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夜のチャイム  作者: 紫木
5/21

幕間 ある日のロックスター

散々であり衝撃的な幕引きだった入学式から2日後、レジュメ通りに学校行事をこなし続ける毎日が続く。

本日はその学校行事の中でも群を抜いて奇抜な発想から生まれた、槻島高校名物の「夜間部活紹介」の日だ。

「夜間部活紹介」というはその名の通り、日も落ちきった時間から開催される新入生向けの部活紹介であり、その為にグラウンドに特設ステージまで設置されているんだから、このイベントへの力の入れようが見て取れる。

ちなみに事前に配られたパンフレットによると、全ての部活動が対象というわけじゃなくて、希望があった部活のみを対象としているらしい。

はじめてこの話を耳にした人には、近所迷惑甚だしいと思われがちだが、これが中々近隣の評判がよく、春の名物扱いとなっている。

自由参加にも関わらずグラウンドに所狭しと生徒達がいる事からもこのイベントの人気が良くわかるし、かくいう僕も密かに興味がある部活があり参加している一人だ。


「えーっと、部活紹介に参加しているのは<天体部>と<音楽部>か」


事前に配布された手引書を見ながら、特設ステージに目を移す。

校庭にデカデカと創られた稚拙なステージには、各種楽器が並べられている。

(グランドピアノは体育館から持ってきたのだろうか)

バンドの顔であるボーカルが立つステージ中央には、マイクと並んで天体望遠鏡が2本。

天体部さん、ステージ機材では完全にアウェーの状態。


「新入生の皆様、本日はお集まりいただき有り難うございます。これより音楽部および天体部の部活紹介を始めさせて頂きます。皆様どうぞ静粛に願います」」


特設ステージ脇に設置されたブース内で、放送部の腕章を付けた女生徒がマイクで始まりの合図を告げる。

それまでまばらに散っていた生徒たちは、我先にと特設ステージ前に集まり出し、期待に満ちた声を上げる。

僕はこういう場ではクールに後方から眺めるタイプの為、急いでステージ付近に行く理由もない。

いや、、、別に社交性とかの問題じゃないよ。


「「まず初めに紹介いただくのは音楽部!!!本高校の音楽部は、その名の通り音を楽しむ事をテーマにして活動されております。モットーは{{格式も知識も必要ない!!ただ騒げ!!!}}では音楽部の皆様、よろしくお願いします」」


まばらに起こる拍手を浴びながら、3人の女生徒が壇上に現れる。

服装は学校指定の黒を貴重とした制服だけど、各々に特徴がある為、非常に区別しやすい。

名付けるなら「貞子」「ポニー」「アフロ」ってところかな。

失礼ながら、おそらくこれで9割以上の容姿説明が成り立つだろう。

これでシルエットすら想像できなかったら、想像力を養う必要があると思う。

そんなくだらない事を考えていたら、「ポニー」の声がスピーカー越しでグラウンドに響き渡る。


はじめまして、新入生の皆さん。改めまして本日は音楽部の部活紹介においで頂き有り難うございます。

私達の演奏を聞いて、少しでも音楽に興味を持って頂けたら嬉しいと思います。

先程、司会の方にご説明いただきましたが、大事なのは音を楽しむこと。

なりふり構わずはっちゃけて下さい。

では、取り敢えず演奏させて頂きますので詳しい部活の内容はまた後で説明したいと思います」


3人はそれぞれの楽器に向かい、スタンバイを始める。


「貞子」=ピアノ

「ポニー」=ギター

「アフロ」=ドラム(ツーバス)


「それでは始めます、ぶっ飛んで下さい!!Devil Fight!!!!」


打ち付けるドラム!かき鳴らすギター!弾け飛ぶピアノの旋律!!!

