Round1
溢れんばかりの啖呵をきった割には、そーっと音を立てずに本校舎の扉を開く。
事前に調べてあった通り、本校舎の扉については施錠がされていない。
「まったく、自分の通う学校の底なしの無用心さに泣けてくわね」
「いや、そうでもないよ。運営方針がちょっとイカレテルだけで無用心って訳じゃない」
これはこの学校が、他に類を見ない奇抜なシステムを採用しているからに他ならない事なんだけど、
私立槻島高校には機械式セキュリティーロックの類が一切導入されていない。
『自主管理自主徹底が本校の教育方針だ』と言えば聞こえはいいが、噛み砕けば『機械に頼らず自分でやれ』と言う事だ。
機械の使い方ばかりを覚えて、本質的な事を疎かにするなという昨今では極めてまれな独自方針だと思う。
僕なりに例を挙げると、パソコンで打てる漢字が鉛筆では書けない人間にはなるなと言う事だ。
うん、我ながらなかなか的を得た例えだと自画自賛してしまう。
そんな教育方針もあって、本校の施錠および開錠は全て人の手で行われる。
もちろんそれだけでは昨今のセキュリティー事情は許してくれない為、防犯対策として宿直さんを常備している。
これだけを聞けば、他所の学園よりもセキュリティーが甘く感じられるが、ここからがこの学園の奇抜なシステムになる。
学園に常備される宿直さんは仮眠をとる事も許されず、常に校内警備にあたる事が義務付けられ、万が一暴漢等を発見した場合は速やかにそれを武力制圧する義務が課せられている。
正直な話、何処の戦争国家だと異議を唱えたい。
ここまで説明してやっと話を戻す事が出来るんだけど、つまり今この校舎内には暴漢等が現れた場合でも武力制圧出来るだけの戦闘力を持った宿直さんが居て、尚その宿直さんは扉の施錠を怠るほどに自分の腕に自身があると言う事だ。
「まったく、よくよく考えるまでも無いほどフザケタ学園だよね」
下駄箱ゾーンを忍び足で歩きながら隣を歩くココちゃんに同意を求める。
「確かに、こればっかりは君の言う通りね。まぁ取り敢えず難無く本校舎に入る事が出来たのだから良しとしましょう。最初のターゲットはその宿直さんという事になるのでしょうね」
カリカリカリカリ・・・
「うん。まずは邪魔な見張りを消しておかないとね。後々の行動に支障がでるし」
カリカリカリカリ・・・
「で?その宿直さんとやらは何処にいるのかしら?君の話を聞く限りでは、校内を彷徨い歩いている様だけど」
カリカリカリカリ・・・
まるで宿直さんを亡霊か何かの様に例えるココちゃんに、苦笑しながらも説明しようとする。
その前に、、、
「・・・・ところでさっきから何を引きずってるのかな?」
「あら。いよいよ眼球までおかしくなってしまったのかしら?予め戦闘が有る事が分ってるんだから、武器の一つや二つ用意して来るのは常作でしょ?鉄パイプよ鉄パイプ。さっきから持ってたじゃない。可笑しな事を言うわね」
「オッケー理解した。装備は必要だもんね。備えあれば憂いなし。うん、さすがはココちゃん。でもね、、、さっきまで引きずってなかったじゃん!なんで慎重さが必要なシーンでカリカリカリカリ廊下に傷つけてんのさ!なんの陽動だよ!テメーの頭には隠密行動の文字がねぇのか?あぁ?」
流石の僕も怒らざるを得ない。っていうかキレルだろ。
ココちゃんはそんな僕を一瞥すると、
「手首を絞って、振り抜く!!!」
予備動作なしで鉄パイプをフルスイング。
僕は自前の反射神経で何とかその攻撃をかわすが、あと一瞬でも動作が遅れていたら僕の頭はチューリップみたいに真っ赤になっていただろう。
「うぉぉ!なんで僕に攻撃するのさ!頭カチ割れるだろうがコラ!!上等だ。そっちがその気ならここで白黒つけてやるよ!僕にだって武器の一つや二つ・・」
「あなたが落としたのは、このナイフですか?それとも今時珍しいガマグチ(笑)ですか?」
「両方とも僕のだよ!!!何知らない間にギッてんの?本気で気づかなかったわ!!怖っ!!」
