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夜のチャイム  作者: 紫木
19/21

Final Round

僕は足早に3階にある放送室を目指している。

それは僕とココちゃんが考えた最後の賭け。

虎徹がもしも今日この場所に来なかった場合、街中に響き渡る音量で呼び出しをかける。

何がどうなっても、絶対にアイツを燻り出す。

その先の事は考えない。今の僕にはそれだけで十分だ。

それなのに、、、


・・貴方は何故、木乃宮虎徹ではなく椎名青葉を選んだのですか?


生徒会長が最後に言った言葉が頭から離れない。

考えても考えても答えが出ない。

あの人は一体何を言いたかったんだ?

とても大切な事なのに、理解が追いついてこない。

くそっ、今は何よりも目的を果たす事が先だ。

僕は目の前の放送室に駆け込み、手際よく機材の電源を入れる。

あれ?そういえばココちゃんがまだ来てない。

ココちゃんがあのコックさんに遅れを取るとは思えないんだけれど、、

僕が懐から携帯を取り出して、今まさにコールしようとしたその時


Plululu・・・Plululu・・・


僕の携帯から、けたたましく着信音が鳴り出す。

液晶を確認するとそこに表示された文字は、、、『災厄』の二文字。

僕はすぐさま携帯を耳に当てる。


「もしもし、、」

『ああ、何だかキミの声も懐かしいな。それにこんなに早く電話に出たのも初めてだ。キミも小太刀もなかなか電話に出ないからな』

「オマエ、今どこにいるんだ」

『京太が私を探すなんて、またお説教か?生憎と今は素直に聞いてやる気もしないんだが』

「ふざけんな、僕にはオマエに聞きたい事が山ほどあるんだ」

『それは、青葉についてのことか?それとも、行方不明だった私についてのことか?』

「虎徹、ふざけるのもいい加減にしろよ」

『ふざけてるいるのはキミの方だろう。まさか小太刀を巻き込んでこんな事をするなんて、、正気の沙汰とは思えないな』

「怒ったか?それは結構な事だ。どこぞの馬鹿を呼び出すにはこれぐらいしか思いつかなかったもんでね」

『楽しいか?こんな事をして。私の心は今にもバラバラになりそうだよ』

「楽しい訳ないだろ。オマエ、僕を馬鹿にしてんのか。僕だっていろんな所が痛えに決まってんだろ!!」

『そんなにまでして私に会いたかったのか。なかなか可愛いところがあるじゃないか』

「ああそうだよ、僕はずっとオマエを探していた。あの文化祭の日からずっとだ」

『止めてくれ、今はその言葉が何だか痛いんだ。京太には青葉がいるじゃないか、あまりアイツを困らせるな。アイツは直ぐに凹んでしまう奴だからな』

「訳のわからん事で誤魔化すな!僕はお前に話があるって言ってんだ!」

『キミは相変わらず馬鹿だな。じゃあ分かりやすく言ってやる。キミは青葉をあんな目に合わした私が憎くないのか?』

「憎い?オマエ本当に何言ってんだ。僕はずっと怒ってるんだよ!!

 オマエが何であんな事したのかとか、オマエが勝手に僕達の前からいなくなった事とか、そんな色んな事にムカついてるんだよ!!!

 グダグダ言ってないで、とっとと帰ってきやがれ!!」

『京太、それは私の事も心配だったという事か?』

「ああ、ああ、、本当にムカつく奴だな。当たり前だろ!!仲間・・の心配するのは当たり前だろうが!!!」

『・・・・・』

「オイっ!聞いてんのか虎徹!!!」

『キミは本当に汚いな。やっぱり私は諦められそうにない。私にはキミが必要だ』

「何を今更、、」

『キミはいま何処にいるんだ?とりあえず窓からグラウンドでも見てみたらどうだ?』


この大馬鹿野郎!!!

