3月1日(水)-後編-
八神高等学校を出発してから30分ほど。
僕は私立天羽女子高等学校に到着した。今日は卒業式ということもあってか、校門の横にいる警備員のおじさんは何も言わずに僕のことを通してくれた。
さすがに高校の制服を着た男がいると、多少の視線は浴びてしまうのは仕方ない。気持ち悪いものを見る表情で見られているわけじゃないからいいか。今はたくさん生徒がいるから、この中から栞を探さないといけないのか。
「どこにいるかな……」
3年生だけにしては人が多すぎるような気がする。栞も朝比奈さんという後輩の子を会わせたいと言っていたから、ここにいる生徒は在校生も含まれているのかな。
栞にどこにいるかメッセージを送ろうとしたときだった。
「あっ」
栞と、写真に写っていた金髪の女の子がすぐ近くにいた。
「栞、待たせたね」
すると、栞と朝比奈さんと思われる金髪の女の子が僕の方に向く。
「悠介君。卒業おめでとう」
「栞も卒業おめでとう」
ブレザーの胸ポケットのところに卒業バラが付けられていた。僕も学校では付けていたけれど、ここに来る間に外してバッグに入れちゃったな。
「栞先輩。この方が先輩の彼氏さんですか?」
「そうだよ。彼が新倉悠介君。私の彼氏です。それで、悠介君。この子が会わせたかった後輩の朝比奈美来ちゃん」
「そうなんだ。初めまして、新倉悠介です。今日、八神高校を卒業しました。栞とは3年前から付き合っています」
「そうですか。ご卒業おめでとうございます。天羽女子高校1年の朝比奈美来です。栞先輩とは……同じ部活ではないんですけど、声楽部の先輩繋がりで仲良くさせてもらっています」
「そうなんだね」
思い出した。以前、凄く可愛い後輩の女の子と友達になったって喜んでいたな。きっと、それが朝比奈さんなのだろう。
「それにしても、栞先輩、とてもかっこよくて素敵な人と付き合っているじゃないですか。さすがは栞先輩ですね」
「……えへへっ」
栞は嬉しそうに笑っている。
僕、そんなにかっこいいのかな。美来と出会ったとき……彼女に普段はメガネを外した方が言われたので、メガネを外した途端に女子と話す機会は多くなった。
「朝比奈さんはとても可愛いと思うよ。もちろん、素直な感想で……特に変な意味はないからね」
「ありがとうございます」
「悠介君。朝比奈さんには社会人の婚約者がいるの」
「えっ、そうなの?」
朝比奈さんは他の子とは違ったオーラが感じられるし、そういう子には16歳の時点で婚約者がいるのかもしれない。
「栞、朝比奈さんってどこかの財閥のお嬢様なの?」
「聞こえていますよ。私は普通の家に生まれました。ただ、10年前に出会った方と色々なことがありまして、去年、結婚することを約束したんです」
「そうなんだ。ご結婚おめでとうございます」
「まだ結婚はしてないよ、悠介君」
「そっか。まだ婚約者だったね。旦那さんじゃなくて」
「ふふっ、ありがとうございます」
10年来の愛が結ばれたということか。それはさぞかし深い愛なんだろうな。相手が社会人ということもあって、高校1年生の朝比奈さんと結婚する約束をしたのかも。僕は栞と付き合って約3年だけれど、僕もいつか栞に結婚しようと伝えよう。
「そうです。栞先輩、スマートフォンを貸していただけませんか? お2人の写真を撮りますから」
「じゃあ、お願いしようかな。えっと……はい、カメラのマークをタッチしてくれれば撮影できるから」
「分かりました」
栞は朝比奈さんにスマートフォンを渡すと、僕の左隣に立って腕を絡ませてくる。周りに他の生徒さんがいるからちょっと恥ずかしいけれど、まあいいか。今日は高校卒業という大切な日だし。このくらいのことは。
「じゃあ、撮りますよ。はい、チーズ」
カシャ、という音が聞こえたのでおそらく撮影できただろう。
「ありがとう、美来ちゃん」
「いえいえ」
