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夜のチャイム  作者: 紫木
16/21

幕間 ある日の青春群像劇 後編

「よしっ、まずは腹ごしらえからだな」


僕の数歩前を歩く虎徹は、いつにも増して大きな声で僕に同意を求める。


「ああ、それなら僕はホットドックが食べたいかな。体育館横に屋台があっただろ?」


校舎から体育館までの道のりには所狭しと屋台が出されており、軽食や菓子類を格安で購入する事が出来る。


「それも捨て難いがな、ここはひとつ私に任せろ。とっておきの出し物をしてる教室があるんだ」


僕の意見を早々に却下して、虎徹はスキップでもするような足取りで先に歩いて言ってしまう。

何でそんなにご機嫌なのかは知らないけど、ここは合わせておいた方が良さそうだな。

僕は周りの生徒たちがモーゼの十戒の如く開けてくれた廊下を足早に追いかける事にする。


先を歩く虎徹が足を止めたのは家庭科室の前だった。

看板を見るからに普通の軽食屋の様だけど。

中に入って内装を確認しても、客席と厨房が簡易的に仕切りで分けられているだけ。

特にこれといって特色がある訳でも無い様に感じる。


「あそこの席が空いてるな、京太、先に席に座ってろ」


それだけを言い残して虎徹は何を考えているのか、堂々とした足取りで厨房の方に消えていった。

その後、当然といえば当然ながら厨房の方から喧喧囂囂けんけんごうごうとした声が聞こえてきたが、僕の精神安定以上、無視する事する。

そのまま5分位は待っただろうか、いよいよ暇を持て余してきた僕がウェイター係の男子に声をかけようとした時、


「待たせたな、これが私のオススメするとっておきだ!」


虎徹がそう言いながら、両の手に一つずつグラスを抱えて戻ってくる。


グラスには真っ白なクリームがふんだんに載っており、その下には埋もれるようにプリンがちょこんと鎮座していた。

これは確かプリンアラモードってやつだな。


「ここのプリンが滅茶苦茶美味しいんだ!是非とも京太に食わせてやりたくてな!」


満面の笑顔を浮かべる虎鉄に苦笑しながら、僕は渡されたグラスからプリンを口に入れる。


「うん、確かにこれは美味しいかも」


そう言うと虎徹は笑顔爆発といった感じで喜び、自分もグラスからプリンを掬って口にする。


「うんうん、間違いないな!流石は料理研究部部長のお手製だ!」


へぇー、これってお手製なのか。

どうりで市販のプリンとは比べ物にならないくらい味がすっきりとしている訳だ。

それにしても文化祭でお手製なんて、採算は合うんだろうか?

そんな不躾な事を考えながら、僕がプリンに夢中になっていた時、


「お気に召してくれたようで何より。木乃宮、これで満足したか?」


そんな声が真横から掛けられ、そちらに視線を上げると


「初めまして、君が噂の『懐刀』くんだね?俺は木乃宮のクラスメイトで、今は料理研究部の部長をしている高柳って者だ。以降お見知りおきを」


そう言って彼は丁寧に腰を折り曲げて頭を下げてくる。

先輩にそんな事をさせるのは申し訳なく思い、慌てて僕も席を立って頭を下げる。


「いえ、こちらこそ初めまして。こっちこそこんなに美味しいプリンを食べさせて貰って何て言ったらいいのか、感激です」


そう言った後に一秒前の自分をぶん殴りたくなった。

支離滅裂すぎて言葉をまとめきれてない、ココちゃんが此処にいたら何て言われてたのやら。


「あははっ、なかなか愉快な事を言うね。木乃宮には勿体無いくらいの好青年じゃないか」

「うるさいっ、高柳!誰が厨房から出て来いって言った?とっとと持ち場に戻れ、このバカ!!」

「おいおい、それはないだろ?いきなり厨房に飛び込んできたかと思えば、「今ここにある最高の菓子を用意しろ!出来なかったら、この場で皆殺しだ!」なんて剣幕で人を脅しておいて」