「正門を乗り越える時に君が私のスカートに興味津々のようだったから、つい出来心でね」
ぐっ、高校生にあるまじき妖艶な顔をするココちゃんに反論を封じられる。
確かに僕はあの時、思春期フルスロットルだったけど、月明かりだけじゃぁ、、何も見えなかったんだ。
せめて、後少しでも光源があれば、、、
いや、だからと言って窃盗そのものが許される筈が無い。
心を鬼にして僕は反撃する。
「ココちゃん!だからと言って人から物を盗るのはどうかと思うんだ。それならそれで恨み言の一つでも言ってくれれば良かっのに」
「あら、心外ね、私は落し物を拾っただけよ。それが例え小学生のお小遣いに勝るとも劣らないガマグチ(笑)であっても。それに良いの?本当に本気で全力で恨み言を口にしても。その場合、、、保証出来ないわよ」
一体何が保障出来ないと言うのだろうか。未だかつて感じた事の無い程の悪寒が背中を這う。
あれ?嫌だなぁ。汗が止まらなくたってきた。
そんな挙動不審状態に陥った僕を見て満足したのか、ココちゃんが改めて仕切り直す。
「馬鹿をやるのはこれ位にしときましょう。それにしてもこれだけ騒ぎを起しても現れないなんて、本当にその宿直さんとやらは校内に居るのかしら?」
ここに至ってようやく理解出来た。
ココちゃんは校内の何処に居るとも知れぬ宿直を探し出すよりも、ワザと馬鹿騒ぎを起こして僕達が居る場所に誘き寄せる腹積もりだった事を。
あの短い時間でよくここまで頭を回せたもんだ。
これだから天才は扱いに困る。
そして、
「こいつぁめでたい!!本校に侵入せし不届き千万の輩。万難を以って是を排除してくれようぞ!」
その思惑通りに待ち人が現れる事にも吃驚。
「こいつぁめでたい!!死して屍拾う者無し。遇いや覚悟なされい!!」
ほいで何でこんなにキャラが濃いんだよこの野郎!!
水色のジャージがタイツみたいになるほど膨れ上がった筋肉。
手を伸ばすだけで天井にタッチ出来そうなほどの巨漢。
顔全体を埋め尽くす赤い隈取り。
断じて誓おう。こんな教師見た事ねぇよ!!!馬鹿でかい歌舞伎役者じゃないか!!
「なるほど、これが宿直さんとやらね。随分と歌舞いた顔をしているようだけど何か意味があっての事なのかしら?」
ココちゃんは勇敢にも宿直さんに向かって問い掛ける。
マジパネェッす。
「こいつぁめでたい!!赤き隈取は正義の証。吾こそは本校の万難を排除する為に遣わされた宿直也。本来の御担当に病むに病まれぬ事情が出来た為、急遽馳せ参じた次第で有る」
ようは急遽助っ人に呼ばれただけって訳ね。
わざわざ持って回った言い方しやがって。
まぁそれなら僕が見た事無いのも頷ける話だ。
「つくづくこの学園の多彩さには呆れるばかりね。生徒だけならまだしも、教師のお連れ様までこんな濃いキャラだなんて」
ココちゃんが溜息混じりに呟く。
そもそも宿直に代役を置く辺りからして怪しからん事だよね。
「こいつぁめでたい!!ゴチャゴチャと何を申し立てておる。嘆かわしくも吾の前で乳繰り合うか。下賎の輩よ、我が拳を槌とし粉砕してくれようぞ」
「何もめでたくねぇよ!!いよいよ突っ込まざるを得ないじゃないか!!『取り敢えず歌舞伎台詞言っとけばOK』みたいな雑なキャラ設定なら辞めちまえ!!」
「それなら『知らざァいってきかせやしょう』の方がインパクトとしては大きいんじゃないかしら?」
「???」
「テメー!!『白浪五人男』も知らねぇくせに、よくも堂々とそんな歌舞伎役者キャラ演じることができんな!!!」
ぜーはーぜーはー、突っ込みで息切れする。
もういい。オッケーさっさと終わらしてしまおう。
「この人の相手は僕がするよ」
溜息一つ、体を解す意味も兼ねて手首を回し、意識を戦闘モードに切替える。
「あら?私ではこの巨体に勝てないと判断したと言う訳ね?成程、私は君に守られなくちゃいけない程度の人間だと評価されていると受け取って良いのかしら?」
言葉の端々に絶妙な棘を含んだ質問を投げ掛けられる。
ここまできたら一種のイチャモンじゃね?