貞子は椅子に座ることなく指を掻き乱す。

ポニーの髪は円を描き振り乱れ、アフロは黒い塊となりドラムと一体化する。

有名なクラシック曲を原型を保ち、曲への入りやすさを残しながらもバキバキにアレンジ。

あがるテンポ、アガるテンション。

世界が色を変える瞬間っていうのは、きっと今みたいな瞬間の事を言うんだろう。


新入生達は抑えが効かなくなり、ステージ前方はカオス状態。

まさにここは修羅の世界。

脳天打ち抜かれた気分。音楽を楽しむってのはつまりこういうこと。

たった4分弱で全ての人を魅了する創造。

どんなジャンルにも囚われず、でも確かに表現される独特の音楽性。

そう、これは一種のカリスマとさえ呼べる。

憧れた、焦がれた。僕の目指す青春群像がそこに確かにあった。

気付けば拳を振り上げていた。気付けば最前列まで体を投げ出していた。


短い演奏が終わり、僕達は放心状態。

ポニーが息を切らしながら、声高に勧誘の言葉を投げかける。


「楽器が出来なくても、歌が上手くなくても、やりたいと思うその気持ちがあれば、私達音楽部は皆さんを歓迎します。どんどん来い!!皆で弾けよう!!!短い紹介となりましたが、これで音楽部の部活紹介を終わりにさせて頂きます」


その言葉が頭の中に染み込んでいく。


一瞬の間を置き、万来の拍手がステージ上に送られる。

その拍手の渦の中、舞台から去る彼女たちの姿ににどれだけの人が魅了されただろうか。


「音楽部の皆様、有難う御座いました!!!いやぁー、今年の音楽部は例年と違いハジケてましたねぇ。気になる新入生の皆様は是非音楽室に足を運んでください。

では続きまして天体部の部活紹介となります。天体部の部員の方、よろしくお願いします」」


熱気の冷めやらぬ新入生は未だに音楽部の話で盛り上がったままで、ステージに注目しているのは極少数だ。

そんなアウェー感漂う中、ステージに登場したのは絵に書いたような地味な女生徒が1人。

手には分厚い図鑑らしきものを持って緊張した面持ちで中央に立ち、マイクに向かって口を開く。


「皆様、こんばんわ。天体部の紹介をさせて頂きます。主な活動内容なんですけど、基本は星の事を勉強しつつ、週2回の屋上での天体観測を・・・」


ペコリと可愛らしくお辞儀した姿にほっこりとしつつも、 台本通りの言葉を一生懸命ステージ上から新入生に向けて語りかけるその姿はあまりにも前者と差異があるように感じた。

大多数の新入生は未だに音楽部の虜状態。

彼女の話に耳を傾けている生徒も何人かはいるみたいだけど、その差は歴然としている。

僕から見てもあまりにもあまりな状況。

まぁ確かに音楽部のアノ演奏の後じゃあ、全く興味を持ってもらえないのも仕方ないのかもしれないけど。


「それで夏には丘に上り、皆でキャンプをしながら・・・」


 「なんか地味だよね」「そんなこと言うなよ」「でも確かにオタクっぽいかも」「オマ、それは偏見じゃね?」「興味ねー」「静かにしてやれよ」「いいんじゃね?誰も聞いてないっしょ」・・・


天体部の紹介にかぶり気味に粋のいい雑音が混じる。

一つの言葉が伝染し、今となっては壇上の声よりも大きく聞こえる程に。

天体部の彼女にこの空気は重すぎたんだろう。

時折言葉を詰まらせ、どんどん俯いていく。


・・頑張っている人間が報われないのは好きじゃない・・

・・自分の好きなものを他人の物差しで貶されるのはムカっ腹が立つ・・


駄目だな、僕も。

すぐに我慢できなくなってしまう。


「あ?なんだお前?ウグッッッ!!!」


まずは一人。さて次は、、、


「これで天体部の紹介を終わらせて頂きます。体験入部希望の方は文化棟の3階までお越し下さい」


あれっ!?終わっちゃたの?このタイミングで?

皆も何だかんだで拍手しているし。

何これ?完全に一人相撲じゃん。カッコ悪いな僕!!

っていうか、さっきノシた奴のお友達に囲まれちゃってるんですけど!!!


