表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のチャイム  作者: 紫木
11/21

Round5

「ねぇ?目分量っていうのは、人の視力によって左右されるのかしら?」

「目分量っていうのは、大体これくらいって事だよ。適量と一緒だね。そんな細かい事にまで定義付けしちゃうと何にも出来なくなるよ?」

「じゃあ、今キミが発言した目分量と適量の違いっていうのは?」

「いつからそんな細かい事を気にする様になったのさ。どっちもフィーリングでいいんだよ、フィーリングで」

「料理の教本によく書いてあるじゃない、目分量とか適量とか、それって私としては計量カップをディスっている様にしか思えないの。だって存在の全否定よ。彼らはそれしか能がないんだから」

「マジでどうしちゃったのココちゃん?計量カップに人格まで与えちゃってるけど、この話まだ続ける気?」


唐突に始まった目分量、適量の諍いに僕が心底呆れ返っていると、彼女は肩口までの長い黒髪をかきあげて、凛とした態度で答える。


「私は料理をするのが嫌いだって事よ」


静かな、とても静かな空間に、ココちゃんの言葉が響き渡る。


僕は気を落ち着かせようと、一度天井を見上げ、ゆっくりと視線を下ろして、再度ココちゃんを見る。


そして、、、爆笑した。


「ダァッーハッハッハ!!まじか!?ココちゃん料理出来ないの?天才とまで言われてる才女が自分のまんまも作れませんか?ダァッーハッハッハ!!」


ちなみに僕は一人暮らしがそこそこ長い為、基本的な料理は作れる。

しかし驚いた、ココちゃんに苦手なものがあったなんて。

やべぇ、超面白いんですけど!!


「そう、そんなに笑える事かしら?」


そう、僕はいつだって調子に乗りすぎる。

いつになったら僕の理想である紳士的な態度を身に付ける事が出来るんだろうか?


「将来の事を考えた上で真面目に話をしているというのに、この馬鹿は本当にダメな男ね。いっそここで引導を渡して上げましょうか?」


ほら、やっぱりこうなるよね!

こんな事になると分かってながら、何で僕は自制できないかな??


「懺悔しなさい!!!」


ココちゃんはそう言って、懐から取り出したナイフで一直線に突きを繰り出す。


「うぉいっ!!まじでりにきてんじゃん!!ココちゃんのその勢い任せな行動なんとかならないの?僕じゃなかったら、まじで死んでるぞ!!」


「何とかして欲しいのはこっち方よ。あなた、どうやったら殺せるの?」


「そのイカレタ発想自体を放棄しやがれ!!」


「さて、時間を無駄にしたわね。そろそろこの教室での目的を果たしましょうか?」


「いきなり冷静になるってのはどういう了見だ!オイッ聞いてんのか、ココ様よぉ!」


「聞こえてるわよ、煩いわね。そんな事よりも、とっととアレを何とかしなさい」


「、、、何かこのパターン、ちょっと前にもあった様な気がするんだけど」


「あら、奇遇ね。私も今しがた、自分の引き出しの無さにウンザリしていたところよ」



「「はぁぁ~」」



二人してため息をつき、同時に言葉を発する。


「「で?お前((あなた))誰だよ??」」


僕たちの視線の先には、おてもやんのお面を付けたコックさんが立っていた。

正確にいうと、まるでデジャブのように、家庭科室のドアを開けた瞬間に見つけてしまってはいたけど、あまりにもインパクトがあった為、今まで放置していた。


おてもやんの仮面を被ったコックさんは、『いえいえ、私めの事はお気になさらず、どうぞ続けて下さい』と身振り手振りで伝えてくる。


「不愉快ね、何をくねくねと動いているのかしら?」

「うん?いや、何だか無駄に謙虚なところをアピールしてるみたいだけど」

「え!?あなた、アイツの動きが理解できてるの?」

「え!?ココちゃんにはわからないの?」


どうやらココちゃんには、あの人の動きが理解できないらしい。

なんて想像力が無いんだろう。

僕にはあの人の伝えたい事が、こんなにハッキリと伝わってくるのに。


相も変わらず不毛なやり取りを続ける僕たちを尻目に、コックさんは『仕方の無い人たちですねぇ』とばかりに首を振る。


やべぇ、ちょっとこのキャラクター可愛いんですけど。


「ちょっと、通訳しなさい。アイツは一体何を言いたいの?」


「『あまり喧嘩しない方が良いですよ。喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、刃物まで持ち出すのはどうかと思います。反省して下さい。それと盗み聞きをしていたみたいで申し訳ないですけど、料理の出来る出来ないは経験がモノをいうものです。気にされているのなら、自分から挑戦してみては如何でしょうか?きっと初めのうちは笑ってしまう程の出来栄えになるかと思いますが、それを忘れないように、日々研鑽を積むことが大事だと私は思っています』って感じかな。随分と親切な人だね」


