Round2
学校の怪談では欠かす事の出来ない音楽室。
本槻島高校でも多分に漏れず、様々な噂話が付き纏う。
「僕もいくつか聞いた事あるなぁ。ひとりでに鳴るピアノ、目が光る肖像画、ギターをかき鳴らすパンクロッカー」
「はぁ?!ギターをかき鳴らすパンクロッカー???」
「うん。オカ研の部長から聞いた事あるよ」
確かパンクロックを愛しすぎた男が『反逆せよ!真っ当な人生など脱ぎ捨ててしまえ!!』とか叫びながら全裸で追いかけてくるって話だったかな。
きっとその男はパンクを建前にしたストリーキングだと思うけどね。
「センスのないボケかと思ったけど、この学校ならありえる話ね・・・。現に私の隣にアフロのチビがいるくらいだもの」
「いつから僕はアフロになったんですかねぇ?パーマもかかってないサラサラヘアーなんですが」
「気持ち悪い。男が自分の髪自慢?口を開けばトリートメントの話かしないものね。あなた自分が思ってる以上に醜悪よ」
「醜悪とかマジで凹む言葉使うなよ!!そもそもトリートメントの話なんてした事ねぇよ!」
と言いながらも実はノンシリコンシャンプーをこよなく愛しているのはここだけの話だ。
思春期男子の身嗜みへの気遣いを舐めんなよ。
《クスクスッ》
「さて、この場所での標的はあのピアノな訳だけど・・・。そろそろ現実に目を向けないといけないようね」
「あぁ、できれば僕はこのまま馬鹿話を続けて、振り返れば無かった事にならないかなと思ってたのに」
 
だって、ピアノの前に女の子が座ってるんだもん。薄らボヤけて見えるし!
しかもうちの学校の制服とは明らかに違う、長い丈のスカートに赤を基調としたセーラー服。
腰まで届く長い髪に真っ白な肌。
それだけでも背中がゾクゾクってなるのに、明らかにこっちを見て笑っておられる。
僕が恐怖心と戦いながら、どうししたものかと尻込みしている間に、ピアノ前の女の子は席を立ち、こちらに近付いてくる。
どんどん姿が明瞭になってきて気付いたんだけど、彼女の顔は信じられない位に整っており、可愛いというよりもむしろ美しいと表現したくなるほど大人びていた。
「ストラーイク!」
僕が幽霊さん?に見蕩れていると、横合いからそんな言葉が聞こえてきた。
訳が分からず怪訝な顔でココちゃんの方を振り向いても、彼女は僕に目もくれず話し出す。
「会話が通じる可能性はあるわね。現に今私達の会話がまるで聞こえていたかのような素振りだもの。そこでこんな話を思ったのだけど、彼女もきっとここでずっとピアノを弾いてたんじゃないかと思うの。でも昼間は彼女を見かけた生徒なんていないじゃない?こんな夜に学校に忍び込む酔狂な人間なんて滅多にいないからね。話相手もいなければ、演奏を聞いてもらう相手もいない。とっても孤独な毎日。そんな日々の中、突然現れた自分と同年代?の男の子。彼女は勇気を出して声をかけてみるの。「私のお友達になってくれませんか」って。けど男の子は驚いて声も出ない、だって男の子はその女の子に一目惚れしてしまっていたのだから。それでも何とか絞り出した言葉が「こんな時間になにしてるの?」なんて当たり障りのない言葉だけ。それでも彼女は健気に・・・・」
「長ぇよ!!!何いきなり小説口調で語りだしてんだよ!ココちゃんがそういうドラマチックなシチュエーションが好きなのは知ってるけど、今ここで話すべき内容じゃなくね!?」
「要はとっとと君がこの子に話しかけて仲良くなって来なさいって事よ。はやく口説いてきなさいよ。とっとと行きなさいよ。」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃん!何それ?そんなに話の邪魔をされたのが気に食わなかったの?そもそも僕がこの子と仲良くなってどうしようと言うのさ。」
「怒!!」
 
