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夜のチャイム  作者: 紫木
3/21

幕間 ある日の桜の下

「これより第34回槻島高校入学式を開催する。一同起立!!礼!!」


灰色のフォーマルスーツで身を包んだ眼鏡イケメンの声が体育館に響き渡る。

僕達新入生はクラス内での顔合わせもそこそこに体育館に呼び出され、軍隊よろしく整列させられてる。


本日は私立槻島高等学校の入学式。


絶妙な緊張感が館内を漂う中、進行役の眼鏡イケメンが声を張り上げる。


「学園長挨拶!!、一同礼!!!」


規則正しく頭を下げ、壇上を見上げると、そこには着物姿の大変美しい女性が立っていた。

黒い髪をアップに結わい、豪奢な簪を挿したその姿は高校の式典にはあまりにも場違いな姿だ。

僕達男子諸君並びに女子までもがその姿に見蕩れている。

壇上の女性はそんな視線を気にもせず、備え付けられたマイクの前に立ち、その口を開く。


「まず初めに、皆様は私の名前を覚える必要がありません」


館内がざわつく。

彼女は一体何を言い出したのだろうか?

今までの流れから彼女が本校の校長である事は間違いない。

その彼女はいま、学校の顔とも言うべき人物の名前を覚える必要がないと口にした。

確かに僕達学生にとって校長とは身近な存在ではないし、学校生活を送る上で接点がある存在ではない。

だがそれはそうとしても、建前上は知っていなければいけない名前のはずだ。

少なくとも、校長自身が口にして良い言葉ではないと思う。


「皆様はこれより3年の間、多くの汗を流し、多くの涙を流し、多くの血を流す事になるでしょう」


何だか物騒な言葉が聞こえたのは気のせいだろうか?


「私は皆さんに『怠惰な生活を送る人間』になって欲しくはありません。夢を持てば其れに向けて全力で走り、夢が無ければ其れを探す為に全力で力の限りを尽くす人間になって欲しいと願っています。その為に命を賭けなさい」


はい?

この人は今しがた確かに『命を賭けろ』と口にした。

誰が『たかが高校生活』に命がけで挑むというのだろうか?

館内が再びざわつき始める。

ふと目線を変えると、司会進行役の眼鏡イケメンが頭痛を堪えるかのように目頭を押さえていた。

よく見ると他の教師陣も苦虫を噛み潰したかのような顔をして壇上を見ている。


「一度しか訪れない好機に全力を尽くしなさい。己の為に命を賭けなさい」


繰り返し語られる言葉に館内のざわつきが大きくなる。

彼女は壇上からその様子を見下ろし、これまでに無い声量で一括する。


「青春を甘く見るな!!お前達が今から駆け抜ける道は茨の道と思え!!傷つく事を躊躇うな!逃げる事を選択するな!!泰平に過ごしたければ戦いを選べ!戦いの是非は問わん!!勝敗に意義を持ち、己の道を邁進せよ!!!泣け!喚け!それが君達の価値だ!願わくばここにいる全ての新入生諸君に栄えある事を願う!!」


そこまで言うと彼女は壇上から姿を消した。

館内はあまりの衝撃にシンと静まり返っている。


なるほど、彼女が自分の名前を覚える必要が無いと言った理由が良く解った。

これからの3年間、僕達生徒に彼女の名前を覚える余裕なんて有りはしない。

それが全力で青春を謳歌するという事に他ならない。


「これにて第34回槻島高校入学式を終了とする。一同!礼!!」


館内の微妙な空気をいち早く救ったのは眼鏡イケメンの一声だった。

僕達生徒は私語も疎らに体育館を後にする。


こうして圧倒的なカリスマ性に支配された入学式は幕を閉じる事となった。

ひとつだけ僕が訂正しなくちゃいけないのは、彼女は壇上に立っていたんじゃなく、君臨していたと表現するべきだった事だ。


○ ○ ○


式典の後、教室に戻った僕達に待っていたのはお決まりの自己紹介イベントと連絡事項の通達。

そのどれもを無難に終わらせ、現在の僕が何をしているのかと言うと、校門前にある大きな桜の木を背にし、帰宅する生徒達を眺めている訳です。


それというのも校長の言葉が頭から離れないからであって、まぁ結局は物足りないと言う事なんだろう。

たくさんやりたい事があって、今まさにその舞台に立つ事が出来たのに僕は何をしているんだろうか?


