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夜のチャイム  作者: 紫木
15/21

幕間 ある日の青春群像劇 前編

木乃宮小太刀コノミヤ コダチ

今年の春、私立槻島高等学校に入学。

類まれなる好成績をあげ、一時期は『天才』とまで噂される。

知性で右に出る者は無く、教師陣ですら彼女の存在には一目を置いていた。

だから彼女にとって高校の授業なんていうものは、まともに受ける必要も無く、得られる知識も無いという事だ。


「だからといって上級生のクラスにいるのはどうかと思うんだ!?」


彼女は現在、何食わぬ顔で上級生である僕のクラスに鎮座している。


「あら、私がわざわざ来てあげているのよ?授業の事なら安心なさい、いえ、諦めなさい」

「なんで悪い方向に言い直した!?それに何で諦めなくちゃいけないんだよ!!僕の学ぶ姿勢をなめんな!!」

「学ぶ姿勢のある人間が授業の最中に、ましてや教師の目の前でそんな大声を出しても良いのかしら?」

「ごもっともだ!!!でもその原因が自分にある事も少しは理解してくれ!」

「私の魅力に参ってしまったという事ね。それは残念、希望も夢もない話だわ。つくづく気持ち悪い事を口にするわね」

「どんな曲解の仕方!?無駄口叩く暇があったら、とっとと帰れ!!!」

「遥かなる海に?」

「どこに還る気だ、この野郎!!!」


最近では定番となりつつあるやり取りをしていると、教室中から不穏な空気が流れてくる事に気付く。


「「お前達、マジで出っててくんねえかな??」」


クラスメイトの目は言外にそう告げていた。

目は口ほどに物を言うとはよく聞くけど、これって僕にも責任あるのか?


僕は助けを求めるように、教壇に立つ教師に目を向けるが、、、あっさりと目線を逸らされる。

教師としてそれはどうなのか!?おいっ、こっち見やがれ!!!


「何を胡乱な目をしているの?まるで挙動不審の変態ね、ちょっと距離を置いてくれないかしら?」

「そもそもここは僕の席だ!!距離をとるなら自分から出てけばいいじゃん!!」

「舐めるなよ?何で私がキミの言う事を聞かないといけないんだ?驕るなよ、若造」

「なんでキャラ崩壊のマジギレしてんのさ!!!そもそも僕は君よりも先輩だ!!」

「すいません、先生。彼はこの通り情緒が不安定な様ですので、少し外の空気を吸わせたいと思います」

「おーーーーい!!」

「よろしい、木乃宮くんは和泉君を連れてとっとと、、、もとい、さっさと教室を出て行きなさい」

「オイ教師!!その言い方はどうよ!?言い直したくせに本音が丸見えじゃねぇか!!!」

「目上の方にそんな口の利き方をするものじゃないわ。訂正なさい」

「だからテメーよりは先輩だし、そもそもテメーの口の利き方が一番なってねぇ!!」

「煩い、早く行くわよ」

「くそっ、またこのパターンか」


颯爽と席を立ち、堂々と教室から出て行く彼女の後姿を見ながら、僕は深々とため息を吐く。

ホント、なんでこんなことばっか起こるかなぁ。


教室から出ると、彼女は廊下をどんどんと先に進んで行く。

周りの教室も授業中だというのに、彼女の思考回路は麻痺してるんだろうか。


「それで?何処に連れて行ってくれるのかしら?」

「冗談、本気で言ってるの?」

「エスコートは男の美学でしょ?」

「くっ、美学といわれちゃあ断る訳にはいかない」

「貴方、本当に愉快ね」


「成程、何がどうなっているのかは知らんが、仮にも風紀委員の末端が授業をサボタージュしているという訳か」


ちょうど僕達が階段を降りようと踊り場に差し掛かった辺りで、上階からそんな声が聞こえてきた。

ふぅ、、死んだな、僕。


「制裁の時間だ、死ぃぃぃねぇぇっぇ!!!」


怒りの形相でこちらに向かって飛来してくるのは、言わずと知れた『災厄』木乃宮虎徹。

あぁ、何だか前にもこんな事あった気がする。


「左に避けなさい、姉さんは右足・・を突き出してくるわ」


横合いから掛けられた声に、脳が反応するよりも前に体が動く。


すると彼女の言うとおり虎徹の右足を空を切り、僕は何とかその暴虐を躱す事に成功、、と思いきや。


「甘いわ、阿呆が!!!」


虎徹は宙にいる状態で体を反転させ、左足のカカトを振り下ろしてくる。

これは、マサカリ!?


