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夜のチャイム  作者: 紫木
6/21

Round3

「どんだけぇ~」

「現実逃避しないでよ。確かにこれは目を逸らしたくなるけど」


理科室に足を踏み入れた僕達を歓迎してくれたたのは、頭部が異常にでかく銀色のフォルムに包まれた人体?模型。

しかも扉をスライドさせたらいきなりのご対面。インパクト一発、不快感は100%だ。


「うわっ、しかもこれ寄贈品って書いてるあるじゃん。誰だよこんなあからさまに迷惑なもん寄越したのは」

「まぁいいでしょう。理科室なんてマッドサイエンティストの巣窟って相場が決まっているわ。きっとこの人?も生きながらに剥製にされたんでしょう。ほらご覧なさい?この恨みがましい大きな黒目を・・、あら?白目がないわね。鼻も随分低いし髪の毛も一本もない」

「いい加減突っ込まないと終わりそうになんで一応言っとくけど、これどう見ても宇宙人じゃん!なんで高校の理科室に居るんだよお前!どこの誰だよこんなもん捕獲したのは!」

「面白い事を言うわねあなた。宇宙人なんてこんな所にいる訳ないじゃない。いくらこの学校が変態極まりないとしてもいくら何でもそれはないでしょう?きっと宇宙人によく似たソックリさんよ。しかし、いよいよ頭の中も怪しくなってきたわね。私はあなたのこれからの方がよっぽど心配よ。痴呆?そういえばさっきから何か臭うわね、ひょっとして加齢臭かしら?」

「やめてくれぇぇ、僕じゃない、僕の匂いじゃないよそれは。この教室に充満している薬品臭だと言ってくれぇ。思春期の男子は匂いに敏感なんだから、傷つくんだから、大丈夫だと言ってくれぇ」


いや実際問題、人から臭いって言われると大層傷つく。

自分の匂いって自分じゃわからないって言うじゃないか、僕が日々戦々恐々している事に踏み込んでこないでくれ。


「そんな些事はこの際置いておきましょう。確かにこの話題ならあと小一時間はイジり倒すことが出来そうだけど、あなたがあまりにも不憫だからここで終いにしましょう。強く生きなさい」

「ぶっ殺すぞ!憐れむな、そんな目で僕を見るな。今更だけど頭もおかしくなってねぇよ。どう見てもこれは宇宙人だろうが、つうかコレよく見たらハリボテじゃん!」

「いまごろ気付いたの?一目見ればわかるじゃない。本物にしては血管の浮き沈みも血の巡りがあった形跡もない。筋肉の張りも伸縮があった形跡も無い。ただのオモチャよ。どこぞの文化部が文化祭か何かで作ったものでしょうね」


何回聞いてもゾッとする。

ココちゃんの観察眼は異常だ。

一目見ただけで人体構造の全てを把握してしまうなんてチート級の特技だ。

まぁ、相手を見ただけで身体構造を把握するなんてどんな変態だよとも言える。


「死になさい。くらえ硫酸攻撃」

「マジかよテメー!!ジュッっていった。いまジュっていったよ。ほら机溶けてんじゃん」


紙一重で避けれたから良かったものの、信じられんことするなぁいっつも。

冗談が本気レベルで、その結果、殺しにくるってなんだよ。


「とても失礼な顔をしておられたのでついつい駆除したくなってしまったの。ほら、よくあるじゃない?下賤の者が弁えいって感じのシチュエーション」

「いつから殿様気取りだこの野郎」

「あら?あなた程よく下賤の空気を纏っているわね。よろしくてよ、有り金全部出しなさい」

「どんだけ強引なカツアゲ?そもそも程よく下賤ってなんだよ!程よくってなんだよ!」

「ビジュアル的に直視は出来ないけどチラ見なら出来る程度の小汚さよ」

「嫌だぁぁぁ!!そんなイメージ嫌だぁぁぁ。僕の存在がどんどん汚されていく」

「安心しなさい。ここだけの話にしてあげるわ」

「ここだけの話ならココちゃんを殺せば無かった事になるよね?」

「あら?殺る気?君、ここまでに何度も私に喧嘩を売ろうとしていたけど正気?そろそろ買うわよ?全力で」

「急遽マジギレモード?その情緒の不安定さに未来予想図が描けないほど心底不安を覚えるけど、まぁいいや。理科室のターゲットは確か蝶の標本だったよね。さっさと終わらせて次に行こう。残された時間は有限なんだから」

「・・・普段は抜けてるくせに卑怯ね君」


まっすぐ向けられた戦意をやんわり受け流す。これぞ秘技、日和見の術。

まぁ真面目な話、さっきの音楽室で受けたダメージがまだ抜けきってないってのもあるけど

(あの細腕でなんてハードパンチャー、音楽室の主恐るべし、今更ながらにやっぱり友達に一人は欲しいタイプだった)なんて言えばいいんだろう?