「高柳、貴様どうやら本当に死にたいらしいな」

「その場合、僕はここにいる和泉くんに助力を頼む事になるんだけれど。『焦がれし君』を敵に回しても良いのかな?」

「『焦がれし君』?先輩、それって一体何の事、、、」

「うるさい黙れ死ね殺すぞ叩きのめすぞ!京太、腹が膨れたらこんな所には用は無い!!ささっと次へ行くぞっ、ほらっ、とっとと立て!!」

「うおぉぉーい!!引っ張るなバカ!!」


顔を真っ赤にした虎鉄に半ば引き摺られる様に僕は家庭科室を後にする。

最後に見えたのは高柳先輩が満面の笑みでこっちに手を振ってくれている姿だった。

ホント、少しはゆっくりさせて貰えないかな。


○ ○ ○


「気を取り直して、高柳には後で人誅を下すとして、さあ続きを楽しもうか」


日常のセリフにさらっと物騒な事を織り交ぜるのはどうかと思う。


「展示系なんか良いんじゃないかな、たまには芸術系も良いと思うんだけど?」


実際はのんびりゆっくりとしたいと言うのが僕の本音だ。

午前の姉妹喧嘩から続くあれこれに僕の体力は早くも限界に近い。


「そうか、折角の機会だ。近場で展示系というと、、、あれか」


虎徹の目線を追うと、そこには『理科室で開催中!生物の科学~君の知らない世界~』と銘打たれた看板が。

よりにもよって生物か。芸術とは程遠い世界だけれど、背に腹は代えられない。


「じゃあ取り敢えず理科室、行ってみますか」

「おうっ!!!」


予想以上に勢いよく同意する虎徹を共に理科室の扉をくぐる。


そこに広がっていたのは、壁一面の昆虫や花の標本。

驚いた、この学校の事だ、僕の予想だとホルマリン漬けのアレコレや、前代未聞の剥製なんかが展示されてるものだとばっかり思ってた。

虎徹も物珍しそうに辺りの標本に備え付けられている説明書きを眺めている。


「へぇー、この花、綺麗だね。『ゼラニウム』っていうらしいけど」

「ああ、真っ赤だな」

「そうだね、真っ赤だ」

「どうだ、この花は私に似合うと思うか?」

「何を以って似合うって判断すれば良いのか理解に苦しむけれど、まぁ似合うんじゃないかな」

「ならば良し!」


僕たちの会話もいつもと違ってのんびりとしたものだ。

そう言えば虎徹とこんな感じで過ごすのってあんまり記憶に無いかも。

いつも暴れまわってばかりだからなぁ、たまにはこんな時間があっても良いだろうとしみじみ思う。


「おいっ京太、ちょっとこっち来い!」


少し先に進んでいた虎徹が僕を大声で呼びつける。

その声量のデカさに周りの生徒たちが視線を向けてくるも、相手が『災厄』だと言う事に気付くとさっと目線を逸らす。 

ホント、この学校の生徒は良く分かっておられる。

僕は周りに謝罪の言葉を掛けつつ虎鉄に近寄る。

すると虎徹の目の前には、色とり取りの『蝶々』の標本が飾られていた。


「知ってるか?蝶の中には変わった奴がいてな、やたらと長い時間をさなぎで過ごして、何年か越しに蝶になる種類があるんだ」

「ふぅーん、じゃあそいつはずっと殻に閉じ篭ったまま何年も過ごすって事か?随分と気が狂いそうになるな」

「いや、そいつは蛹になる前に一回、幼虫になって外界に出てるらしい。おかしな話だろ?やっと外に出れたのに、また自分から殻に閉じこもるだなんて」

「なるほど、卵から孵った時に外に出てる訳だね。それはそれで確かにおかしな話だ。外界の何に不満があったっていうのか」

「おお、浪漫がある答えだな。そういう所は高評価だぞ」

「それはそれは、お褒め頂き恐悦至極」


蝶の生態になんか今まで興味も無かったけれど、これはこれでなかなか楽しいものだと思う。

虎徹のはしゃぐ横顔を眺めながら、そんな取り留めのない事を考えていると、いつの間にか全部の展示を見終わっていた。


○ ○ ○


「次は体育館だ。これだけは絶対に譲れない。邪魔するつもりなら、虎徹とはここでサヨナラだ」


今までは虎鉄に全て委ねていたけれど、この時間だけは譲れない。

僕にだって楽しみにしていた出し物が一つだけあるんだ。


「どうした、随分と鬼気迫った顔をして?そんなに睨まなくても付いてってやるんだが」


うん、僕のお願いが通じて良かった。

返答次第では戦闘も辞さない覚悟だったからね。


