幕間 ある日の知的討論会 後編
風紀委員の次は生徒会かよ。
僕としてはこんな形でのモテ期到来は予想もしてなかったし、正直勘弁願いたい。
「ふむ、やはり見れば見るほど良い顔をしている。君ならば申し分ない。どうだ?生徒会長の説得ならば僕が引き受けよう。何も心配する事はない。この学園を真に良くしたいのなら、風紀委員などではなく生徒会に入るべきだ」
そう言って生徒会副委員長はイケメン顔を僕に近づけてくる。
いや、さっきから思ってたんだけど、この人の距離感おかしくね?
「柴くん、生徒会役員は年に1度の選挙で当選する必要があるはずですよ。それに、、あまり勝手が過ぎると、生徒会長の雷が落ちると思うんですけど」
青葉さんが至極真っ当なフォローを入れてくれる。
そうだよね、生徒会役員がそんな無作為に選ばれてたまるかってんだ。
「そんな些末はどうでもいいんだよ椎名さん。僕達の生徒会長がその気になれば、全校生徒を説得するものそう難しい話ではない。それに生徒会長もきっと歓迎してくれるはずだ。なんといっても僕たちの天敵である風紀委員の戦力を削ぐ事が出来るんだからね。会長が反対する理由がない」
自信満々の態度で僕の顎を持ち上げてそう言う生徒会副委員長。
ちょっと、いよいよ何なんですかこのシチュエーション!
僕は慌てて彼から距離を取り、高鳴る心臓を押さえつける。
断じて誓うが僕にその気は無い。
彼は未だに名残惜しそうに僕の方を熱のある視線で見つめている。
生徒会云々よりも、あの人の態度の方が僕はよっぽど怖いよ。
僕が理解したくもない同性からのアプローチに恐れおののいていると、後方から凄まじい怒気を含んだ言葉が発せられた。
「黙れ、生徒会の犬っころが。私達の委員会活動を邪魔するだけならいざ知らず、私の大事な仲間を生徒会役員に据えるだと?冗談にしては笑えないな。オマエが何をトチ狂ったのかは知らんが、その行為は万死に値すると思え」
いまだかつて僕が見たことのない程、虎鉄が怒り狂っている。
まだコイツに付き合い始めて2週間かそこらだけど、こんな虎鉄は初めて見た。
コイツはそんなに生徒会が嫌いなのか?
そんな僕の感情を汲み取ったのか、青葉さんが僕に耳打ちしてくる。
「違いますよ、虎鉄は和泉くんが生徒会に取られてしまうのが許せないみたいです」
だからそれって、生徒会が嫌いって事でしょう?
僕がそういったことを言うと、青葉さんは何だか可哀想なものを見る目で僕の方を見て、ゆっくりと顔を横に振った。
なんだか良くわからないけど、青葉さんにそんな態度とられると凹むんですけど。。
「遺言を書かせる時間も惜しい。取り敢えず死ね」
僕が余計な事に気を取られている間に、虎鉄は今まさに襲いかかる寸前だった。
おいおいっ、僕たちの力で殺すとか、まじでシャレにならないからな!
慌てて僕は虎徹と彼の間に身を投げ出し、惨劇を回避しようと試みる。
「退け!京太!私の邪魔をするな!」
「退けるか!アホが!!何か知らんがいきなりキレ出しやがって!ちっとは周りの事も考えろ!!」
「素晴らしいな、やはり君は生徒会に来るべきだ。その凛々しさ、その雄雄しさに惚れ惚れしてしまうよ」
「うわっ、ちょっ、いきなり背後から抱きついてくんな!!何なんだアンタも!いよいよ確信してきたぞ!この変態野郎!!」
「っ、、キサマッ!その手をいますぐ離さんか!!柴犬ごときがそいつに触れるな!!」
「虎徹ッ!テメーもテメーでこっち寄ってくんな!オイっ、変なとこ触ってんじゃねぇぞ後ろのド変態!!」
「何?このカオスな空間?混ぜて欲しいとは思いませんけど、忘れられているというのも何だか寂しいですね」
視界の隅で青葉さんが何だか切なそうにコッチを見ているのがチラッと見えたけど、残念ながら今はそれどころじゃない。
自分から身を投げ出しておいてなんだが、今は何よりもこの二人に挟まれている状況から脱したい。
「阿呆な生徒が暴れていると聞いて来てみれば、あなた達はここが図書室だと分かっているのかしら?」
突然、凛とした声がかけられる。
その声を聞いた途端、あれ程までに変態行為に夢中だった生徒会副会長がフリーズする。
虎徹も同様に揉み合いを止めて、彼女の方に視線を向ける。
凛とした声の出所に目を向けると、そこには絵に書いたような美人がいた。
長い黒髪はその一本一本が生命力を誇示するように輝いており、切れ長の瞳は知性を灯し、見るもの全てを平伏させる力を放っている。
カリスマ(・・・・)、まさにその言葉が形を成した存在。
僕の周りには性格こそ残念な虎徹を筆頭に可愛いと形容される女子がいるが、明らかに彼女は別格だ。明らかに常軌を逸している。
それは群衆の前に降臨した女王陛下の様に、図書室に存在する全ての人間の注目を集めていた。
そんなことを想像していた時、虎鉄が僕に耳打ちしてくる。
「覚えておけ、あれが生徒会長、時崎凛だ。あまり深く関わるなよ、アイツは私達とは別の意味で異質な能力を持っている」
警戒しろってことか?そもそも僕たちと異なる異質な能力って何だよ。
虎徹から詳細を聞き出そうとした時、生徒会長がまたしても凛とした声で発言する。
「それにしても酷い状況ね。柴くん、事の発端を説明してくれないかしら?」