もやは会話も成り立たないくらいお怒りのご様子。
そうこうしている内に、幽霊さん?は僕達の目の前まで歩み寄り、深々と頭を下げる。
《ごめんなさい。随分賑やかな会話だったのでついつい笑ってしまいました。まさかこんな時間に音楽室に訪れる方が居られるとは思いませんで、何のお構いも出来ませんが、ごゆるりとおくつろぎ頂ければと思います》
まるで自分の部屋に客人が訪れたかの様に彼女はそう言うと、下げていた頭を上げて緩やかに微笑んだ。
「ストラーイク!」
またしても意味不明な言葉を発する隣人は無視して、僕は幽霊さん?に話しかけることにした。
「なんて言えばいいのか、僕も実は内心ビックリなんだけど、、、君は幽霊ってことでOKなのかな?」
僕が確信について尋ねると、彼女はふんわりと困ったような顔で微笑する。
《ええ、多分そうなんでしょうね。私自身も情けない話、あまりその辺の事が良く分かってないんですけど、体が透けてる時点できっと幽霊なんだと思います≫
どうやら随分とアバウトな考えをお持ちのようだけど、彼女が幽霊だって事は間違いないようだ。
さて、どうしたものかなと考え、ココちゃんの方に目を向けてみると、彼女はいつの間にか音楽室の端まで移動し、我関せずの感じでアコギの調律をしている。・・・何してんだアイツ。
≪随分と音楽に造詣が深い方なのでしょうか?正直、私(幽霊)よりも楽器に興味を持たれるだんて吃驚です≫
ほらっ、幽霊にまで呆れられてんじゃん!
「いや、ホントすいません。彼女の事は放っておいて上げて下さい」
深々と頭を下げる僕に、彼女はやんわり微笑み首を振る。
≪いえいえ、謝って頂く必要なんてないですよ。むしろこんな時間に調律して貰えるなんて、楽器も喜んでいると思います≫
ココちゃんにその言葉が届いたのか、彼女は一拍ほど間をおき、またしても調律を再開する。
≪それにしても本日はこの様な時間にどの様なご用件でこちらにいらしたのですか?信じてもらえないかもしれませんが、さきほど顔中に化粧をした強面の方が廊下を歩いておられまして、その方の雰囲気がなんと言うか随分と危険だったといいますか、差し出がましいかもしれませんが、あまり長居はされない方が良いかと思うんです≫
顔中に化粧って、、、あぁアイツの事か。
「いや、それについては大丈夫だよ。もう処理は済んだから。それに僕達にはちゃんとここに来た理由があるからね」
彼女はあっけらかんとした僕の言葉に首を傾げているが、詳細は割愛する事にして話を続けさせてもらう事にする。
「僕達はそこに置いてあるピアノを破壊しに来たんだよ」
そこまで口にした所で、彼女の挙動を確認する。
≪あのピアノを破壊する、、、ですか≫
ぼそりとつぶやき、親指の爪を噛み始める。
なんだか凄く嫌な予感がするのは僕だけだろうか?
≪ピアノに限らず、楽器というのはとても繊細なもので、ほんの些細なズレや傷ですら演奏に直接影響してしまうんです。だから、たくさんの人が愛情をもって接し、たくさんの人に整備されて綺麗な音色を奏でる事が可能になるんです。そんな繊細でか弱いものを、あなた方は壊しに来たとおっしゃるのですね?≫
「そうだよ。僕達にはどうしても必要なことなんだ」
≪そうですか、仕方ありませんね。私が幽霊になったのもきっとそういう事なんでしょうか≫
彼女は自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、終には力ある言葉を発する。
≪この場所であなた方が無法を働くというのなら!!音が絶えぬよう、尽きぬよう、この小さな世界の守り手となり抗いましょう!≫
嫌な予感は的中。
僕は霊感なんてものは生まれてこの方感じた事がないけれど、今の彼女から発せられるプレッシャーは痛いほど感じる事が出来る。
「どうするココちゃん?気が乗らないけど、力づくでどいてもらうしかないみたいだけど?」
「やるんなら君がやりなさいよ。私は見ての通りギターの調律で忙しいの」
「そういうテメェの態度が僕にとってのストレスだって事にそろそろ気付きやがれ!!」
相棒はどうやら今回の戦いには乗り気じゃない模様。
仕方なしに僕は自分が戦う事を選択する。
先の戦闘でのダメージはもう全快しているとはいえ、どうにも気が乗らないなぁ。
「そう言う事なんで、うまく成仏させる事が出来るかどうか分からないけど、力づくで押し通させてもらうよ」
≪ええ、せっかくの僥倖だったのに本当に残念です。さようなら、私の最初のお客様≫
その言葉を合図に、幽霊さんが僕目掛けて突っ込んでくる。
大して速くも無く、何の脅威にも感じないその姿に、カウンターで合わせる。
狙うは顎のみ、幽霊に効くがどうかはわからないけれど、脳を揺らして昏倒させるのが狙いだ。
絞り込むように打つ!!
スカっっ!
 
なんと、僕の渾身の一撃を幽霊さんは体を屈めて受け流した。
 
「ダッキング!!???」
 
マジか!今般の幽霊はボクシングまで嗜んでらっしゃる???
 
≪か~ら~の~≫
 
幽霊さんは体をはね上げるように拳を放ってくる。
全力で腕を振り抜いた僕にはとても躱せない。
 
ガッッ!!
 