「ではいざ行かん!ロックの祭典、音楽部主催の文化祭フェスに!!!」


道中でどこか別の所に行ってしまわないよう、虎徹の手を引き体育館までの道のりを走り抜ける。

周りから何だか温かい目で見られている気がするけれど、そんな事は今はどうでも良い。

何たって、僕はこの文化祭フェスが楽しみで仕方ないんだから。


校舎から体育館に続く道には様々な屋台が立ち並んでいて、辺り一面、人でごった返していた。

しかし心配召されるな。ここで輝くのは虎徹と僕が持つ『災厄』と『懐刀』という渾名。

「触らぬ神に祟りなし」と言わんばかりに、ものの見事に人ごみが分散してくれる。

まさかこの渾名が役に立つ日が来るなんて。


「おいっ京太!ちょっと目立ち過ぎだろ!」

「うるさい!僕がこのフェスをどれだけ楽しみにしてたと思ってんだ!」

「そんな事は学内で殆ど一緒に居たんだから知ってるに決まってるだろ!そんな事じゃなくて、この手をだな、、」

「よしっ、何とか間に合ったな」


虎徹がいまだに僕の隣でブツクサと文句を言っているけれど、僕の目はもう体育館に掲げられている宣材看板に釘付けだ。


「「跳ぶなら力の限り全力で!明日の朝に立てなくなっても構わない!私達は今を全力で跳びきる!!!」」


おおぅ、近くで見るとこれは中々の破壊力。

看板には、足を骨折した人間が松葉杖を振りかざしている絵が書かれており、嫌が応にもテンションが上がる。


「あれ?どこのバカップルかと思えば、『災厄』さんに『懐刀』くんじゃないっすか」


早くも期待に打ち震えていた僕に声を掛けてきたのは、『その頭どうしたの?』って突っ込みたくなる位のアフロ女子だった。

彼女の名前は姫島愛里。現二年生の音楽部部長だ。


「これは、姫島さん。いやぁ今日のフェスが楽しみすぎて、早くもテンション全開ですよ」


僕は彼女とそこそこ仲が良い。

僕が無類の音楽好きだって事を踏まえて、現三年の音楽部の先輩方と懇意にして頂いていた事から、彼女とも繋がりが出来たって所だ。

なお、彼女のアフロは槻島高校音楽部の伝統であり、現三年の引退を機に代々時期部長に引き継がれる事になっているらしい。


「そうっすかぁ、それはこちら側も演奏し甲斐があるってもんっす。でも、お二人さんに本気で暴れられると観客席のバリケードぶっ壊れちゃうと思うんで、その辺は加減してくれると助かるっすよ」

「もちろん、全力で跳ばせてもらいますよ。何たって三年生の皆さんの引退ライブも兼ねてますからね!ヌルイ盛り上り方はしないつもりなんでお任せ下さい!」

「やっぱり、あんまり聞いてくれてないっすね。『災厄』さん、すいませんけど、この人の手綱引いてくれると助かるんすけど」

「ああ、任せておけ。コイツは音楽が絡むと人が変わるからな。最悪の場合は武力制圧するから、お前達は安心して演奏に励むように」

「助かるっすよ。それじゃあそのまま手を繋いだままで居てやって下さい。では、私は開演の調整に向かいますんで」


そう言い残して、姫島さんは裏口から体育館内部に入っていってしまう。


そうして、ようやく今になって気付いてしまった。

彼女に言われるまで意識すらしていなかった。

テンションが上がりすぎるってのは罪だ。


僕はここまでずっと、虎徹と手を繋ぎっぱなしだった。


そーっと横にいる虎徹の顔を見ると、何やら異常なほど赤い顔をしてモジモジしている。

うん、これはあれだな。この後、僕がぶっ飛ばされる未来が容易に想像できるな。

僕はなるべく自然な形で彼女の手から自分の手を離し、なるべく自然に体育館向けて足を動かす。

するとどういう訳か、後方から虎徹が僕の手を力強く握り直してくる。

ちょっ、万力に絞められてるみたいで痛いんですけど!


「いや、虎徹さん。さっきまでのは何と言いますか、誤解といいますか、若さゆえの暴走と言いますか、、」

「うるさい黙れ、私はあのアフロと約束したからな。お前の事をちゃんと見てなければいけないからな。これはその為だからな」


虎徹は僕の弁明を聞き入れる素振りも見せず、さっきまでとは逆に、僕の手を引いて体育館の入口にずんずんと歩いていく。


今更なんだけど、何だか異常に小っ恥ずかしいのは僕だけなんだろうか?

