じ心象を抱いているという事だ。
そんな奴に目を付けられるなんて、ホント、なんでこうなった?
「さて、では何からして貰おうかな?やるべき事はたくさんある。期待しているぞ!」
木乃宮虎徹はすさまじくフレンドリーに僕の方を叩きながらそんな事を言ってくるが、まずは誤解を解かないといけない。
「いや待て待て、僕は別にアンタの世話になるつもりはない。昨夜の話はナシだ。というか断る。今日はただそれを言いに来ただけですよ」
彼女は僕の言葉を聞いて数秒間スリープし、若干ぎこちなくなった笑顔で再度確認してくる。
「いやぁー本当によく来てくれた。まずは何をして貰おうかな?」
ただの現実逃避だった!さっきの言葉と何も変わってないじゃん!
「虎徹、落ち着きなさい。いちおう昨夜の状況は把握してるけども、ちゃんと話をしないといけないでしょう?彼はまだ何も知らないんですから」
椎名さんが狂いだした木乃宮虎徹を嗜める。
「青葉、これは彼と私の問題だ。口出し手出しは無用と言っておいたはずだ」
「黙って見てられる状況じゃないから口を出してるんでしょう?嬉しいのは分かってるから、少しは頭を冷やしてください」
「ぐぬっ、、おいっ!そこの君!一体何が不満なんだ!私が世話してやると言ってるんだ。黙って頷け!さもなきゃ叩きのめすぞ!」
「いよいよ強攻策!?」
一連のアホみたいなやり取りから、ようやく自分に回答権が回ってきたわけなんだけど、正直めんどくさい。
「帰ってもいいですか?」
だからこんな風に気のない返事をしたのが失敗だった。
木乃宮虎徹はその言葉を聞くと残虐な笑みを浮かべ、僕を威嚇するような怒気を放ってくる。
「ほうほう、なるほどなるほど、要は君はどうしても昨夜の続きがしたいという事だな?」
会話の前後が全く成り立っていないけど、そのあまりの迫力に一瞬で肌がちりつく。
彼女が発した言葉には焼ける様な戦意が含まれており、僕の危機管理能力がけたたましく警報を鳴らし出す。
なるほど、噂通り虎徹の思考回路が狂っている事はだいたい理解出来た。
これ以上あれこれ言っても仕方がない。
ため息一つ、自分の中の箍を外し、戦闘モードに移行する。
それに僕も昨夜からずっとモヤモヤしていたんだ。
だから、ここで試させてもらう事にする。
「すいませんが、手加減とか知りませんので」
一瞬で間合いを詰め、右腕のリミッターを外し限界の力で振り抜く。
たとえその一撃が相手に深刻なダメージを与えるとしても、喧嘩に大事なのは躊躇しない事。
・・人間の筋力は脳が制御する事で全力の2割程度しか機能を果たさない。
・・それはそれ以上の力を行使すれば、身体自体が保たないから。
・・だが、生まれながらに脳のブレーキが壊れている人間がいたとしたらどうだろう?
