Round6
僕が生徒会室の扉を開けた時、時崎先輩は机に腰をかけて窓の外を見つめていた。
その光景は、まるで一枚の絵画の様にサマになっていて、かける言葉を失ってしまう程に綺麗だった。
「月の綺麗な夜ですね。全てを終わらすには絶好のシチュエーションとでも言いましょうか」
奇しくも時崎先輩はココちゃんと同じ言葉を口にする。
「思えばこれで何度目になるのでしょか?貴方がた風紀委員と私達の生徒会が諍い事を起こすのは。お陰さまで、随分と早く走り抜けた高校生活でした」
そう言って生徒会長は自分の腰掛けた机を愛おしそうに指でなぞる。
「そうですね。本校に入学して、自分を高みへ昇華させる為に随分と無茶をしてきました。その結果、私が得た報酬の一つがこの生徒会長という肩書きです。誰よりも秀でた存在を目指し、誰よりも慕われる人間性を身に付けるため、私は日々を邁進して過ごしました」
まるで独白、彼女は僕に向けて言葉を発しているというよりも、自分自身に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。
「書物を読み漁り、武芸にも精通しました。人心掌握術にまで手を伸ばし、少し人とは異なる自分の才能に出会う事も出来ました。『催眠術』、相手の目を見つめ、決まった手順を踏む事でその人をを強制的に支配してしまう異能。使い勝手の悪い力です。こんなもので人に慕われたいと願った事など一度もありません。その結果に何の意味があると言うんでしょうか」
まるで自分の力を憎むかのように、彼女は言葉を続ける。
「でも自分自身で学び、身に付けた力です。使い所さえ間違えなければ、きっと有効活用できると考えました。だって悔しいじゃないですか、せっかく努力して身に付けた力がゴミ箱行きになるなんて」
ふんわりと笑顔を浮かべた彼女を見て、僕は何だか胸が苦しくなった。
僕は2年間の間、ずっと彼女の事を誤解していたのかもしれない。
「だから、この力は自分に使う事にしたんです。誰よりも憧れた理想の自分になる為に、誰よりも焦がれた存在を体現する為に」
それは、、、
「察しが良くて助かります。そう、私は私自身を裏切った。今まで努力して積み上げた全てを無かった事にして、最短距離で理想に自分を手に入れた。その結果、多くの人に担がれる人間として認知されるようになりました。生徒会長というかけがえの無い職にまで上り詰める事が出来た。その時の感情は今でも思い出せます。『吐き気がする』、最後の最後で私は私自身を裏切った結果を受け入れる事が出来なかった」
彼女が努力しているなんて、一度も考えなかった。
『彼女は生まれつきそういう存在』なんだと疑いもしなかった。
これじゃあ、まるで彼女は、、、
「それでも私はこの席にしがみついた。自分の居場所を誇示する為に、自分の理想を手放さないように。滑稽でしょう?皆が感じている私はこんなにも欲にまみれている」
偶像。
誰からも慕われ、誰もが目に焼き付けたカリスマ的な存在。
彼女は高校生活をそうやって過ごしてきた。
「時崎先輩、僕には先輩の理想も、先輩の苦悩も理解する事なんて出来ない。でも先輩は自分が過ごした高校生活、その全てが嘘だって思ってるんですか?」
そう、僕が知っている先輩は常に生徒達の事を考えていた。
誰もが一度は頭を下げた、誰もが一度は感謝した。
それが例え偶像だとしても、彼女は皆から愛されていた。
だからきっと先輩は、、
「先輩は本当にそう思ってるんですか?『催眠術』なんてもので作り上げた理想に、本物の自分が劣っていると?ふざけんなよ、アンタに感謝した人間を馬鹿にすんな!アンタのそれは言い訳だ!後付けで考えた自分に都合の良い逃げ口上だ!アンタがしてきた全ての行動は、アンタがしっかりと受け入れろ!!」
僕が時崎先輩に啖呵をきる事になるとは思いもしなかった。
でも単純にイラついた。
そんな奴に、生徒会長だなんて名乗らせる訳にはいかない。
「本当に、気持ち良いぐらいの罵声を浴びあせてくれますね?これは木乃宮さんの気持ちも少しは分かるというものです」
そう言いながら、先輩は先程の自嘲気味な顔が嘘のように笑う。
「そんな事は貴方に言われるまでもなく承知しています。勘違いしているようですが、これは私がまだ2年になりたての頃のお話です。今ではその様な不躾な事、露ほども考えておりません。少し興が過ぎた様ですね?でも、まさかここまで同じ事を言われるとは考えもしませんでした。まるで彼女と初めて相対した時の焼き増しのようです。これはもう似ているといったレベルではありませんね。貴方と彼女は本当に縁が深い」
えーっと?
つまり僕ははからかわれたという事でOK?
彼女が語っていた懺悔は全部過去の事で、今はそんな事を考えもしない。だから何をそんなに興奮してるんですか、この単細胞はってところかな。
何を意図しての事か知りませんけれど、僕もあんまりそういうのに寛容な方じゃないんですよ?