「ゴハァァッァ!!!」


最初の一撃を喰らっていた方がダメージは少なかったんじゃないかと思うほど強烈な一撃が僕のこめかみにめり込む。


「ふんっ、私の攻撃を躱そうだんなんて万年早い!!」


胸を張って虎徹は自信満々に言い張る。


「痛ってぇぇ!何だ、今の???空中で反転したように見えたんだけど」

「あぁ、オマエが咄嗟に横に避けるなんて思わなかったからな、少し身体に無茶を聞いてもらった」

「どんな身体してんだよ!!!僕にだってそんな曲芸まがいの事できねぇよ!!!」

「気合だ、気合。為せば成る、無理をすれば大体はなんとかなるもんだぞ?」

「なるか!!阿呆が!!くっそ、めちゃくちゃ痛いんですけど」

「痛くしないと制裁にならんだろうが」

「やりすぎ、、、だ!!!!」

「うわっ、いきなり先輩に向かって殴りかかってくるとはどういう了見だ!!」

「知るかっ!!いい加減ムカついてきた、ここいらで決着ケリ付けようぜ。なぁ、虎徹!!」

「おおお、何だ今のは。ゾクッときたぞ。よしよし、相手取ってやろうじゃないか、オマエ相手だと全力・・でやれるしな!!」


「二人とも、意識的に私を無視しているのかしら?」


「「あぁ!?」」


「静まりなさい、今が授業中だという事を理解しなさいな」

「そもそもオマエ達が授業中にも関わらずこんな場所でふらふらとしている事が元凶だろうが!!」

「それは姉さんにも言える事じゃないの?」

「私達三年生は既に自由登校だ、だからどこで何をしようと自由なんだよ」

「残念なほどに自由登校の意味を履き違えているわね」

「オマエも日増しに生意気になっていくな。『天才』だなんて、ちやほやされた弊害か?そろそろ姉の威厳を叩き込むのも悪くない」

「この半年で姉さんの噂は嫌というほど耳に入ってきたわ。『災厄』だなんて呼ばれて、随分と生徒達から恐れられているらしいじゃない。でも、その程度の威厳が私に通用すると思って?」