俯いたまま壇上を去る天体部の彼女を横目に見ながら、さてどうしたもんかと考えていた時、


「待て!!天体部、君に聞きたい事がある」」


突然の大音響がグラウンドに響き渡り、その発生原に目を向ければ、司会のマイクを握り天体部に怒鳴りつける一人の女生徒がいた。

隣であたふたと放送部の女の子が慌てているのを見る限り、どうやらマイクは強奪した模様。

そんな事は一切意に介さず、月明かりを背に強奪者は言葉を続ける。


「「君は星が好きか?」」

「はい、もちろん好きですが・・」

「「言葉を濁すな!!!君は星が好きか??」」

「!?はいっ、星が好きです」

「「だったらさっきの体たらくはなんだ?君の声には何一つ心が無かった」」

「あのぅ、一体なんなんですか?」

「「まだ虚勢を張るのか、、いいか?周りに声が届かない事も、周りから興味を持たれない事も、批判される事も、そんな事は構わないし、私の知った事じゃない。ただ、全てを諦めて全てを投げ出す事は認めない。君は今、全力を出さないままステージを降りようとしている。自己満足も出来ない終わり方で済まそうとしている。そうだろ?答えてみろ!」」


辛辣な言葉がマイクから大音響で紡がれる。

周りの生徒達も何が起きているか分かり状態で声すら出せない。

現に僕を取り囲んでいるやんちゃな男子生徒もフリーズしている。

いつの間にか、壇上の天体部に至っては晒し者扱い。

しかし当然ながら、そんな扱いをされれば彼女だって黙ってはいられない。


「なんなんですかあなたは!!一生懸命やりました。一生懸命話しました。用意していた台本も全部読み上げました。一体なんの文句があるんですか!!」

「「今日の為にどれだけ準備した?どれだけ練習した?」」

「一ヶ月前から台本を書きました!一ヶ月間練習しました!失敗しなしようにたくさん練習しました!」

「「全部出しきれたか?全部伝えきれたか?」」

「出し切れるわけないじゃないですか?聞いてなかったんですか?皆聞いてなかったでしょ?皆興味なかったでしょ?だから皆のために早めに切り上げましたよ!!それを何で私が悪い様に言われなくちゃいけないんですか?」


いつの間にか涙ながらに声を荒げる天体部の女生徒。


「「泣くほど悔しいなら顔を上げろ!!声を荒げろ!!他人のせいにするな!!君の声が届く人間もいる!!もう一度聞く、星は好きか?」」

「星が好きです!星座が好きです!!!当たり前じゃないですか!!」

「「星のどこが好きだ??そんなものになの魅力がある??」」

「知りもしないくせに馬鹿にしないで下さい!空は見上げる度に違う顔を見せるんです!昨日見えた星座が今日は見えなくなったり、場所を帰る度に微妙に形が変わって見えたり、図鑑なんかじゃ分からない空がそこにはあるんです!私は好きなんです!そんな星が大好きなんです!馬鹿にしないで下さい!私が好きなものをそんなものだなんて言わないでください!!!」


「うん、理解した。私相手にそこまで啖呵が切れるなら上等だ。これで天体部の部活紹介を終わりとする!!見た目に反して熱い気持ちを持った部長だ。新入生の諸君、軽い気持ちで入れば痛い目にあうぞ。

彼女と同じ目線で語り合えるロマンチストが君たちの中にいる事を切に望む」」


言いたい事は言い終わったといわんばかりの態度で彼女は司会にマイクを渡しその場を去る。

天体部の女の子もポカーンとした表情のまま壇上でフリーズしている。

もちろん僕を含めた新入生全員がどうしたもんかとリアクションを取れずにいる。

そんな空気の中、司会の意地かプライドか、マイクを取り戻した放送部が締めの言葉を告げる。


「・・・えーっと、コホン!失礼しました。色々ありましたがこれで本年の夜間部活紹介を終了とさせて頂きます。新入生の皆様、最後までお付き合い頂きありがとう御座いました。時間も時間ですので、くれぐれもはしゃぎ過ぎないようにお帰りください」