僕は携帯を耳に当てたまま放送室を飛び出し、グラウンドめがけて階段を駆け下りる。


『ああ、それはそうと京太。言い忘れてたんだが』

「何だよ」

『キミと小太刀が共謀して見事にヤってくれた『思い出殺し』についてなんだがな、、、』

「ああ?」


そこまで話したところで僕は校舎からグラウンドに飛び出し、不敵に笑いながら電話を耳から離す木乃宮虎徹との邂逅を果たす。


「京太、覚悟は出来てるんだろうな。オマエ達がした行為は万死に値する。手加減出来そうにもないぞ」

「上等だよ。僕にだって譲れないものがあってここまで来たんだ。それに忘れんなよ、僕だって怒り狂ってるんだ」


僕たちは揃って笑みを浮かべている。

言いたい事は山程あった。聞きたい事は山程あった。

でも何でかな、今は本当に子供じみた感情しか頭の中に無いんだ。

きっと僕たちは今までもそうしてきて、これからも結局はそうするしかないんだろう。

生まれた時からズレていて、これからもずっと僕たちはズレたままだ。

そんな二人だから、誰にも理解されなくていい。

僕たちだけが理解出来ていればそれで良い。


和泉京太の青春には木乃宮虎徹が欠かせない

木乃宮虎徹の青春には和泉京太が欠かせない


僕達二人の声がはっきりと揃う。


「「いい機会だ、そろそろ決着ケリをつけよう。いまから青春おまえをぶっ殺す」」


お互いに譲れないものがあって、お互いに大切なものを知っているからこそ、僕たちには単純な解決策しか思いつかない。

傍からみたら馬鹿みたいだと罵られると思うけれど、結局はこんな答えしか持ち合わせていない。

どこまでいっても、僕たちはそっくりなんだよ。

だからこの後に続く言葉もきっと、、、


「「全壊!!」」


それは僕たちだけに許された合言葉。

自分の持てる力の全てを解放する合図。

自分を壊してまで猛威を振るう被虐的な言葉。

椎名青葉という僕たち二人にとって大切な人が考えてくれた絆となる言葉。


こんな時だっていうのに不思議と笑えてくる。

こんなに怒り狂っているのに、こんなに気分が高揚するなんて。

それはきっと虎徹も同じ、アイツも笑っている。


小細工は無しだ、まずは全力で彼我の距離を飛ぶように駆ける。


「虎徹!!」

「京太!!」


打ち合った拳は相手の顔面を掠り交差する。

腕と腕がまともに衝突し、筋肉がミシミシと悲鳴を上げる。


「やるじゃないか京太、私の拳を紙一重で躱すなんて」

「そっちこそ、確実に入ったと思ったんだけどな」


僕達の攻防は一撃必殺が常だ。

例え人間が持つ限界の力を出し切れるといっても、それは攻撃にだけ特化した能力。

打たれ強くなるわけでも無ければ、再生能力が高くなるものでもない。

だからこその先手必勝、一発でも入ればそれで終わりだ。


初手はドロー。じゃあ続きを始めますか。


僕は後方に飛び退き、再び虎徹めがけて跳ぶ。

身を低くし、すくい上げる様に相手の顎めがけて拳を跳ね上げる。

これは驚くほどあっさりと躱され、僕の腕と交差するようにカウンターの打ち下ろしが放たれる。


ああ虎徹、覚えてるか?

僕は今まで二度お前とりあって、その全てをカウンターで沈められてるって事を。


僕はあらかじめ予想していた一撃を首だけを横に倒して躱しきる。

無理に曲げたせいで首がもげそうになったものの、これで僕の見切り勝ちだ。


交差した右腕を内側に鋭く振るい、虎徹の顔面に肘打ちを叩き込む。


ゴッッ!!


浅く入ったものの、想定外の一撃に虎徹の体勢が崩れる。

千載一遇の勝機、ここで全てを終わらせる。


体のバネを使って腰を捻り、地面が抉れるほどの遠心力を込めて左足を振り抜く。


ドガッッ!!!!


僕の左踵が虎徹のこめかみを直撃し、僕は自分の勝利を確信した、、、、かのように思えたが

虎徹はその威力を殺さないまま右足で地を蹴り、宙返りをするように後ろ足でマサカリを放ってくる。

冗談だろ?


ドガンッッ!!!!