「その言葉、撤回は許さんぞ?」

「そんな難しい言葉をよく知ってたわね?さすがは姉さん。、、、私は引かないわよ」


「ちょっ、すとぉーーーぷ!!何でいきなり姉妹喧嘩してのさ!?」


「京太、お前の折檻は後回しだ。何、そんなに時間は掛からん。そこでゆっくり私の勇姿を眺めてろ」

「あなたはそこで大人しくこの後の計画プランでも考えてなさいな。大丈夫よ、すぐに終わらせるわ」


「そういう問題じゃねぇぇ!!誰もこの後の事なんか気にしてねぇよ!!その諍い自体を止めろって言ってんだ!!!!」


「ふむ、では京太はいったいどうしろと?このままでは収まりがつかんだろ」

「同感ね、この感情を持て余したまま穏便に日常を過ごせるほど私は器用では無いわよ」


頑として譲らない木乃宮姉妹。

そもそも春先から秋口いまに至るまで、彼女達は顔を合わせる度にこんな殺伐としたやりとりを繰り返している。

それも僕がいる時に限ってそんな事になるもんだから、いまや学内での僕の風評は推して知るべし。

ホント勘弁して下さい。


そんな泣き言を心の中で考えながら、打開策を模索しようと藁にもすがる思いで辺りを見回していたとき、壁に貼り付けられてあったポスターが目に止まる。


『聴け!叫べ!!跳ぶ事が私達の青春だ!!来たれ学祭オンザステージ/第35回 槻島高校文化祭実行委員会』


僕の目線につられたのか、木乃宮姉妹も同様にそのポスターを見つめる。


あと一週間もすれば本校でも2日間に渡って文化祭が行われる。

このポスターは部活やクラス毎で行う催し物の宣材ポスターだ。

これ以外にも学内のあちこちに張り出されたポスターは、嫌が応にも学内の雰囲気を祭り気分に高揚させてくれる。

去年は、、、思い出したくもないほど混沌としてたな。

虎鉄のいつも以上の暴れようと生徒会長の叱責しか思い出せないのはどうかと思う。


「「いい事を思いついたぞ(わ)」」


無駄に息の合った声に振り向くと、木乃宮姉妹は二人が二人とも、我に妙案有りと言わんばかりの得意気な顔をしていた。

そのシンクロ率にどうにも嫌な予感がしたけど、無視する訳にはいかない。


「そのココロは?」


「文化祭の催し物なら対決の手段なんていくらでもあるだろう。不正がないように初日の午前で決着ケリをつける」

「あら、私はてっきり2日間もあるのだから、得手不得手を考えて2日間とも勝負するものだと考えていたわ」

「残念だが私達には風紀委員としての巡回活動があるからな。2日あわせてというのは時間的に厳しい」

「なるほど、そういう事ね。ならいいわ、どうせ後悔するのは姉さんの方なんだから」

「今のうちに笑ってろ。京太、もちろん審判はオマエだ。今一度、私の度量を見せつけてやる」

「ええ、それは譲れないわね。いい機会だからあなたにも教えてあげるわ、私の実力というものをね」


二人はそう言って罵り合いながら火花が散るような目線を交わしている。


だから、何でお前達はいちいち僕を巻き込もうとするかな。


でも残念な気持ちとは裏腹に、僕は内心で少し安堵していた。


実は文化祭の2日目には既に先約が入っているんだから。


○ ○ ○


第35回 槻島高校 文化祭1日目(始業前)


派手に飾り付けされた廊下を一人歩きながら、自分のクラスへ向かっている。

各教室からは催し物についてのアレコレの声が聞こえてき、最終調整に余念がない空気がひしひしと伝わってくる。

そんな中、いまいち浮かれた気分にもなれず、げんなりした状態でクラスの扉を開けると、


「おはよう、和泉。お前今日はダブルデートなんだって?羨ましい奴」

「ほんとだよ、校内でも上位に入るほどの美人とデートだもんな」

「ほらほらみんな、そんなとこで喋ってないでささっと準備しないと間に合わないわよ」

「和泉くん、ふぁいと~。屍は拾ってあげるから安心してねぇ~」

「おう、和泉。お前はクラスの出し物は免除だからな。存分にほかの場所で文化祭を堪能してきてくれ」


「それを一言で分かりやすくまとめると?」


「「この二日間はクラスに近づくんじゃねぇ!!」」


クラスメイト達の暖かい言葉に押されて、僕はいま入ってきたばかりにも関わらず教室から出ていく羽目になる。

誤爆するのは誰だって嫌だもんね、うん、わかるよその気持ち。

そう考えている僕の目はきっと真っ黒に荒んでいたと思う。


『ただいまより、第35回槻島高等学校文化祭を開催します。各教室におかれましては様々な催し物が開催される予定となっております。皆様、ふるってご参加頂きます様よろしくお願いします。また、怪我のないよう、十分に配慮して行動して頂きます様よろしくお願いします。それでは、開幕しましょう!!』