・・体が壊れる事を厭わず全力を出し切れる僕という人間がその最たる例だ。
「最高だよキミ!やっぱり私の感じた通りだ!とことん壊れてるじゃないか!..『全壊』!!」
歓喜の声を上げながらも、彼女は僕の拳を紙一重で避け、僕は腹部に強烈な一撃を叩き込まれる。
胃が破裂したかのような衝撃、その一撃で僕の体は宙を浮き、うつ伏せに教室の床に叩きつけられる。
・・やっぱり思った通りだ。
・・いくらカウンターで決められたとしても、普通の人間が拳一つで人を宙に浮かせるほどの威力を出せる訳がない。
すさまじい嘔吐感を何とか我慢しつつ、体勢を立て直そうと立上がる。
「アンタ、一応聞いとくけど、まさかとは思うんだけど、、、同類なのか?」
彼女は僕の問いに満面の笑みを浮かべて答える。
「勘違いしてもらっては困るな、私と君は仲間だよ。それ以上に言葉はいらないだろう?」
どうやら肯定と見なして良いらしい。
なんて事だ。。こんな力の持ち主が僕以外にもいて、それがこんな近くに存在していただなんて。
今更の事実に僕が呆然としていると、彼女はその体から立ち上っていた戦意を霧散させ、僕の頬に右手を伸ばしてくる。
「ようやく見つけた。私の理解者。人間であって人間の枠外。昨夜、戦りあった時からずっと頭がおかしくなりそうだった」
そう言って、まるで愛しいものを愛でるように頬を撫でてくる。
あまりにも突拍子のない事態に頭が付いていかない。
ただ、僕には何となく木乃宮虎鉄の気持ちが解る気がして、なされるがまま身を任せようと思ったその矢先。
頭をガシッとつまれて最寄の椅子まで引きずられ、ドスンと投げ落とされる。
「捕獲完了!いやぁー嬉しいなぁ!昨夜からずっと楽しみにしてたけど、ここまで同じとはね。青葉はどう思う?私は是非とも彼を歓迎したいのだが」
「私の方こそ驚きました。虎徹がこんなにはしゃいでいるのを見るなんて久しぶりです。それに一度決めたんだから引く気もないでしょう?しかし『災厄』と同種の新入生がいるなんて。。。頭痛い」
「それではまるで私がこの学園にとって悪い存在みたいじゃないか!!」
「過ぎたるは及ばざるが如しです。そこの床で気絶してる人も口笛が気に食わないとかいう理由で連行してきたじゃないですか」
「えっ!?この学校って口笛吹いただけでここまでボコボコにされるの?」
衝撃の事実に思わずツッコんでしまう。
「青葉、彼に誤解されてしまうだろう?口笛が気に食わなかったんじゃない。出来もしないくせに口笛が出来るふりをしてヒューフューやってたから、精神衛生上絶えられなくなって風紀対象としたんだ」
「「どっちでも一緒だよ!!!」」
僕と青葉さんの総ツッコミが炸裂するも、虎鉄は其の姿勢を崩さない。
「なんでキミはいきなり見ず知らずの青葉と仲良くなってるんだ!キミを連れて来たのは私だぞ、もっと私サイドに来い!!!」
「口笛ごとき些末な事も許せない狭量な奴と誰が仲良く出来できるか!そもそもテメーは人様に誇れるほど口笛吹けんのか?」
ブンッ!シャッ!ズンズンシャッ!ポエーポワンポヘェー・・・・
「超絶上手いボイスパーカッションしてんじゃねぇよ。なんだそのどや顔?」
「私には口笛なんぞ低俗なスキルは必要ない。常に民衆の1歩先を行くスタイルを目指している」
「何様だオイ!?一般生徒を民衆呼ばわりか、じゃぁテメーはその民衆から逸れた独裁者だな。知ってるか?独裁者の多くは孤独なんだ。口を開けば好感度が下がり、道を歩けば避けられる。そうだろ?このオタンコナス!!」
「小学生かキミは!!しかしここまで馬鹿にされて黙っていられれるほど私も大人ではない。いいだろう、今度こそ皇帝自ら引導を渡してくれる。光栄に思え、この民草が!!」
「上等だ、今度こそ叩きのめしてやる。自分の狭量さを恨みやがれ、この皇帝気取りが!!」
胸ぐらを掴みながら激しく罵りあう僕と虎徹。
ここまで相性が悪いといっそ気持ちいいね。
ほら、よくあるだろう?鏡に映った自分をぶっ飛ばしたくなる時、あの感覚に似てる。
??なんか調子あがってきたような気がする。