後頭部にまともに入った一撃に、なすすべもなく地面に叩きつけられる。

うつ伏せ状態で地に伏せ、脳が揺れたせいか意識が朦朧とする。


「キミは本当に馬鹿だな。私の得技がカウンターだと分かってたんなら二発目も考慮するべきだろ」


という事は、、、


「キミは能力にかまけ過ぎて格闘技に頓着だからな。それに比べて私は中国拳法に造詣が深い。化勁かけいの応用だよ、相手の攻撃を無力化する武術の一種だ。まあ私としても完全にキミの力を無力化できたわけじゃなかったれどな。それにしても速い一撃だった、今でも滅茶苦茶痛いし」


何だそりゃ、そういえばそんな事も言ってたような気がする。

それだけの能力があるんだから、更に上を目指す意味が分からんと馬鹿にしてたけど、その結果がこれか。

くそったれ、ここまでお膳立てしてもらって完敗だっていうのか。

ここまで来て、これで終わりなのか。

自分の情けなさに泣けてくる。

あぁ、でもなんて言ったらいいんだろう、


「痛いけど、本当に痛いけど、楽しいな、何だか満たされたよ」


虎徹が僕の言葉を代弁するように口を開く。


「不謹慎だというのはわかってる。今まで自分のしてきた事に何の後悔もしてなかったのに、あの時だけはもっと上手くやれたんじゃないかと思ってしまう。それほどまでに楽しいんだ。自分で壊したはずなのに、自分で失くしたはずなのに、もうお終いだと腹をくくったのに、こんなにキミは私を惹きつける」


僕の位置からは虎徹の顔がよく見えないけれど、何となくコイツの顔は想像できる。

ほんの数年の付き合いだけれど、僕はコイツの『懐刀』って呼ばれてたんだ。

ホント、今更ながら馬鹿な奴だと思う。


「なあ、虎徹、、、」


僕がずっとコイツに言いたかった事を口にしようとすると、


「虎徹、京太くん、決着ケリはつきましたか?」


何で彼女がここに?

予想外の登場人物に僕の頭は真っ白になる。

彼女がここに立っているという安堵感と、彼女がここに来てしまった焦燥感が頭の中を駆け回る。

青葉さんはそんな僕の混乱を意にも介さず言葉を続ける。


「ホント、頭痛い。あなた達二人は最後の最後までそんな感じで二人の世界に入ってしまうんですから、傍から見ているこっちの気持ちも少しは考えて下さい」


「青葉、おまえ、、、」


「私が怖いですか?だったら、また私を血祭りにでもあげてみますか?あの程度では怒りが収まりませんか?なら今度こそ殺し尽くして下さい。私の気持ちはあの時から全く変わっていません。私が彼の一番なんですから」


「いい加減にしろよ青葉、自惚れるのも大概にしろ。これは京太と私の問題だ。いくら青葉といえど口を挟むなら、、」


「その考え方が気に食わないんですよ。どこまでいっても虎徹は京太くんと二人の世界に入ってしまう。まるで世界中に二人しかいないみたいに」


「それの何が悪い?私と京太は仲間なんだ。どっちも同じような、、、」



「虎鉄には、、まだ私が見えませんか?」



その言葉に、虎徹の言葉が遮られる。


「三年間の間、ずっと一緒にいましたね。私がどれだけ虎鉄に振り回されたか、思い出しただけで頭が痛くなります。それでも、私の青春は間違いなく木乃宮虎徹と共にあった」


月明かりに照らされた二人の顔は対照的で、それでいてそのどちらもがいまにも決壊しそうな顔に見えた。


「虎徹、あなたの青春に私は居ますか?」


ああ、何て青臭い言葉なんだろう。

青葉さんらしくもない、感情が全面的に押し出された言葉。

僕の知らない二人の時間、僕以上に一緒にいる事が多かった二人の時間。

そこは、僕にも立ち入る事の出来ない領域。

こんな言葉を聞かされたら、もう一年早く自分が生まれてこなかった事が悔やまれる。

あの二人と一緒にいた僕がそう思うんだ。

当の本人がどう思ってるかなんて、今の虎徹を見れば十分わかる。


「ふざけるなよ、これ以上私を惨めにしないでくれ。私に青葉が見えていないだと?」


そして、虎徹の感情は決壊する。


「そんな事、ある訳ないだろうが!!!私がどれだけお前と一緒にいたと思ってるんだ!どれだけお前を信頼してたと思ってるんだ!!見くびるなよ、私にとってお前は一番の親友だろうが!!だから許せない事があった!!だから何もかもお終いだと思った!!だから、、全部壊してしまったと後悔した」