なるほど、彼女はいまだに状況が飲み込めていないらしい。
先の言葉は取り敢えず図書室で暴れまわる僕たちを止めようとしての発言だったという事だ。
「これは生徒会長、わざわざ出向いて頂かなくてもこの程度の瑣末な事態、僕ひとりで十分でしたのに」
いまだに僕の背中にへばりついている変態も彼女には逆らえないようで、姿勢を正し丁寧に返答する。
「柴くん、事の重要性を理解しなさい。私がわざわざ出向いて来たのだから、貴方ひとりで十分だという事ないでしょう?」
ゾッとするような高圧的な言葉に、さすがの生徒会副委員長も言葉を飲み込む。
「私が介入しなければいけない程の事態だと聞いたので、まさか顧問司書でも現れたのではと思いました。でも、どうやらそれは取り越し苦労だった様ですね。いえ、考えようによってはもっと厄介な事態というべきでしょうか?貴女はどう思われます?木乃宮虎徹さん」
彼女の矛先は虎徹に向けられる。
どうやら彼女と虎徹の間には過去にも何らかの諍いがあったようだ。
「私たちは純粋に委員活動をしていただけだ。それにいちゃもんを付けてくれたのはお前の子飼いだぞ。躾がなってないんじゃないか?生徒会長様?」
さすが、相手を挑発する事にかけては右に出るものなし。
虎徹の言い回しに生徒会副会長の柴先輩(やっと名前を覚えた)は憤慨している。
しかし、当の生徒会長はというと、
「相も変わらず口だけは達者ですね。その様子では、またトンデモない委員活動を強行しようとしていたところ、運悪く其処にいた柴くんが止めに入ったといったところでしょうか」
生徒会長は事の顛末を今までの無駄な会話から推測し、虎徹を強く見据える。
「いつになったら分かってくれるのでしょうか?貴女も存じているでしょう?自分が生徒達から何と呼ばれているのかを。異質な人間が普通の人間に混じって生活を送るなんて、許されるはずがない。
ましてや暴力にもを任せ、他者を掌握しようだなんて、まるで悪魔の所業。そんな行為、誰からも理解される訳がない。人生を謳歌する上で、これ以上不要な存在はないでしょう。今でこそ貴女の傍にいる椎名さんですら、最終的には貴女を理解する事は出来ない。だから貴女は今も、この先の未来も、常に一人なんですよ。ねぇ?貴女もそう思いませんか?『災厄』」
不必要に相手を挑発するのはどうやら虎徹だけじゃなかったみたいだ。
見かけによらず、この人もずいぶんと辛らつな言葉を吐く。
それにしても、この人は今確かに虎徹の事を異質と呼んだ。
どうやら生徒会長は虎徹の能力について、ある程度は認識しているらしい。
これは少し厄介な事になりそうだ。
「まず訂正しておくが、私は別に他人を掌握しようだなんて、悪趣味な事に興味は無い。そんな事を思いつく貴様のほうが頭おかしいんじゃないか?それに貴様の言うとおり、私は今まで一人だったし、これからも一人で生きて行くと諦観していたのは事実だ。まぁ、青葉が私の元から去っていくのは想像もできないけどな」
自信満々に答える虎徹に生徒会長も訝しそうな表情をする。
そりゃそうだろう?我等が長の言葉は全て過去形であり、明らかに揺ぎない回答を持っているにも関わらず、もったいぶっている節がある。
どうしてだろうか?この後に続く言葉を聴くのが酷く怖い。
そして、虎徹はというと、僕の抱える不安とは正反対の満面の笑みを浮かべながら、大々的に、声高に、叫ぶように回答を告げる。
「紹介しよう!ここにいる和泉京太こそが私と共に道を歩む者だ!!どうだ?驚いただろう?貴様がいくら烏合の衆を集めても、もう私達は止まらない!生徒会長!これは宣戦布告だ!私達、風紀委員三名は貴様ら生徒会に戦いを申し込む!どちらが学園の平和を守る役目なのか、この際だ、白黒はっきりつけようじゃないか」
「「えぇぇぇっ----!!」」
もはや定番となりつつある僕と青葉さんのユニゾンシャウトが図書室に響き渡る。
「うん?何だお前達?何か言いたい事でもあるのか?そんな事よりあの生徒会長の顔を見てみろ、真っ赤になってるぞ。あれは相当キレてるな」
「キレてるのは僕も同じだこの野郎!!人の事を勝手に暴露しといて何を殿様面してやがる!それに何で風紀委員が生徒会に喧嘩売らなきゃいけないんだよ!共存でいいだろ!共存で!!!」
「アホかキミは!私たちが生徒会と仲良くしてどうする!切磋琢磨してこその学園生活だろ!!」
「切磋琢磨する場所が根本的に間違ってる事に何で気づきませんかねぇぇ!!」
「ちょっと二人とも落ち着いて下さい!図書室では静粛に!せいしゅくにぃーーー!」
いつも通り収集が付かなくなってしまった僕たちに、ひどく冷たい声が投げかけられる。
「そう、、、少し前から何をそんなにはしゃいでいるのかと思えば、、、そういう事なのですね」
僕達風紀委員が揃って彼女方に視線を向けるが、生徒会長はそのまま僕に視線を移して、再度その口を開く。
「貴方、和泉くんといったかしら?貴方に問います。彼女の言っている事は事実なのでしょうか?」
その言葉を聞くと同時に、彼女の目を見た瞬間、体中を悪寒が走り抜ける。
僕を見つめる彼女の目は捕食者のそれだ。
本能が目を合わせてはいけないと告げているのに、目線を外す事が出来ない。
これは何だ?