理不尽に思いながらも、戦闘モードから通常モードに再度意識を戻す。
「別にココちゃんの実力を疑っている訳じゃあないよ。確かにコイツは中々に強そうだけど、ココちゃんがコイツに負けるとは一切思ってない。でも初戦から女の子に任せているようじゃ僕の立つ瀬が無い。少しくらいはカッコいいところを見せたいのが男ってもんだよ」
「あら、、今のは中々ヤバかったわね」
ココちゃんは僕の意思を汲み取ってくれた様で三歩ほど後退する。
何でか知らないけど顔が少し赤くなってる。
こんな所で風邪をひいたなんて事だけは勘弁願いたい。
さて、気を取り直して戦闘モードに意識を切替えようと思ったその時。
凄まじい風圧を伴った拳が僕の顔面に叩き込まれる。
あまりの威力に廊下の壁に体全体が叩きつけられ、一発もらったと頭が理解した瞬間に追撃に襲われる。
「こいつぁめでたい!!主の男気には天晴れと評価するが、如何せん実力が伴っておらん。敵を前にして無駄話をする余裕が有ると思うてか」
不意打ちでヤッテくれた癖によくそんなデカイ口が叩ける。
「所詮は小童。吾に叶う術も無く、排除されるのみの愚か者」
よっぽど御自分の力量に自身が御有りらしい。
確かにそこいらの人間じゃあ太刀打ち出来ないレベルの猛者だろう。
力だけなら並みのプロレスラーよりも強いんじゃないか?
「浅はかな考えで本校に這入った事を魘されるが如く後悔しろ」
そう言い残し、宿直さんは僕からココちゃんへ目線を移すが、
残念。その言葉は頂けない。
僕は自分の行動に後悔なんてするつもりはないし、他人にとやかく云われる筋合いはない。
アンタがぐだぐだ話してる間に自分のダメージは大体把握出来た。
打ち身有り、切傷有り、骨折無し、内部異常無し、結論、累積ダメージ無し。
ゆっくりと体を起こす。
大丈夫、何の問題も無い。
宿直さんは目を見開いて驚いているが、安心してくれていい。
アンタには何の落ち度も無い。
アンタの拳は本物だったし、アンタの力量も疑いようは無い。
ただ、僕がほんの少し異常だっただけの話だ。
「全壊」
その言葉を以って箍を外す。
左脚に力を込めアスファルトを蹴り込み、一足飛びで三メートルの距離を跳び、
そのままの勢いで肘を打ち込む。
ズムッ!!!
鈍く重く汚い音が耳に届く。
僕の倍はあろうかという巨体がたったの一撃で白目を向いて地に堕ちる。
僕は少し屈み、相手の息がある事を確認し、上手いこと殺さない程度に手加減出来た結果にほっと息を吐く。
その一部始終を観察していたココちゃんは僕に歩み寄り、気絶している宿直さんを一瞥した後、声を掛けてくる。
「君は本当に規格外ね。その力で人を傷付ける事に何の躊躇もしない。普通の人ならストッパーが掛かってそうはいかない筈よ。そう簡単に割り切れるものじゃない。けど君は違う、最初からリミッターが外れている。普段は情けなくてボッチでタレ目でカッコつけで身長も低いくせに、そのくせ大食らいなくせに燃費が悪くて・・・・・」
「何で後半僕の悪口のオンパレードなのさ!!!そんな鉄のハート持ってねぇよ。何が言いてぇんだよココ様はよぉー!!」
そう言い返しながらも僕はココちゃんの言葉を頭では理解してしまう。
僕はこの力を使い暴力を振るう事に慣れ過ぎている。しかも今回に至っては大幅に手加減したにも関わらずこの結果だ。
「まぁ、、、確かに異常だろうね。でもこの程度じゃ、、、」
自然と口から言葉が零れ落ちる。
「気持ち悪っ!ブツブツ言ってないでとっとと行くわよ」
「Extra Roundだこの野郎!!ぶっ殺してや・・・」
トンッといきなり肩を押されて後ろ向きに数歩たたらを踏む。
「ほら、そんな状態で粋がらない事ね」
僕はきっと今、苦虫を噛み潰した様な顔をしているだろう。
女の子の細腕が放つ程度の力で、今の僕は体勢を崩してしまう。
「目的を履き違えるなって言ってるの。私達はこんな愉快なオッサンを始末する為にわざわざここまで来たんじゃないでしょう?」
うん・・少し冷静になれた。僕ともあろうものがオッサンとのバトルで少々熱くなっていたようだ。
素直に反省、今日ここに来た目的を忘れちゃいけない。それに比べればこのステージなんて羽毛のように軽いものだ。
僕は立ち上がりながら謝罪の言葉を口にする。
「ふぅ、まったく世話のかかる。次は確か音楽室ね。とっとと行きましょう。このウスノロ、グズ、ノロマ、チビ」
僕、泣いたっていいんじゃないだろうか?