放送から流れてきたアナウンスに各教室から拍手と歓声の声が聞こえてくる。

去年も思ったんだけど、開幕の合図って心地よくテンションを上げてくれるよね。

背中を押すっていうよりも、がんばりましょうねって肩を叩いてくれるようなニュアンス。

起爆剤としては申し分なし。


さて、、、逃げるか。


「もしもし、私の名前は摩訶不思議。いまあなたの後ろにいるの」


逃走経路を頭の中で模索したていた時、某怪談話によく使われるキャラクターの物真似が後方から聞こえてきた。


「もしもし、私の名前は摩訶不思議。いまあなたの真後ろにいるの」


そう言って、そっと僕の首筋に白い手が回される。


「ねぇ聞こえているの?やっと追いついたのに」


その声は脳が蕩けそうなほど甘ったるかったけど、僕の冷や汗は止まらない。


「つれない人ね。分かっているとは思うんだけど、逃げたら殺すわよ」


背中を這い回る戦慄とともに振り返ると、そこには予想通り木乃宮小太刀の姿が。


「いやだなぁ、物騒な事言わないでよ。誰が逃げるっていうんだい小太刀ちゃん?」

「ええ、ちゃんと分かっているわよ。安心なさい、今日は特別待遇でおもてなししてあげるわ」

「いやいやそんな、丁重にお断りさせて頂くよ。いつも通り、いつも通りでよろしくお願いします」

「あら、あなたがそう言うんならそうしてあげても良いけど、、、小太刀ちゃん?何だかその呼ばれ方は不愉快ね。馬鹿にされている気がするわ。訂正なさい」

「いいっ!?じゃあ、小太刀。今日はお手柔らかにお願いするよ」

「貴方ごときが私を呼び捨てにするというの?それも姉さんの二番煎じ、いまだに身の程を理解していないようね」

「身の程ってなんだよ!!僕が先輩だ!!そもそも、どう呼びゃあ気が済むんだこの女王様は!!!」

「愛称なんてイイんじゃないかしら?とびっきりセンスの良いい、それでいて比較的分かりやすのが良いわね」

「ブラッディー・メアリーちゃん・・・」

「墓標に刻む言葉は決めた?どうやら手加減できそうにないわ」

「待て待て待って!冗談、冗談ですよ小太刀さん。だからそんな真剣になんないで下さい」

「ふざけた冗談ね。あなたが普段、私の事をどういう目で見ていたのかがよーく分かったわ」

「そんな怖い目で見ないでよ。えーっと、年下なんだから『ちゃん』は確定しているとして、小太刀から連想できる言葉?くそっ、暗殺とかの物騒な言葉しか思いつかない」

「なんなのその貴方の呼び名哲学は?それにしても懲りないわね、本当に死にたいのかしら」

「・・・!!!ココちゃん!!乃宮 太刀でココちゃんってのはどうかな?」

「あら、なかなかセンスの良いのが出てきたわね。まるで高級ブランド品みたいだけど」

「よしっ、じゃあ今日からココちゃんって事で」

「まぁ、及第点といった所かしら」


自分の奇跡的な機転に内心でガッツポーズを取る。

でかした僕、この調子でよろしく。


「では、姉さんを迎えに行きましょうか」


ココちゃんは何故だか機嫌良さそうに先に歩き出す。

ホント、よく分からない子だ。

僕はそれ以上考える事を放棄して大人しくココちゃんの後に続く。


3階に上がると、そこもまた文化祭の空気に彩られ、沢山の看板や装飾が飾られている。

3年生にとってはこれが最後の文化祭になる訳で、その熱気は下級生のそれを圧倒していた。


「あら、京太くんに小太刀さんじゃないですか」


虎徹の教室を探すために廊下をうろうろとしていた時、僕らに声をかけてくれたのは風紀委員が良心、椎名青葉先輩だった。


「どうしたんですか?二人して。わざわざ私達のクラスの催し物を見に来てくれた訳じゃなさそうですけど」


奥ゆかしいその言葉に僕がうっとりとしていると、


「その通りです椎名先輩。私達はちょっと姉さんに用事があっただけで、別に貴女方が何をしていようと興味の欠片もありませんので」


ココちゃん得意の毒舌が炸裂!!

慌てて僕はフォローに回る。


「ちょっ、ココちゃんはちょっとそこで黙ってて!いえ、すいません青葉先輩。コイツ本当に口が悪いもんで」

「いえいえ、虎徹のおかげでこの程度ならもう耐性が付いてしまって。ホント、困ったものですね」

「ちょっとあなた、誰に対して命令しているの?己の立場を未だに理解できていないのかしら?」

「ちょっとココちゃんは黙ってて!!」

「あら、随分と可愛らしい渾名ですね」

「ええ、さっきこの人がどうしても愛称で呼びたいとゴネだしたものですから、仕方なく許可してあげたんです」

「過去を捏造すんな!!そもそも黙っててってお願いしたじゃん!!!」

「だから、何で私があなたの言う事に従わないといけないというの、それ以上続けるなら地獄を見せるわよ」

「ほらほら二人とも、喧嘩はそれくらいにして。それよりも本当はどうしてここに?」


青葉先輩は終始笑顔を崩さずに僕達の阿呆なやり取りを仲裁してくれる。

ホント、この人には敵わないなぁ。

クラスの出し物で忙しいだろう先輩をこれ以上、無駄な会話に付き合わせる訳にはいかない。

僕はとっとと要件を切り出す事にする。


「すいません青葉先輩、虎鉄が今どこにいるのか教えて欲しいですけど」


その言葉に青葉先輩は得心がいったという顔をして、階下を指差してこう言う。


「虎徹ならついさっき、「クラスの事は青葉に任せた!私にはそれ以上に最高なイベントがある。皆も青葉に迷惑をかけないように!!」なんてクラスメイトに言い残して、颯爽と教室から出て行ってしまいましたけど。なるほど、それも京太くん絡みなら理解できます」