僕の言葉を肯定するかの様に、コックさんは親指を立てる。

うん、以心伝心。


「あの単純な動作にそんな意味があったというの!?そもそも、どうしてアイツは喋らないの!?」


「ココちゃん、誰にだって出来る事なんて、世界に一つも無いんだよ。それは出来る人間の驕りだ。だから、あの人が喋らない事に意味なんて無い。事実はそうでしかないんだからね」


「なんで私が説教をされているのかしら?オカシイのは私の方なの?そもそもキミはどうして今回に限って、そんなに寛容なのよ!」


珍しくココちゃんがパニック状態になっているけど、取り敢えず無視しておこう。


「ごめんね、コックさん。僕の仲間が変な事言って」


僕がそう言うと、コックさんは右手をパタパタと横に振って、『気にしてませんので、お気になさらず』と伝えてくれる。


「信じられないわ。一瞬、キミが適当に話を作ってるのかと疑っていたのだけれど、今の反応を見る限り、そうでもなさそうね」


さすがにさっきのジェスチャーの意味は分かったのか、くねくねとコミカルな動きを繰り返すコックさんに訝しげな視線を向けながらも、状況を冷静に分析している。

そういった所が実にココちゃんらしいと思う。


「とにかく、今までの流れからすると、どうせあのコックも私たちの邪魔をするつもりなんでしょう?変態同士、とっとと決着ケリを付けてきなさい」


どうやら悪意のあるカテゴリーにまとめられてしまったらしい!?