僕の顎を正確に射抜く一撃、しかもフォロー・スルー。
脳天まで突き抜けるような痛みに一瞬意識が飛びそうになる。
 
≪これで終わりにします!≫
 
追撃してくる幽霊さん。しまった、脳を揺らされたせいで平衡感覚が狂ってる。
体制を崩したまま防御もとれない僕。
刹那のその時、何を思ったかココちゃんが叫びだした。
 
「ROCKとは反骨の魂を忘れない事!!PANKとは反逆の精神を絶やさぬ事!!」
 
いきなりの発言に僕も幽霊さんもポカーン状態。
あわやKO負け寸前だった僕にとっては助かったの一言だ。
「音楽家は自分の表現の仕方を知っている。あなたもきっとそのピアノで華麗に自分を表現できるんでしょう。でも私やそこに這いつくばっている馬鹿についてはどうなのかしら?音楽では自分を表現することが出来ない。というかむしろ芸術そのものに才能がない。ただ勘違いしないで欲しい、音楽にある魂には共感する事がある。それはどの音楽にってもそう。一貫して自分の主張を曲げない姿勢は賞賛に値する」
 
未だに僕と幽霊さんは呆気に取られたまま、ココちゃんの言葉に耳を傾けている。
「だからこそ、人は音楽を愛している。あなたは知らないでしょうけれど、そこに這い蹲っている馬鹿はその典型的な例よ。そいつ、中々の音楽好きでね。さっきの言葉はソイツの口から出た言葉よ」
幽霊さんが目を丸くしてコッチを見る。
勘弁して欲しい、これ以上戦いにくくしないで欲しいんだけどな。。。
「ストラーイク!!アウトよ。いい加減にしなさい。君がその幽霊になにかしらの感情を持ったのは当然の事だろうけど、目的を忘れてはいないでしょうね?今日は今しかない。明日にやり直す事なんて出来ない。これも君が言った言葉よ」
恥ずかしさで死ねるかもしれない。
≪それが本当なら、どうして彼はピアノを壊すだなんて蛮行に?≫
「あなたがそこのクソチビをどうにかできたら教えてあげるわ」
 
ココちゃんはそう言った後、まるで興味を失ったかのように弾けもしないギターを鳴らし始める。
うん、それでいい。
僕は猛省するべきだ。
僕達は目的を忘れちゃいけない、例えそこに僕が愛してやまない"夢の姿"があったとしても。
こんなところで止まるようじゃ、とてもこの先へは辿り着けない。
ありがとうココちゃん、言いたい事は山程あるけど、いまは感謝しておくよ。
「ごめんね。幽霊さん。今から君を一切の情もなく倒しきる。恨んでくれて結構、君にはその権利があるし、それを止めるつもりもない」
≪無音です。私の名前。もっとお話する事が出来たら、、、私達、違う形で出会えていたら、きっと素敵だったのかもしれませんね≫
そう言って彼女はふんわりと笑い、戦闘態勢に移行する。
「僕の名前は和泉鏡太。しがない高校生だよ。僕もこんな短い時間で人に共感出来たは初めてだ」
無音は僕の言葉にクスリと笑い、先程の焼き増しのように突進してくる。
それに合わせて、僕も同様に彼女に向けて突進する。
彼女の拳は僕の頭をかすめて後方に、
僕の拳は彼女の腹部に突き刺さる。
無音は音も立てずに音楽室の床に崩れ落ちる。
無論、ピクリとも動きはしない。
その姿を見下ろした後、僕は入口の壁に立てかけたままだった鉄パイプを手に持ち、ピアノの前に立つ。
突く、殴る、殴る、突く、突く、殴る、殴る、殺す、殺しきる!!!
「さようなら、僕の憧れた世界」
 
僕はピアノめがけて思い切り鉄パイプを振り下ろす。
 
バッギャーーーーン!!!
 
・・・・これで音楽室の制圧完了。
 
バゴォーーーーン!!
 
見に覚えのない破壊音に振り返れば、ココちゃんがさっきまで大事そうに抱えていたギターを、ロックスターの様に地面に叩きつけていたところだった。
・・・カッコイイじゃんか。
 
「さて、無駄に時間を浪費したわね。音楽室はこれでいいでしょう。それにしても驚いたわね。幽霊が実在する事よりも幽霊に物理的な攻撃が通じるなんてね」
 
いまさらながらにゾッとする事を言わないで欲しい。
確かに物理が効かなければもっとキツかっただろうね。
 
「とにもかくにも結果は結果よ。次の教室に行きましょう?甘甘の僕ちゃん?」
「はいはい仰せのままに、次は理科室だよ。渡り廊下の向こうだね」
 
後ろ手に音楽室の扉を閉めた時、中途半端に崩れたピアノが悲しい音を鳴らした。
それが亡き少女のものかは知る由もない。
 
サヨナラ"音楽室の主"
 