アイツは一体自分のクラスで何を言ってるんだ。

僕が虎鉄のクラスメイトの皆さんの心情を慮っていると、


「やっと見つけた!!お前達二人だけで一体何を遊びまわっている!!約束を忘れたとは言わさんぞ!!」


そう叫びながら、文字通りこちらに突進してくる木乃宮虎徹。

辺りで呼び込みをしていた先輩方は咄嗟に壁に貼りついて難を逃れている。

さすがは三年間も『災厄』に見舞われた皆様、回避方法もよく存じておられる。


「小太刀!!貴様、教室で待っていろと言ったのに、どうしてこんな場所にいる?それにお前、また着信拒否してるだろ!!」

「うるさいわね、待ってろとは言われたけれど待っていると言った覚えはないわ」

「上等だ、そこまで私をコケにした代償はしっかりと払ってもらうぞ」

「やってみなさいな、ミイラ取りをミイラにしてあげるわ」


廊下中の視線を集めた二人は、火花が出そうなほどの勢いでお互いのに視線をぶつけ合う。


「ちょっと虎徹!去年の反省は忘れたんですか?文化祭では暴れないと約束したでしょう?」


青葉先輩は果敢にも『災厄』に注意を促す。


「青葉、別に私は皆に迷惑をかけるつもりはない。今年はちゃんと計画的・・・に文化祭を楽しむつもりだ」

「それならいいんですけど、、、くれぐれも無茶をしてはいけませんよ。もしも無茶をした場合、分かっていますね?」


最近見る事の多くなった青葉さんの静かなる怒りバージョン。

笑っているのにドン引きするほど怖いという笑顔は虎徹と僕にとっての最大のタブーとなっている。


「お、、おう。大丈夫だ、青葉は引き続きクラスの仕事でもしておいてくれ。ほらっ、ぼさっとするな!お前達はとっとと付いて来い!!」


案の定、虎徹は青葉さんから逃げるように背を向ける。

確かにあの笑顔は怖いもんな、僕だってとばっちりはごめんだ。


「それで、どこに行くと言うの?」


ココちゃんの至極まともな質問に虎徹は改めて声を張り上げる。


「まずはグラウンドで『ホームラン競争』、その後は図書室で『蔵書探しゲーム』、最後は武道場で『殺れるものならやってみろ』で決着ケリを付ける」


「最後のだけは何の事かさっぱり理解できないけれど、いいでしょう。ほらっ、貴方もぼさっとしてないで行くわよ」


「はいはい、仰せのままに」


そうして文化祭初日の幕が開ける。


○ ○ ○


第35回 槻島高校 文化祭1日目(本番開始)