「そもそも桜の木をバットでフルスイングする女子高生が皇帝気取りか?天文部を焚きつけて場を鎮めるのが皇帝のやり方か?テメーは皇帝よりも暴君だよ!!全部力技じゃねぇか、『災厄』とか呼ばれてる理由がよーく分かったよ」
「ぐぬぬっ、言わせておけば好き放題!キミには先輩を敬う気持ちが無いのか!!」
「無駄に年を重ねただけの奴なんて無条件で敬えるか!!先輩だ、後輩だ、はこの際どうでもいいんだよ!!僕はアンタに文句言ってんだよ!!」
「ほんっっとうに口の減らない奴だな君は!!、、、???」
またしてもヒートアップし始めたその最中、いきなり虎鉄が首を傾げだした。
そしておもむろに『コホンッ』と仕切り直し、少し頬を赤くしながら口を開く。
「えーっと、その、なんだ。君の名前を聞いてやる」
なるほど、確かに僕は自己紹介をした憶えがない。
自分が戦り合っている相手の名前すら知らない事に今更気付いて恥ずかしくなったという事だろう。
それにしても、何て上から目線の言い方だ。
「和泉京太」
仕方なしに答えた僕の名前を彼女は幾度か口の中で反復し、勢いよく両手を広げて宣言する。
「よしっ、京太!!君を本日付で風紀委員副委員長に任命する!!その力!惜しみなく使う事を許す!!存分に青春を謳歌しろ!!」
「「えっっ!!」」
突然の任命に、またしても僕と青葉さんの声が重なる。
「ちょっと待て!どうして僕がいきなり副委員長なんだよ!そもそも入る気がないって言ってんだろうよ!」
「ちょっと虎徹!彼を引き入れるのは聞いていたけど、そんな事は初耳ですよ!!私の立場はどうなるんですか!!」
「うるさいっ!!お前たちばっかり結託しやがって!!少しは私の気持ちも考えろ!!私が京太を気に入ったからそうすると決めたんだ!文句言うなアホども!!!」
なんか半泣きで駄々をこねる虎徹先輩。
その姿を不憫に思ったのか、青葉さんが何とかフォローしようと口を開く。
「じゃあこうしましょう。副委員長は私と和泉くんの二人でするとして、和泉くんには更に虎鉄の委員長補佐として動いてもらうのはどうでしょうか?」
その言葉に虎徹の目がキラーンと光り、我が意を得たと言わんばかりに青葉さんの両手を掴み、ぶんぶん振り回す。
「それ採用!いやぁ、やっぱり青葉は頼りになる」
青葉さんは苦笑いで、満面の笑みを浮かべる虎徹を見ているが、僕はそうはいかない。
「いや、だからそもそも僕は風紀委員に入るつもりがないって何度も言ってるんですけど、、」
やっと収束しかけた空気の中、居心地悪くも自分の意見を述べる。
虎徹と青葉さんは驚いた様に二人で目を合わせ、ヤレヤレといった感じで虎鉄が再度、僕に歩み寄ってくる。
「私と君は仲間だ。世界でたった二人かもしれない仲間だ。私達が本当にこの生を謳歌する為には、自分と近しい価値観の持ち主が必要不可欠だ。そんな人間を探すのは、もはや運頼みだろうと思っていた。いや、むしろ諦めていたと言ったほうがいいかな。それがこんな近くで、こんな小さな範囲で見つかった」
そこまで言うと、虎鉄は一度大きく息を吸い、真正面から僕の目を見て、、、吠えた。
「だから私にはキミが必要なんじゃないか!!!!!」
その言葉を聞いた時、世界中の時計の針が止まったかのような錯覚を覚えた。
聞き様によってはプロポーズにさえ聞こえるその言葉を、またしても僕は少し理解できてしまった。
「私は自分に匹敵するほどの『災厄』に出会う事ができた。私と連なる思考の持主と出会う事が出来た。私が狂っている?そうだろう私は狂っている。でもキミも狂っている。私が暴走している?そうだろう私は暴走している。でもキミも暴走している」
「今日この日をもって独裁者は連裁者となった。共に青春を謳歌しよう。今日からキミも風紀委員だ!!!!」
空気に呑まれたと言うべきか、押しに弱いというべきか、またしても現れたロックスターに言われるがまま、この後僕は風紀委員の腕章を巻く事になり、その後、様々な事変を起こす事によって、虎鉄の懐刀と呼ばれるまでそう時間は掛からなかった。
後に青葉はこう語る。
「あれは化学反応なんて生易しいものじゃなかった。。。思い出しただけで頭痛くなる」