そんなモヤモヤした気持ちを燻らせたまま、僕はフェスを楽しむ事になる。


○ ○ ○


怒涛の様に過ぎ、予定外の出来事のオンパレードだった文化祭初日も終わりに差し掛かった頃、僕と虎徹は遊び疲れたので、屋上で一息つこうという事で合意した。

日が落ちるのも早くなったせいで、辺りは夕焼けに染められ真っ赤となり、柄にもなく、まるでこの屋上だけが世界から隔離されているかの様な錯覚を覚えてしまった。


「まるで世界中で此処だけが切り抜かれたみたいだな」


だからそんな事を口にする虎鉄に、思わず笑いが込み上げてきた。

そういえば、虎徹とこんな風に二人で過ごしたのは初めてかもしれない。

いつもの暴走に次ぐ暴走を起こす事もなく、比較的現実的な文化祭の楽しみ方が出来たと思う。

まぁ、それが周りからどういう風に見られていたのかはわからないけれど、僕とコイツにとっては本当に楽しい一日を過ごせたと思う。


「それにしても京太、最高だったな!今日は最高の一日だったな!!」


だからってそんなに大声で叫ばないで欲しい。

何だか見ているこっちまで恥ずかしくなってくるじゃん。

虎徹は僕のそんな苦悩も知らず、両手を広げてニコニコと空を仰いでいる。


「私はな、こんな風に過ごしたのは初めてかもしれない。楽しかった、うん、最高に楽しかった!青葉がいて、生徒会長がいて、それでも今まではこんなに楽しむ事は出来なかった」


あのお二人の何が不満だってんだ。

確かに、片方の御仁は会う度に喧嘩ばっかりしているけど。


「どうあがいても、どんなにもがいても、結局私はずれている。そんな事はとうの昔に気付いていたし、途中からは諦めてもいたんだ。こんなに短い時間で私は諦観してしまっていた。世界は広い、それを理解しながらも理解されるのを放棄した」


何となくその気持ちはわかる。

結局、最初から欠けている人間は、どこまでもそれに付き合わなくちゃいけない。

そのほんの少しの欠落が感情や体にまで伝染し、最終的には他とは全く違う存在だと思い込んでしまう。

結論は『自分は一人なんだ』と深い深い闇を抱える事になる。

ホント、皆から言われる通り、僕と虎徹はそっくりなのかもしれない。


「京太、私がお前の高校生活を面倒見てやるって言ったのは覚えてるか?」


随分とまた古い話を持ち出してきたな。


「ああ、覚えてるよ。あの時は頭の中がパニック状態だったけどね。、、、まだ覚えてる」

「私がお前の面倒を見てやれるのもあと数ヶ月だ。数ヵ月後に、私はここを卒業する」

「そもそも僕がいつお前の世話になったよ?」

「やり残した事も、やりたかった事もいっぱい残ってるけど、やり直したいと思う事は一つも無い」

「少しは人の話を聞けよ。それに人様にあれだけ迷惑を掛けまくっておいて、やり直したい事が無いだと?」


「ありがとう、京太と出会う事が出来て、私は本当に幸せな毎日を過ごす事が出来た」


その言葉に、思わずぐっと息を呑んだ。

思いがけない真っ直ぐな言葉をぶつけられて、一瞬だけど呼吸が止まった。

その笑顔は反則だろ、木乃宮虎徹。

そんな事言われたら、僕も認めざるを得ないじゃないか。


・・・だから私にはキミが必要なんじゃないか!


ああ、きっとあの台詞を聞いた時から、僕の学園生活はコイツ無しでは考えられないものになってしまったんだと思う。


沈む夕日を背にして笑う虎徹を見ながら、そんなアンニュイな気分に浸ってしまった。


だから、その後に続く言葉を僕はあまり良く覚えていない。


○ ○ ○


第35回 槻島高校 文化祭2日目


昨日とは一味違った賑わいを見せる文化祭。

それというのも、二日目は外部からの客を招いての開催となっていて、グラウンドはおろか校舎中が人でごったがえしている。

もちろん外部からの客となると、ヤンチャ盛りのアレコレも来場してしまうのが頭痛の種になるんだけど、そこはさすがのカリスマ生徒会長。

特別警備隊を発足し、何か事が起これば迅速に対応出来るように備えは万全の状態となっている。

ただ悲しい事に人事権は生徒会長に一任された為、文化祭特別警備隊(午前)は木乃宮虎徹、同じく文化祭特別警備隊(午後)は和泉京太(僕)と見事なまでに隙の無い布陣をお敷きなされた。