『叩きつけろ!!その想いを遥か彼方に!!』


グラウンドに別段特色もない看板を掲げているのはもちろん野球部の皆様。

ルールは簡単で、、野球部の投げたボールを参加者が打者として迎え撃つ。

チャンスは3回、その飛距離によってランクごとの景品が貰えるといったシステムだ。

なお、参加料はきっちり100円徴収される。


「では始めるとするか、先攻か後攻のどっちが良い?選ばせてやる」

「ではお言葉に甘えて後攻で」


突如として現れた木乃宮姉妹にグラウンドはプチ騒動に見舞われる。

何たって槻島高校が誇る『災厄』と『天才』という他の追随を許さない迷惑姉妹だ。

彼等が悲壮感漂う顔をするのも理解出来る。


「いやいや、何で自分は関係ないみたいな顔してるのか知らないけれど、オマエも同類だからな」


しみじみとグランドを眺めていた僕にそう言って声を掛けてきたのは、僕のクラスメイト兼野球部所属の鈴木くんだ。


「嫌だなぁ鈴木くん、僕があの二人と同類なわけないじゃん。頭かち割るよ?」

「ほらソコだよ!!そういう言動とその実行力からオマエも怖がられてるんだって!自覚が足りないぞ『懐刀』!!」


鈴木くんが未だに訳の分からない事を言っているけれど、彼については放置でいいだろう。

まったく、誰があの二人と同類だって言うんだ。

気を取り直して野球部の催し物に目を向け直すと、ちょうどバッターボックスに虎徹がスタンバイしたところだった。


「よしっ、3度場外まで飛ばせば勝利はこの手に!!」


気合入りまくりの虎徹の前には野球部のエースとみられるピッチャーが真っ青な顔で対峙している。

まぁ虎徹の怪力については全校生徒の知る所だからね、間違ってピッチャー返しでも来たら笑い事じゃ済まされない。


一球目、内角低めに投げられた球を虎徹はフルスイング。

バットの下に当たった球は恐ろしい勢いでホームベース付近の地面を抉る。


「ちっ、当たり損ねたか」


残念そうな声を出す木乃宮強打者に、その場にいる全員が凍りつく。

だってボールが地面に半分ほどめり込んでるんですけど!!


二球目、今度は内角高めのボール、虎徹はバットを刀のように縦に振ってそれに対応。

ボールはまたしてもホームベース付近に叩きつけられ、恐ろしいほどの勢いでピッチャー向かって跳ね飛ぶ。

ピッチャーの帽子を掠めた球はそのままセンター方向へ。

記録はワンバウンドした為、ホームベース付近でカウント。

もうピッチャーの彼は泣きそうだよ。


残る一球になったところで、僕は虎徹の異変に気が付く。

肩や腕を不規則に動かし、まるで自分の体に新しい部位が増えたかのように不自然にその動きを確かめている。

僕は慌てて虎徹の下に向かい、その手からバットを取り上げる。


「何のつもりだ京太?まだ一球残ってる、邪魔するならぶっ飛ばすぞ!」


その声を無視して、僕はココちゃんに提案する。


「ココちゃん、悪いんだけど、この勝負は2球勝負って事にしてくれいかな?」


僕の真剣なお願いはココちゃんにも何とか伝わったようで、黙って頷いてくれる。


「オマエ、何をお節介な事を、、」

「お節介とわかってるんなら大人しくしててくれ。それと力を解放しすぎだ。このバカ」


僕や虎徹の能力、脳の制限を解除して人が本来出せる限界までの力を行使する事が出来るというもの。

脳の制限っていうのは本来、限界までの力を行使すると自分の体が不可に耐え切れなくなって壊れてしまうという事故を未然に防ぐ為にある。

簡単に言うと、この力を使う度に僕達の体は何らかの無理を強いられる。

虎徹は今しがた、力を出し過ぎたせいで体の一部がイカレてしまったんだろう。

今でも不自然に右腕をだらんとぶら下げている。


「まったく、京太は本当に甘い。甘ちゃんだ。ここはお前の言うとおり下がってやる、勘違いするなよ、京太のお願いだから引くんだからな!」


何を言っているのかは全く理解出来なかったけれど、取り敢えずは引いてくれたので良しとしよう。


さて、試合結果はというと。無難に一球目をセカンド辺りまで打ち上げたココちゃんの勝利という結果になる。


○ ○ ○


『書物の海原に潜り込め、蔵書の扉を開け。汝は知識ある航海者だ』


何だか何処かで聞いた事のあるような看板を掲げているのは、文芸部および文化系クラブの催し物が行われている図書室。

本来、図書室なんて本を大事にする場所なんだから、文化祭での使用許可が出たのには正直驚きを隠せない。


ルールは図書室の入口で配られる『お題』に沿った本を探し出すという、これだけならとても簡単なルール。

でもさすがは文化系クラブ、まさか教室2個分の区画はある図書室の書架を移動して、複雑怪奇な迷路に仕立て上げるとは思いもしなかった。

壁として並ばられた書架から特定の本を見つけ出すのは決して容易な事じゃないだろう。

マジでこれ、元の状態に戻せるのかな?