「『泰平に過ごしたければ戦いを選べ』か」


生まれつき少々非凡な能力を持った僕にも、その言葉は適用されるんだろうか?


「なぁキミ?そこ退いてくれないかな?」


そんな事を考えている最中だったから、突然声を掛けられて吃驚してしまった。

いつの間にか僕の目の前に金属バットを持った女子生徒が立っている。


あまりのインパクトに僕は少し惚け、彼女の言うとおり桜の木に預けていた体を起こし、その場から数歩離れる。彼女は僕に礼を言う事も無く、桜の木の裏側に回り、その手に持った金属バットの握りを確かめ出す。


そして彼女は徐に金属バットを振りかぶり、何の躊躇も無く桜の木にフルスイングをかました。


ガッツーン!!!


脳天を直撃するかのような鈍い音。あまりにも強烈な一撃に、、、世界がハジケ跳んだ。


その衝撃で、桜の花びらが辺り一面に撒き散らされ、風に乗り降り注ぐ。

踊るように、舞うように、僕達の頭上で荒れ狂う。

まるで桜の嵐だ。


「うん、思ったよりも上手い具合に飛んだな」


家路を急ぐ生徒、談笑する生徒、校庭に残る全ての生徒が嵐の発生源である彼女に注目する。

彼女はその視線を浴びながら笑っていた。

僕等は等しくその笑顔に目を奪われる。

誤解しないで欲しい。

別にその笑顔に見惚れただとか、可憐だとか言うつもりはない。

彼女の笑顔には邪悪さが滲み、その背丈以上の威圧感を放ち、かの有名な独裁者が赤を好み、民衆に自身のカリスマ性を植え付けたという逸話を思い出すほどに強烈な笑みだった。

戦々恐々と皆が注目する中、舞い散る桜の花びらをその身に浴びながら、彼女はこう言った。


「ようこそ青春の舞台へ!!君達の入学を心から歓迎する!!私からはこの最高の舞台をプレゼントする。春の桜の嵐、存分に堪能してくれ給え!!」


彼女は満足そうにそう言い残し、僕の横を通り過ぎてこの場から去る。

彼女の言葉通り、今や校庭には大量の桜の花びらが舞っていた。


皆が歓声を上げる中、僕だけは腑に落ちない顔をしていた。

これは間違いなく、彼女が金属バットで桜の大木を殴った結果だ。

何の絡繰もなしに、普通の人間にそんな事が可能なんだろうか?

ましてや彼女の様な細身の体でそんな事が出来るはずがない。


彼女の膂力は人間の限界を超えている。

そんな事が可能な人間がもしもいるとするならば、それは。。。


得体の知れない感覚が体中を駆け巡る。

『闘え、争え、競え!、、ようやく出会う事が出来た』


湧き上がる悪感に身を震わせ、一度深く深呼吸する。

徐々に落ち着きを取り戻し、先程まで途絶えていた周りの声も明瞭に耳に入ってくる

荒くなった呼吸も跳ね上がった心拍数も正常に戻る。


振り返れば、彼女の姿はもう手の届かない場所まで離れていた。


鬱陶しい程の桜の花びらが立ち竦む僕に降り注ぎ、風に流され校庭に舞う。


彼女が槻島高校風紀委員、「木乃宮コノミヤ) 虎徹コテツ)」である事を

また、その行動が「災厄」と呼ばれ忌避されている事を、後に僕は大いに知る事になる。

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