グルグルととぐろを巻く渦に飲み込まれた様な感覚。
異様な感覚に囚われながらも、僕は駄目もとで四肢に力を込め、悪寒を全力で振り切る。
その瞬間、ふわっと風に吹かれたかのように体が軽くなる。
???どうやら上手いこと逃れる事が出来たようだ。
「そんな、、、力任せで私の呪縛から解き放たれたというの!?」
生徒会長の顔が驚愕に歪む中、虎徹が誇らしげに胸を張りながら高笑いする。
「アホか貴様は、私の仲間にそんな低俗な催眠術なんて通用する訳ないだろ」
催眠術?
ということは今さっき僕が感じていた悪寒や異様な感覚は全部、彼女に仕組まれたものだったってことなのか?
そして僕はあろう事か催眠術なんてものを力技でねじ伏せたって事なのか、、、
自分で自分が怖くなる。
「京太、覚えておけ。生徒会長の異能は『催眠術』による支配だ。普通の生徒なら、今さっきの一撃でアイツの虜になっているところだよ。でもさすが私の相棒、まさか力任せに振り切るとは思いもしなかったぞ」
虎徹先輩、人の背中をバンバン叩いて、すげー気分いいとこ悪いんですけど、ぶん殴って良いですか?
僕としては馬鹿にされている気しかしないんですけど。
僕が今まさに虎徹に拳骨をお見舞いしようとした時、
「木乃宮虎徹に連なる『災厄』ですか、、わかりました。ええ、理解しました。どうやら本物のようですね」
生徒会長がなにやらブツブツと独り言を呟きながら、僕達から距離をとる。
「木乃宮さん、先ほど貴女がおしゃった宣戦布告。あれは本気と受け止めても構わないのでしょうか?」
虎徹は一瞬、虚をつかれた顔をしたが、自信満々に返答する。
「ああ、本気だとも。撤回する気も、逃がすつもりもない」
「なら、口上を。第34代目、生徒会執行委員会長 時崎 凛 本日を以って本校に相応しくない生徒の排除を執行します」
「上等、第34代目、風紀改善委員会会長 木乃宮 虎徹本日より一層、この学園の秩序を守る為に邁進する」
まるで少年漫画のワンシーンの様に火花を散らす二人。
数秒の睨み合いの後、生徒会長は柴副会長を連れて颯爽と図書室を後にする。
残った僕たちはというと、、、
「さて、虎徹?随分と楽しそうにしていましたけれど、全部独断だというのは頂けませんね?」
「いや、ちょっと待て青葉!何をそんなに怒ってるんだ。私は正々堂々と啖呵を切っただけであって、、」
「そもそも啖呵を切る必要があったのでしょうか?私には多分に私怨が混ざっているようにも見えましたが?」
「うっ、、それは、、オイッ!キミも見ていないで何とかフォローしたらどうだ!!」
「よし、まかせろ。青葉先輩、今日という今日はキッチリ教育してやりましょう。コイツの勝手でこれ以上迷惑をこうむるのはマジで勘弁なりません」
「ちょっ、おまっ!!先輩に向かってなんて態度をとるんだ!こっちこそ、その生意気な態度を矯正してやる!!」
「虎徹、話を混ぜっ返さないで下さい。まだちゃんとした説明を受けていませんよ?」
もうめちゃくちゃな状態だった。
もちろん、いつの間にか図書室には他の生徒の影がなくなっており、僕達は下校時刻まで騒ぎ続ける羽目になった。
それともうひとつ、図書室に来た理由の『妖しげな本』とやらは、先に図書室を訪れていた柴先輩にて無事回収。
下手人と呼ばれた生徒についても、生徒会にて処理完了との噂を聞いたのは、随分後のことだ。
ホント、何してんだろうね?
 