「時崎先輩、冗談にしては質が悪すぎやしませんか?ぶっ殺しますよ?」
「笑顔でそんな事を口に出来るところもそっくりです。本当に、、、忌々しいったらないですね」
僕の言葉を聞いても、時崎先輩は笑顔を受かべるばかりだった。
「お喋りはここまでにしましょう。不謹慎にも、大変心地よい時間を過ごす事が出来ました」
先輩の雰囲気が変わる。
「先程も申し上げた通り、私は私の願いを叶える為に、私自身の手でで決着を付けるために此処に来ました。例えそれが愛すべき後輩達の願いを奪う結果になったとしても、引く訳にはいきません。これは私にとって卒業式よりも大事な幕引きです。和泉くん、貴方に私を蹂躙する覚悟がありますか?」
その言葉に鳥肌が立つ。
生徒会長として君臨してきたカリスマに、僕は今、問いかけられている。
この2年間、風紀委員として生徒会と対立した事なんて何度もあったけど、僕が彼女を相手取ることなんて一度足りとて有りはしなかった。
彼女の相手はアイツだと決まっていたから、僕が出る幕なんてどこにも存在しなかった。
その彼女が今、僕に向けて覚悟はあるかと口にした。
そんなことを言われたら、胸が熱くなって、手加減出来そうもない。
手の届かない場所で対峙する二人と、僕はようやく同じ場所に立つ事が出来た。
「覚悟はあります。僕には譲れない願いがある。僕の高校生活に意味があると言うんなら、今日がその節目です」
そう言うと、彼女はまたしてもふんわりと笑みを浮かべ、力強く言葉を吐く。
「では口上を述べなさい!!第34代目、生徒会執行委員会長 時崎 凛、これを貴方への最大の答辞とさせて頂きます。」
体が震える、全力で答えろと魂が震える。
恐るな!!僕は彼女を超えて見せる!!!
「第36代目、次期風紀改善委員会会長候補、和泉 京太、現会長に変わり、生徒会長をこの場で叩きのめす!!」
満足そうに僕を見た後、彼女は一直線に僕に向かって駆けてくる。
・・・あなた、何なんですかその怪力は?本当に人間ですか?
・・・初対面の相手に随分な言い草だな、私のコレは生まれつきだよ。脳のブレーキが壊れてるんだ。だからこんな力が出せる。まぁ反動も有るんだけどな。
・・・へぇ、脳の制限を解除出来るのですか。貴方も変わった異能をお持ちなんですね。
・・・あ?貴女もってどういう事だ?
・・・私も実は少々特異な特技を持っていまして、、、試してみましょうか?
・・・何だかよく分からんが、面白そうだから付き合ってやるよ。
・・・では、『催眠術』による人体強化、篤とご覧遊ばせ。
時崎先輩は爆発的な速度で僕の懐に飛び込んできて、跳ねるようにその拳を振り上げる。
これは何だ?この動きはまるで、人間の箍を外した僕たちとそっくりじゃないか。
でも、、、、
「そんな程度で、、僕に勝てるはず無いだろっ!!!!全壊!!!!!」
僕は跳ね上がる彼女の体を上から押さえ付けるように拳を叩きつける。
「ドォーン!!」
轟音と共に床に叩きつけられる時崎先輩。
・・・何だ?結局その程度か。
・・・信じられません。何なんですか貴女は。
・・・所詮貴様の動きは人間の範疇内の動きだろ?それ以上を出せる私に勝てるはずが無いだろ。
・・・規格外にも程があります。
・・・うるさい奴だな、おとなしく寝てろ。
・・・あー、私が負けたんですか。これでも努力してきたと思うんですが、忌々しい事ですね。
・・・何を今までの全部を否定するような事言ってんだ?強く殴りすぎたか?
・・・本当に口の減らない人ですね。まぁ構いません、そんな事よりも少し昔話に付き合って頂けませんか?
・・・やっぱり打ち所が悪かったんじゃ?
・・・本当に失礼な人です。、、、そう言えば貴女の名前も聞いていませんでしたね。
・・・私の事を知らないのか?これでも1年の頃は派手に暴れたせいで変な渾名まで付けられたってのに。
・・・さぁ?去年はがむしゃらに自分を磨き上げていたもので。
・・・私の名前は『木乃宮虎徹』だ。忘れんなよ、新生徒会長サマ。
「やっぱり、勝てませんでしたね。忌々しい事です」
生徒会長は遠い目をしながら口を開く。
僕としては、全力で殴ったにも関わらず意識がある事に驚きなんだけど。
「それにしても、なんて日でしょうか。こんなにも次々と溢れてくるなんて。結局は私の独りよがりという事だったんですね。貴女はいつでも私の事よりも他の事を見ていた。それだけが、本当に口惜しい」
僕には先輩の言っている事が何一つ理解出来ない。
けれども、僕はきっともうここにいちゃいけない。
横たわる先輩を尻目に、そっと生徒会室を後にしようとしたその時、時崎先輩から声を掛けられる。
「最後にひとつだけ教えて下さい。貴方は何故、木乃宮虎徹ではなく椎名青葉を選んだのですか?」