ホント、勘弁して欲しい。まぁ風紀委員を名乗るからには当然といえば当然なんだけど、生徒会長は文化祭に血の雨でも降らせたいんだろうか。

武力行使間違いなしの我らが長がくれぐれもやり過ぎないようにと僕が心の中で願っていた時、


「おまたせしました、京太くん」


そう言いながら、青葉先輩が約束通りの時間にやって来る。

何の奇跡が起きたのかは分からないけれど、今日は青葉先輩からの提案で、二人で校外ツアーに出る事になっている。

ある日の放課後、何の気なしに青葉先輩に向けて言った言葉がその要因なんだけど、


「先輩ってお嬢様ぜんとしているというか、あんまりその辺をぶらぶらしてるイメージ無いですね」、

「それは偏見ですよ。私だって皆さんと同じように繁華街に繰り出す事だって多いんですから」

「いや、それでもそこはかとなく近寄りがたいオーラがあるというか、誘いづらい空気があるといいますか」

「そうですか、、、それは現況を省みるにあまり宜しくないイメージですね。京太くん、ちなみに文化祭の2日目の予定は?」

「これといっては、でも何だかんだで虎徹に振り回されてそうですけどね」

「わかりました。じゃあその日で決まりですね。京太くん、先ほどの言動の罰として文化祭の2日目は私に付き合ってください」

「いい!?別に僕は先輩を中傷するつもりは、、」

「言い訳は無用です。京太くんにはその私に対する間違ったイメージを払拭して貰わないといけません」

「ええと、まぁ僕としては喜んでお付き合いさせてもりますけど」

「歯切れの悪い答えですね。い い で す か、京太くんは文化祭の2日目に私に付き合って街に繰り出します。復唱!」

「はいっ!私、和泉京太は文化祭2日目に青葉先輩のお供をさせて頂く所存であります!」

「よろしい。それといいですか、くれぐれもこの事は虎徹と小太刀さんには秘密ですよ」

「ああ、確かに学校をサボって街に出るなんて、あの二人が知ったらとんでもない事になるかもしれませんね」

「論点が些か間違えてますけど、分かってくれればいいです」


とまあこんな会話があった訳でして、僕としては青葉先輩に申し訳ない気持ちもありつつ、嬉しさでいっぱいの状態であります。


「では先輩、そろそろ行きましょうか。まずは駅前のショッピングセンターに向かいましょう」

「ええ、あの辺りなら午後には余裕を持ってここに帰って来れるでしょうしね」


そういう訳で、僕と青葉先輩の二人っきりのお出かけが幕を開ける。


○ ○ ○


「京太くんは思ったよりも私の事を勘違いしてた様ですね」

「そうですか?確かに今みたいな先輩は想像もしてませんでしたけど」


僕たちは学校から徒歩15分程度の位置にある駅前のショッピングセンターにいる。

食料品から服飾、はては映画館などの娯楽施設も兼ね備えた複合施設となっており、この街では大変重宝されるスポットとして知られている。

僕と先輩は学生服から私服に着替え、フードコートで購入したアイスを食べながら談笑している訳だけど、


「もうっ、私がアイスを食べるのがそんなに珍しい光景ですか?」

「いえいえ、アイスを食べてるのは別に珍しいとは思わないんですけどね、まさかトリプルで頼むとは思わなくて」

「大丈夫です。ちゃんと全部食べきれますから」

「いや、食べきれるかどうかとかそんな子供じみたことじゃなくて、その絵ヅラに違和感があるというか」

「子供ですか、なるほど、虎徹が日々、京太くんに先輩扱いされていない事を嘆いていますが、その気持ちがよーくわかりました」

「いや人の話は聞けよ!ってめっちゃ怒ってらっしゃる!?」

「・・・・」

「すいません、僕もちょっとハメを外しすぎたみたいで。言い過ぎました」

「いえ、さっきの調子でどんどん生意気な口調でお願いします」

「ここにきて青葉先輩にドM疑惑!?」

「はい、いい感じです。その調子で次に行きましょう」


何だか青葉先輩のテンションがいつも違う。

浮かれているというか、はしゃいでいるというか。

とにかく全力でご機嫌状態だ。

そんなにアイスが美味しいのかな?