釈然としない様子で散々ばらばらと解散する生徒たち。

ステージの撤収を始める先輩と思わる生徒たち。


その生徒を眺めながら、ひとり感傷に浸る。

まいった。いやぁまいった。

音楽部のカリスマ性に魅せられて、天体部の彼女にほっこりして、最後のやり取りで魂が震えた。

楽器もなく、譜面もなく、音楽という形はしていないけれど、最後のやり取りは確かに僕が焦がれたロックそのものだった。

僕の焦がれたロックスターは最後にやってきて、言いたい放題抜かして、役目は終わったとばかりに姿を消した。


思わぬ衝撃を受け、その場に座り込んでしまいそうになった時、肩口を掴まれる。


「オイッ!テメー!無視してんじゃねぇぞ!!」


そういえば、囲まれている事をすっかり忘れてた。


「いや、もういいよ。それどころじゃ無くなったから」


僕はそう言い残し、その場を後にしようとするも、彼らはそうはいかないらしい。

ガッチリと僕の肩に手を置き、睨み付けてくる。


「逃がすはずないだろ?きっちりここで落とし前つけさせて貰うぜ」


何で彼らの言葉はこんなにも古臭いんだろう?

ウンザリしながら肩に置かれた手を払いのけて、もう一度だけ彼等に忠告する。


「見逃してやるって言ってるんだ。人の好意は素直に、、、」


その言葉を言い終える前に、人が宙を舞った。


僕を取り囲んでいた男子達が次々と屠られていく。

何が起こったのか理解できないまま、事の成り行きに呆然としていると、小柄な影が僕に向かって突進してくる。

慌てて身を捻り、繰り出される拳をかわす。


「へぇー、今のを避けるなんて、なかなか見所が有るじゃないか?喧嘩っ早いのは伊達じゃないみたいだな」


そう言いながら邪悪な顔で笑う女生徒。


「だが残念ながら、私の前で無法を働いた奴がどうなるかは見ての通りだ。覚悟しろよ?」


僕は悪魔と対峙してるんだろうか?

いまだかつて感じた事の無い悪寒が体中を駆け巡る。

それと同時に、まるでそうしなければいけない様な強迫観念に駆られ、自分の中にあるタガを意識的に外す。


「少し強烈にいくぞ?『全壊』」


彼女はそう笑むと、土埃が舞うほどの勢いで地面を蹴り、3mほどの距離を一足飛びで詰めてくる。


「冗談だろ?改造人間でもあるまいし」


体当たりの様な肘打ちを何とか後ろに飛びつつガードするも、腕の骨が軋む音がハッキリと聞こえる。


「ふざけんな!!!」


相手が女だとかもう関係ない、コイツは規格外すぎる。

何とか足を踏ん張り、目の前にある体を思いっきり蹴り上げる。


ドンッ!!と鈍い音がなり、彼女の体が宙を舞う。


「ガハッ!!」


苦悶の声を上げながらも彼女は体制を立て直し、片膝立ちで地面に着地する。


遠巻きに見ていた生徒たちが悲鳴を上げる中、僕たちは改めて互いに視線を交わす。


目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

僕たちは今、間違いなく同じ感情を共有している。


「「目の前の敵を蹂躙しろ!コイツは同類ドウルイだ」」


「オマエ、随分とおもしろい動きをするな?たかが高校生が人を宙に浮かす程の蹴りを打てるか?」

「アンタだって似た様なもんだ。たかが高校生が一足飛びであの距離を詰めれるかよ」


一触即発の空気の中、先に均衡を破ったのは彼女のほうだった。


「やっぱり止めた、ちょっと頭がどうにかなりそうだ。キミの名前は?」


「・・・・」


こんな危険な奴に馬鹿正直に自分の名前を答える気にもなれず沈黙を返す。

そんな僕を見て、彼女は可笑しそうに見つめながら言葉を続ける。


「私の名前は木乃宮虎徹コノミヤコテツ。キミの2年間は私が面倒見てやる」


「ハァ?!」


「そうだな、とりあえず明日の放課後にでも風紀委員室に顔をだせ。じゃあな」


そう言って彼女は足取りも軽く、ステージの撤収に向かってしまう。


これは春先に訪れた転機の話。


槻島高校風紀委員、災厄「木乃宮虎徹」と僕との邂逅。


なお、司会からマイクを奪い、天体部を焚きつけたロックスターが彼女であったことは言うまでもない。


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