喉元まで文句の言葉が出かかったけど、ついさっき、あのコックさんに窘められたばかりだ。

ここは自重して、ココちゃんの言う通りおとなしく目的を達成する事にしよう。


「そういう事なんで一応確認させてもらいたいんだけど、やっぱりコックさんも僕達の邪魔をするんですかね?」


僕の言葉にコックさんは首を傾げ、『ちょっと言っている意味が分かりません』とのジェスチャーを返してくる。


なるほど、確かに僕たちが一方的に話しただけで、この教室に来た理由までは伝えていなかった。


「実はちょっと理由がありまして、この教室内に置いてある調理実習用のグラスを全部叩き割らせて欲しいんです」


そう、家庭科室の獲物は調理実習などで用いられるガラスのグラス。

これをとりあえず全部叩き割ることが僕たちの目的だ。


そこまで聞いたコックさんは何を思ったのか、いそいそと食器棚の方に向かい、スライド式のガラス戸を開く。

するとおもむろに、中に保管してあった全ての食器を後ろ手に放り投げ始めた。

当然ガラス製の食器類は地面に叩きつけられて、見るも無残な姿に変わっていく。


「ちょっ!オイオイ!何してんのさ!!」


コックさんは僕の言葉に耳を貸すこともなく、次々と後ろ手に食器を放り投げる。

そこにどんな意図があるのか知らないけれど、僕たち以外に獲物をかっ攫われるのは宜しくない。

僕とココちゃんは急いでコックさんの元に向かい、その暴挙を止めようとする。

あと一歩で手が届くという距離になった時、コックさんは急にその暴挙を止め、僕に向けてグラスを一つ手渡してくる。


『貴方たちが探しているのはこのグラスでしょう?』


身振り手振りを交えてそういった事を伝えてくるも、僕ですらコックさんの行動については理解出来ない。

いや、唯一つ、有り得ないけれど有り得る答えが残っている。


そもそも実は、僕たちには家庭科室内にある全てのグラスを叩き壊す必要なんて無かった。

とある一つのグラスだけを壊す事で目的を果たす事ができた。

でも、僕たちには多数のグラスの中から、目標のグラスを選別する能力がな無かった。

だから最終的に、全てのグラスを叩き割る事で目的を果たそうとした。

いわゆる消去法での解決策を僕たちは次善策としていた。


だから考えられる答えは一つ。

それはこの正体不明のおてもやんコックさんが、僕たちの獲物について正確な情報を知っていたという事だ。

それをどうやって知ったのかはこの際問題じゃない。

このコックが僕たちの事をどれだけ知っているのかが今は問題だ。


僕より頭の回転率の高いココちゃんは、いち早く状況を理解し、コックさんの胸倉を掴みあげる。


「あなた、一体何者?ずいぶんと人様の事情に詳しい様だけれど、この先に踏み込むようなら、それはあなたにとっても地獄よ?」


その辺にいる高校生なら卒倒してしまいそうな程、その視線は鋭利に研ぎ澄まされ、まっすぐコックさんに向けられていた。

それでもコックさんは微動だにせず、なされるがまま胸ぐらを掴まれた状態で無言を貫き通す。


今日何度目になるだろうか?静寂が空間を支配する。


その静寂を打ち破ったのは、僕たちの後方にある教室のドアがガラガラガラっとスライド式に開けられた音だった。


三者三様にドアの方に目を向けると、そこには予想だにしない人物が。


「和泉くん、木乃宮さん、夜の学校に無断で侵入するのは、生徒会的・・・・にあまり関心出来る行動ではありませんね」


そこに凛とした態度で立っていたのは、紛れもなく前生徒会執行委員会会長、時崎凛トキサキ リン

そんな、、、なんで彼女がここに現れる?


僕が想定外の事態に混乱している様子を見て、彼女は妖艶に笑い、言葉を続ける。


「そんなに驚いた顔をして頂けると、わざわざこんな時間に学校を訪れた甲斐もあったというものです。しかし、貴方たちが誰もいない時間を見計らって校舎に潜入するところまでは予測していましたが、まさか既にここまで暴れられているとは思いませんでした。これは私の落ち度ですね」


どうやら時崎先輩は、僕たちが今日この場所に現れる事を予測していたらしい。

それに今の言い方だと、さっき僕たちが回ってきた教室の状態についても、ある程度は把握済みというところか。

それにしても厄介な人に見つかっちゃったな。

僕は仕方なしに覚悟を決めて、彼女に歩み寄る。


「すいません時崎先輩、最後まで迷惑ばかり掛けちゃって。でも譲れないんですよ、だから、無駄に問答するつもりはありません。押し通させて頂きます」


僕が自分の中のタガを外して戦闘モードに移行しようとした時


「本当に、最後まで貴方たちには振り回されっぱなしです。挙句の果てには、私までもがこんな規律違反を犯す事になるなんて。でも、貴方は一つ大きな勘違いをしています。それだけは私も訂正させてもらわなければなりません」


彼女はそこで一息つくと、一度視線をココちゃんに向けた後、もう一度僕の方を見てこう告げる。


「私がここに来た理由は貴方たちと同じです。貴方たちだけが全てを終わらせるなんて、そんな都合の良い事は有り得ないでしょう?幕引きは私が務めます。それを邪魔だてすると言うのなら、全力を以って挑んできなさい。私は今宵、貴方たちの望みを奪って、私の積年を晴らしてみせる!」


その声の真摯さに、切実な響きに、僕は圧倒されてしまった。

あの生徒会長がこんな事を口にするなんて。

思っていたよりも本当にアイツは恨みを買っている、いや、愛されてると言ったほうが正しいのかな。


「ありがとう生徒会長、だったら決着ケリを付ける事にしましょう。貴方と僕のどっちがその舞台に立てるのかを」


僕はありったけの感謝と、剥き出しの本能を以ってそれに答える。


「場所を変えましょう。私のホームグラウンド、生徒会室に招待させて頂きます」


彼女は振り返りながらそう言うと、スタスタと家庭科室を後にする。


僕の望みか、彼女の望みか。


こればっかりは決着をつけない限り先に進めそうに無い。


僕はココちゃんにお願いする。


「そのコックさんが持ってるグラスで最後だよ。目的を果たしたら、先に放送室で待っててくれないかな?」


ココちゃんは僕の真剣さを汲んでくれた様で、目線をコックさんに移して、背中越しに声をかけてくる。


「とっとと行って、さっさと決着ケリをつけてきなさい。それもキミにとっては大事な事なんでしょう?」


ありがとうココちゃん。僕と彼女のワガママを汲んでくれて。

言葉にしてしまうと余りにも照れ臭かったので、僕は無言で背中を向け、生徒会室に向かったであろう時崎先輩の後を追う。



・・・・・・・


《coco side》


「さて、あの馬鹿は生徒会長を追って行ったわよ。そろそろ、その間抜けな面を外しなさい」


私がそう言うと、彼女・・はゆっくりと面を外す。

まったく、ふざけた芝居をしてくれる。

わざわざそんな衣装まで用意して。


そうして、私の目の前で面を外したコックは口を開く。


「お久しぶりですね。木ノ宮小太刀コノミヤ コダチさん」


「ええ、とっくに死んでたかと思いました。椎名青葉先輩」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