ココちゃんとは本気で戦おうと思わない。

今まで一度もそんな事、考えた事もない。

きっとそれはココちゃんも同じだろうと思う。


「ふぅ、、いらないところで察しの良いヘタレくんの抜群の気持ち悪さは置いておいて先に目的を果たしましょうか。ほら、間抜けな顔してないでとっとと探しなさい」

「はいはい、悪うございましたね。それにしても標本の数多すぎるだろ。うわっ、なんだこの昆虫、超キモいんですけどー」

「ホント、超キモイんですけどぉー」

「こっち見んな!!」


唯々諾々と標本探しを続ける僕。

理科室に蔓延する薬品の臭いに我慢ならなかったのか、窓という窓を全開にするココちゃん。

今更ではあるけれど、僕達は今までどの教室においても電灯はつけていない。

じゃぁ暗闇の中、手探りの状態で行動しているのかと言われればそうでもない。

学校っていう建物は異常なほどに外光を取り入れる造りになっている。

要するに窓の数が異常に多い。

月明かりでも行動に支障が出ないくらいには余裕で見渡すことが出来る。

明かりをつけない付けない理由は単純だ。

外部からの邪魔者が来ないようにするための保険だ。

失敗は許されない、不安要素は可能な限り減らしておくに越したことはない。

まぁそんな状態でもなんとか目的の蝶の標本を発見。蛾とかじゃねえよなこれ?


早速そいつを叩き壊そうと振りかぶったところで、窓枠に体重を預けた状態のココちゃんから問いかけられる。


薄羽黄蝶ウスバキチョウと呼ばれる蝶の一生を知ってる?彼女達は約1年の間、卵の中に閉じ篭り冬を越す。やがて来る春を待ちながら」


唐突に語られる言の葉。

その言葉の意味をどう捉えるべきだろうか。

少なくとも先程までのふざけたやり取りとは全く違う、まるで僕以外の誰かに問いかけているような雰囲気さえ醸し出したまま言葉が紡がれる。


「そして訪れた春の日差しに誘われるまま、殻を破り、己の過去を全部取り込まんとするかの様に殻を体内に収める。そして春の日差しが過ぎ、夏の始まりと共に自分の体を蛹とし、冬を越す準備を始める」


デジャブと言うかなんと言うか、僕はこの話を聞いた事がある気がする。

別に蝶の生態に詳しい訳ではない、たまたまよく似た話を聞いただけの事だろう。

その程度の事だ。

紡がれる言葉が内に響くのも、きっとあまりにも静かな夜のせいだ。


「そして10ヶ月もの月日を蛹として過ごし、およそ2年間の月日を費やして蝶の成体となる。学者達はその2年間を冬眠という言葉で説明しようとするけれど、実際はどうなのかしら?もしも彼女達に思考能力があったなら、何を想い自分の殻の中で過ごしたのでしょうね?」


卵の中に閉じ篭りながら冬を過ごした

-ただ寒さを凌げればそれで良かった。僕はやがて春が来る事を知っていたから。


春の日差しに誘われるまま、殻を破り、己の殻を取込んだ

-例えどの道を選ぼうと生まれ変わる事など出来ない。忘れてはいけない、自分の過去は必ず自分の中に存在する。


夏の始まりと共に自分の体を蛹とし、冬を越す準備をする。

-自分の変化が受け入れられず過去の亡霊に怯えていた。あまりにも眩しい日々の中、僕は自分の存在を見失ってしまった。


2度目の春の日差しが終えた頃、蛹は蝶となる

前に進む勇気を貰えた。背中を押してくれる人に出会えた。ようやく僕は歩き出せた。ようやく気付く事が出来た。僕はただ、、、、


「私はこう想像するの。生活環の中にあり、およそ3ヶ月程度の自由しか与えられなかった。でも自分を見詰め直すには十分な時間があった。だからこそ彼女達は願いがある事に気付いた。酷く単純明快で、口に出せばあまりにも滑稽な願いが。その願いを叶える為に高く飛べる翅を設えた。そう、彼女達はただ、、」


「「あの空の青さが忘れられなかっただけなんだ」」


異口同音。僕とココちゃんの声が重なり混ざり、夜の闇に溶けた。


「即興で考えた話とはいえ、君如きに先読みされるなんて、、、不快だわ」

「ありきたりなオチだよ。もう少し感動的な話を期待したんだけど、青葉なら兎も角、ココちゃんには無理だね」

「私を愚弄するだけでも万死に値するのに、ここであの女の名前を出すだなんて上等よ。そのアフロ、角刈りにしてやるわ」

「怖ろしい事言わないでよ!っていうかまだ僕がアフロ説続いてんのかよ!!」


うっかりしていた。

青葉の名前はココちゃんの前で厳禁。

柄にも無くさっきの話にイラっとしてしまったみたいだ。

これはまたしても猛省しなければ。


「いちいち煩いわね。愚図愚図してないでさっさと選びなさい。ここで大人しく角刈りになるのか、それともその蝶の標本を破壊してから角刈りになるのか」

「角刈り確定かよ!そもそもオマエ様のせいで煩くなってんだよ!とっとと終わらせて次行こうよ!」


とは言ったものの、さっきの話を聞いたからか。

妙にこの蝶に感情移入してしてしまっている。

この額に貼り付けられているのは死体だ。

何を想う事も、何を憂うことも無い。

だからこれは僕の感情だ。

額からそっと取り出した蝶をココちゃんが全開にした窓辺から解き放つ。


放たれた体は風に煽られて夜の闇に消えた。


気のせいだろうか、一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女達が翅を羽ばたかせた気がした。

きっと夜が暗かったから見間違えたんだろう。きっと風が強かったから流されただけだろう。


「くだらない感傷ね」

「あぁ確かにこれはくだらない感傷だね」

「超キモイんですけど」

「こっち見んな」


さぁ次は図書室だ。

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