虎徹とココちゃんはお題を毟り取ると勢いよく書架の迷路に駆け出して行ってしまった。

僕は寂しくも心休まる休憩中と言う訳だ。

さて、どっちが先に帰ってくるものやら。


《coco side》


お題『戦争と平和』


「くだらないお題ね。もうちょっと読者が知らないような隠れた名作的なタイトルを選べなかったのかしら」


書架に囲まれた道を両の目で確認しながら、冷静かつ最速で目的の本を探す事に集中する。


「それにしても姉さんにも困ったものね。まさか力加減・・・を間違えてまでも勝ちに拘るなんてね。未だに信じられないわ」


去年から姉さんは劇的に変わったと思う。

それは昔から姉さんを見てきた私が一番良く理解出来る。

生まれついての異能、だからこそ姉さんはそれを抱えてひとりっきりだった。

だからこそ、彼の存在は姉さんにとって特別以上の意味を持ったという事。

今まではどこか虚無だった心が一瞬で燃え上がった。


「まぁ、あまり人の事は言えないのかもしれないけれど」


私は幼い頃から頭が良かった。

自慢するほどの事では無いと思ってしまう程度には他人と差が付いていた。

人一倍努力した覚えもなければ、人一倍勉学の才能があった訳でもない。

ただ、生まれついて観察眼は優れていた。

書物からは大切な言葉や重要と思われる言葉を見つけ出すことが得意だった。

そして筋肉の動きや血の流れから、人の行動についてある程度の予測を付ける事が出来るようになった。

それは観察眼から導かれる『未来視』。

それは私の事を相手がどう見ているのかも自ずと導き出してくれた。

目は口ほどに物を言う、誰も彼もが私を腫れ物扱いしてきた。

だから、何の打算もなく私に接してきた彼に、心に無かった感情が芽生えてしまった。

それはきっと彼も生まれついての欠陥を持っていたからだと思う。

彼の事を注意深く見ていれば良くわかる。

彼はいつも一歩引いた位置に居る事が多い。

それは自分に異常がある事を理解しているからこその他人との距離間。

私達姉妹とそっくりじゃない。

そんな彼だから私は、、、悲しい事にそんな所だけは姉妹だったみたいね。


「あらあら、何かお探しですの?学園始まって以来の才女、木乃宮小太刀さん?」


後ろから突然かけられた声に慌てて振り返る。


「そんな怖い顔をしないで下さいまし。宜しければ少し助言差し上げようと思っただけですわ」


さっきまで私の後ろには誰も居なかったはず。

ではこの黒ずくめの衣装を着た彼女は何処からここに?


「瑣末な事ですわ、ええ、矮小な事ですわ。そんな些事よりも今はこの出会いに感謝と喜びを」


そう言って彼女は礼儀正しく腰を折る。

その姿に私は人としての忌避感を抱く、まるで目の前に居るのが人外の存在とでもいうかのように。

彼女からは私の観察眼を以ってしても、何も読み取る事が出来ない。


「あなた、何者?」


自分の口から出た言葉はそんな陳腐なセリフだったけれど、彼女は可笑しそうに笑いながらその質問に答えてくれる。


「これはこれは、挨拶が遅れました事に最高のお詫びを。私の名前は『道玄坂薙ドウゲンザカ ナギ』と申します。しがない司書をしておりますわ」


道玄坂薙ドウゲンザカ ナギ

その名前は噂で聞いた事がある。

都市伝説であり、学校の怪談にも数えられる不確定な存在名称。

其は存在しながらも知覚されない。

其は知識をもって人を狂わす魔物。

話半分に聞いた噂が実態を持って自分の前に現れるなんて、つくづく退屈しない学校ね。

でも確証できる、彼女は偽物ではない。

これは私の観察眼を使うまでもない事実。

彼女の雰囲気は普通とはかけ離れすぎている。


「噂の悪夢がわざわざ文化祭の日に登場するなんて、随分と熱に浮かされるタイプなのかしら」


飲まれず、飲み込むほどの姿勢で臨む。


「くすくすっ、そんなに身構えないで下さいまし。確かに私も熱にアテられたのかもしれませんわ。ええ、とびっきりの情熱に」


妖艶に笑うその顔がどうにも癪に障る。


「まるで色彩色が琥珀色に憧れるように、天をかける白馬が地をかける駄馬に憧れるように、貴女の思慕は情熱的で退廃的なものですわ」


それが決定打だ。


私は彼女に自分の手を伸ばす。

そしてしっかりと彼女の首を捻り上げる。


「良い目ですわ、ええ、魂が震えますわ。自覚症状がある様で何よりですわ」


首を抑えても、其の言葉は止まらない。


「暗き思想なら焦げ付くのみ、叶わぬ理想に火など付き様もない。喜びなさい、貴女の思慕は大きな炎に包まれている」


そう口にすると、彼女はいつの間にか私の手から逃れ、出会った時と同じように其処に立っていた。

いや、そもそも私は本当に彼女の首に手をかけていたんだろうか?