「虎徹、私はあなたの事を恨んでませんよ。あなたがあの時にした行動は私の言葉が原因なんですから、自分の責任は自分で取ります」

「青葉、私、お前に謝らなくちゃいけない。私はお前を傷付けた、感情が滅茶苦茶になってお前に襲いかかった。私はお前に謝らなくちゃいけない」

「何回でも言いますよ。あれは私が自分で招いた災厄です。だからあの時の事を蒸し返してどうこうするつもりはありませんし、むしろ困ってしまいます」

「じゃあ、私達はまだ仲間なのかな?」

「ええ、少し形は歪ですけれど、私は私達三人は今でもかけがえのない仲間だと思っています」

「青葉、京太の事は本気なのか?」

「ええ、もちろんそれは本気です」

「じゃあ、やっぱり奪うしかないか」

「いきなりなご挨拶ですね。とはいっても虎徹にどうこう出来るとは思いませんけれど」

「覚悟しろよ青葉、お前は私に火を付けたんだ。その事はキッチリと後悔させてやる」

「だから虎徹にどうこう出来るとは思ってないと言ってるじゃないですか、京太くんもいつまでも寝てないで何とか言って下さい」

「京太、寝そべってる場合じゃないぞ。ここまで私を熱くさせたんだ、その責任はきっちりととってもらうからな」

「その言葉は聞き捨てなりませんね。私が居ない所でどんな話をしたんですか?」

「答える必要は無いぞ、あれは私と京太だけの思い出だからな」

「よろしい、やっぱりここでハッキリと決着ケリをつけましょうか」

「上等だ、今度こそ二度と立ち上がれない体にしてやる」


何だ、結局はこうなるのか。

グラウンドの真ん中で散々喚き散らす二人を見ながら一人で愚痴る。

僕の心配なんて必要なかったのかもしれない。当たり前のようにあの二人は親友で、だから二人とも苦しんでたんだ。

何が原因だったのかなんてどうでも良かった。

結局、僕はただ、今みたいにあの二人の輪に入れなかった事が悔しかっただけなのかもしれない。

嫉妬にも似た感情を持て余しながら仰向けに転がり空を見上げると、ふと月明かりを遮る影がさす。


「あなたも大変ね、これからは鎖に縛られたみたいに身動きが取れなくなるわよ」

「ココちゃん、、、そうだね。そうかもしれない、あの二人が卒業しても僕たちはきっと何時までも仲間なんだよ」

「あら、またしても朴念仁発動かしら」

「その朴念仁って言葉好きだね?」

「ええ、どうやら私も朴念仁に惹かれているみたいよ、その辺りは覚悟なさい」

「よく分かんないけど、それはともかくココちゃん、ありがとう。君のお陰で僕はここまで来れた」

「前にも言ったでしょう、私は私の為に今日ここに来たのよ。礼を言われる筋合いはないわ」

「それでもなんとなくさ、ありがとうって言いたかったんだ」

「あら、そう。馬鹿な人ね、でも気分は悪くないわ」


大切なモノの為に大切なモノを叩き壊して、その上でもう一度大切なモノができた。

誰にも理解して貰えないかもしれないけれど、僕の青春殺しはこれで良かったんだと思う。

きっとこの日は忘れられない日になるだろうし、忘れる気にもならないほど沢山の出来事があった。


キーンコーーン、カーンコーーン、キーンコーーン、カーンコーーン


夜のチャイムが校庭に響き渡る。

ああ、今ならわかる。これはきっとあの人からのお叱りの合図だ。

我等がカリスマ、時崎先輩ならこれぐらいの事はやってくるだろう。

これで幕引き、これが最後の下校時刻。

やる事をやったんなら、とっとと帰れって事か。

相変わらず粋な計らいをしてくれる人だ。


「さらば青春か。ホント、困った仲間達だ」


見上げれば雲ひとつない夜空、天下泰平事も無し。

後はぐっすり眠って、大切な卒業式を待つとしよう。

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