○ ○ ○


「さて、ここで問題です。私が好きなのはこの動物たちの中でどの子でしょうか?」

「いやいや、思いっきりウサギを胸に抱いてんじゃん!!それでウサギじゃなかったら、そいつ自殺ものですよ!?」


僕たちが今いるのは屋上に設けられた『ふれあいコーナー』と銘打たれた小動物とキャッキャ出来る場所なんだけど、青葉先輩はいつの間にかその胸に小さなウサギを抱いており、ずっと愛でている。


「この子を殺すと言うんですか?では仕方ありませんね。残念ですが京太くんにはここで散ってもらいます」

「何か物騒な勘違いしてるじゃん!!僕はソイツを殺すなんて一言も言ってねえ!」

「ああ、安心してください。これでも昔は少しヤンチャな頃もありまして、それが縁で虎徹とも知り合えた訳ですが、、今はその話は止めておきましょう。とにかく私が言いたいのは、全力で掛かってきてもらって結構ですよという事です」

「だからそもそも青葉先輩と僕が戦う理由が無えって言ってんだよ!!ホント、少しは人の話聞けよ!!!」

「、、、くすくすっ、良いですねこの感じ。ますます虎徹の気持ちが分かってきてしまいました」

「???まさか先輩、僕をからかってたんじゃ、、」

「ごめんなさい、でもこんなに楽しいのは京太くんのおかげですよ。本当に今日は勇気を出して良かった」

「勇気?先輩が何を言ってるのか良く分からないですけど、まぁ楽しんでくれてるんならそれで、、」

「モフモフ~」

「結局ウサギに夢中かよ!!]

「いえいえ、私は京太くんに夢中ですよー」

「棒読み!ウサギモフモフした状態じゃ説得力の欠片もねえ!!」


まさか青葉先輩とこんなやり取りをする日が来るなんて思いもしなかった。

よく言えば打ち解けてきた、悪く言えばオモチャ替わりにされてるって感じだけど、青葉先輩との距離が縮まるんならどっちでも良いと思う。

今日は最高の一日だ。


○ ○ ○


そろそろ時間的にも学校に戻らないといけない時間だ。

青葉先輩も当然それは分かっているようで、さっきからしきりに腕時計で時間を確認している。


「そろそろ戻りましょうか、午後の見回りに遅れると虎徹もうるさいと思いますんで」

「うーん、そうですね。確かにそうなんですけれど、、」


僕の言葉に何故だか青葉先輩は歯切れ悪く答える。

ひょっとして、まだ何かやりたい事でもあるのかな?

でも別に今日じゃなくても駅前なんていつでも来れると思うんだけど、


「よしっ、覚悟は決めました!京太くん、あと一箇所だけ寄らせてもらっても良いでしょうか?」


やっぱり先輩にはまだ行きたい場所があるみたいだ。

時間的には少し厳しいと思うけど、せっかく先輩から誘ってもらったんだ。

今後こんな素敵な日が来るとは思えないし、僕は二つ返事で答える事にする。

願わくば、遅刻に対する虎徹の折檻が僕の耐えられる範囲内である事を切に願う。


そしてそんなやり取りの後、僕たちが向かったのは、、


「いや、思ったよりも暗いですね」

「ええ、そうですね。まさか先輩、今から映画見るなんて言いませんよね?その場合、僕が虎鉄に許して貰える可能性はゼロになるんですが」


そう、僕が先輩に連れてこられたのはショッピングセンターの上階にある映画館ゾーンだった。


「残念ですけれど、私にはどう考えても京太くんが助かる未来が見えません」

「そこは何とか助け舟を出して貰えないでしょうか?」

「仕方ありませんね。まぁ元々、映画を見る気なんて無いんですけどね」

「はい!?じゃあ何の用があってこんな所に?」

「とっても大事な用があるんです。それにはちょっとした雰囲気作りも大切かなと思いまして」

「雰囲気作りですか、何だか良くわかりませんけど」

「ええ、きっと分からないだろうし、これからも分かってくれそうにありませんので」


そう言うと、青葉先輩はブルーライトに照らされたこの場所で立ち止まり、


「京太くん、あなたが好きです。私と付き合ってもらえませんか?」


そんな信じられない言葉を口にして、僕の思考回路を焼き尽くした。


その後、僕は自分が何て口にしたのかは全然覚えていないけれど、

今日この日を以って、和泉京太は椎名青葉と恋人同士という関係になった。

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