それすらも不確定になってしまうほど、私の精神は摩耗していた。


「取るに足りない程度の魂でしたら、この場で刈り取ってしまうつもりでしたが、、、、気が変わりました、ええ、満足ですわ」


膝を付きたくなるほどの疲弊を自我で保つ。

コイツは何だ?私は何を耳にしたというの?

ゴチャゴチャになった思考をねじ伏せ、木乃宮小太刀としての尊厳を保つ。


「死になさい、貴女」


それが木乃宮小太刀としての最良の選択。

コレを生かしておく理由は欠片ほどもない。


私は今一度その細首めがけて手を伸ばすが、虚しくも私の手は空を切る。


「素晴らしい気概、実に恐ろしいですわ、本当に楽しみで仕方ありませんわ」


もはや声だけが耳に聞こえる存在に頭痛を覚える。


「僥倖、まさに吉日。今日の日はこれでサヨウナラさせて頂きますわ。願わくば、来るべき日に貴女の炎がその身を焼いてしまいませんように」


それが彼女の発した、いや、私の聞いた最後の言葉だった。


《coco side》end


「よしっ、私の勝利だ!!」


虎徹は実に嬉しそうに『ヘンゼルとグレーテル』の本を高々と掲げている。

確かにココちゃんが未だここに帰ってきていない以上、虎徹の勝利は間違いない。

これで一勝一敗、どうやら決着は最終ラウンドに持ち越しになるみたいだ。

まだこの意味不明な勝負が続くのかと僕が内心でウンザリとしていた時、迷路の出口からココちゃんが現れる。

労いの言葉を掛けようとココちゃんに近寄ると、どうにも様子がおかしい事に気付く。


「どうしたのココちゃん、顔が真っ青なんだけど」


ココちゃんは顔面蒼白、血の気が引いたその顔は本来の色白さと相まって、むしろ病的と言っても過言じゃない程だった。


「退きなさい、少し疲れただけよ。それと姉さん、不本意だけれど後はソイツと好きにしていなさい。私は少し考えたい事が出来たから先に帰らせてもらうわ」


その言葉には流石の虎徹も驚いた様で、気の利いた言葉の一つも掛けられずに、ただ図書室から出ていく妹の姿を眺めているだけだった。


「大丈夫かな、ココちゃん。随分と酷い顔をしてたけど」

「ああ、私もあんな小太刀は初めて見た。って言うか、アイツ逃げたのか!!まだ勝負はこれからだろ、連れ戻してやる!!」

「おいおい、止めとけって。いくら何でも様子がおかしかっただろ!!姉貴ならこんな時ぐらいは度量の深さを見せやがれ!」


僕は出ていったココちゃんを連れ戻そうと飛び出す寸前だった虎徹の襟元を掴んで押さえ込む。


「離せ、京太!!勝負事から逃げるなんて姉として許容出来ん!!あのふざけた頭かち割ってやる!!」

「離せるか、ど阿呆!!ココちゃんの事も少しは考えやがれ!お前は大人しく僕と一緒に文化祭を回ってれば良いんだよ!!」


そう言うと虎徹は今までバタバタと暴れていたのが嘘みたいに静止する。


「文化祭?回る?京太と?私が?」


ついにはブツブツと何だか言い出した。

何か怖いんですけど。


僕がいきなりの変貌に些かの恐怖を覚えていると、虎徹は勢いよく振り返って声高に言葉を発する。


「よしっ!!今日の勝負は取り止め!!その代わり、以降の自由時間は京太は私のモノだ!!」


「オマエの所有物扱いされんのは気に食わないけど、まぁいいや。どっか適当に回ってみるか」


「おお、まかせろ!しっかりと私がエスコートしてやるからな!!」


何故だか喜色満面の虎徹を見ながら僕は内心で謝罪する。

ココちゃんの様子が気になったけど、コイツを野放しにする訳にもいかないしね。

今日は虎徹のお守りって事で勘弁して欲しい。


でも、一体あの迷路の中で何があったんだろう?

それだけが喉奥に刺さった刺のように僕を不快にさせていた。

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