「……どれどれ。……うん、いい写真だね」
栞がそう言うと、すぐに僕のスマートフォンが鳴る。確認すると、栞から朝比奈さんが撮影してくれた僕と栞のツーショット写真が送られていた。
「本当だ。いい写真だね。ありがとう、朝比奈さん」
「いえいえ。栞先輩、私にも今の写真を送っていただけますか?」
「うん、いいけれど……大丈夫なの? 氷室さんは……」
「栞先輩とのツーショットですから大丈夫ですよ」
へえ、朝比奈さんの婚約者は氷室さんっていうのか。そういえば、氷室っていう名前……最近、どこかで聞いたような気がする。
「段々帰り始めているから、私達も帰ろっか、悠介君」
「うん、そうだね」
「改めて、お2人ともご卒業おめでとうございます」
こんなに可愛い後輩の子にお祝いの言葉を言われるなんて、栞も幸せ者だな。高校卒業のいい思い出になったんじゃないだろうか。
「ありがとう、美来ちゃん。じゃあ、私達はこれで帰るね」
「はい。受験頑張ってくださいね!」
「うん。じゃあ、またね」
僕と栞は手を繋いで天羽女子高校を後にする。
最寄り駅である鏡原駅に到着するまでの間に、栞から朝比奈さんについての話を聞いた。氷室さんのことを10年間ずっと想い続けていたそうだ。
また、氷室さんという婚約者の男性が、去年の夏に注目を浴びた無実の罪で逮捕されてしまった人であることを思い出した。
「なるほど。それなら、朝比奈さんは氷室さんと結婚しようと決めるよな」
「2回もプロポーズしたんだって」
「へえ……」
そんなことを話しているうちに、僕等は鏡原駅へと到着し、潮浜方面のホームへと降りてゆく。
栞は顔を赤くしながら、隣でちらちらと僕のことを見てくる。もしかして、朝比奈さんが2回プロポーズしたって話したから意識しているのかな。
しょうがない、今の僕の気持ちを素直に伝えるか。
「……ずっと。ずっと一緒にいようね、栞」
僕達の周りに全然人がいないことを確認し、栞だけに聞こえるようにそう言うと、栞の顔の赤みは更に増してゆく。
「えっ、えっと……それって、プ、プロポーズってことでいいのかな?」
「……ずっと一緒にいたいからね」
「……脳みそがとろけそうだよ」
そう言って、栞は僕の方によろける。まあ、プロポーズだと思ってくれてもかまわないけれど。
「でも、一緒にいるためにはまず、第一志望の大学の入試に合格しないとね」
「ううっ、現実に引き戻さないで……」
「……何だかごめんね。でも、一緒にいることを現実にするためには頑張らなきゃ」
でも、今日ぐらいはそういうことは考えさせない方がいいのかな。
そんなことを話していると、程なくして鏡原駅に潮浜方面の電車が到着した。僕と栞はその電車に乗る。
「……思えば、入学して間もない頃に栞と出会ったんだよな。だから、この高校3年間がとても楽しかった」
「……うん。私も」
栞と出会うことがなくても、それなりに楽しい高校生活を送っていたんだろうけれど、栞と出会って付き合わなければこんなにも楽しい3年間を送ることはできなかったと思う。
「この制服を着た3年間は、悠介君と付き合った3年間だったんだよね。これから、高校の制服を見る度に悠介君と出会ったときのことを思い出すんだろうな」
「……僕もそうかな」
栞の言うとおり、この制服を着た3年間は栞と出会ってからの3年間に等しいんだ。
「悠介君。受験頑張ろうね。それで、一緒に……大学生活を送ろうね」
「うん、頑張ろう」
今度の試験で栞と一緒に4年間の大学生活を送ることができるかどうかが決まる。全力で挑まないと。
ただ、今……栞と一緒に制服姿で最後の電車に乗っている今くらいは、この3年間の思い出に浸ることにしよう。出会った頃や、離れそうになった頃や、付き合うようになってからの日々を。栞と一緒にいるこの15分間で3年間の思い出に。
特別編-High School Graduation- おわり




