3月1日(水)-中編-
今日は私の通っている私立天羽女子高等学校で卒業式が行なわれた。近くの市民ホールで行なう八神高校とは違って、天羽女子は高校の敷地内にあるとても大きな体育館で行なった。在校生も参加することになっていて、一昨年や去年とはさすがに卒業式の印象が違う。
悠介君の通っている私立八神高等学校も今日が卒業式なんだよね。この後、卒業を迎えた悠介君がここに迎えに来てくれることになっている。
高校最後のホームルームが終わると、その後は終日、在校生を含めて自由時間となる。なので、この時間で後輩との最後の挨拶をするのが慣例となっているとのこと。人気の生徒だと、ここから制服やワイシャツのボタンの取り合いになるみたい。去年は遥香先輩の恋人の絢先輩のボタン争奪戦になった。
私は茶道部の後輩と話してスマートフォンで写真を撮ったりした。さすがにボタンをくださいとは言われなかったけれど。
「あっ、栞先輩!」
そう言って私の目の前まで駈け寄ってくる金髪の女の子。彼女は1年生の朝比奈美来ちゃん。彼女は茶道部ではなく声楽部に入っているんだけれど、去年の秋に声楽部のクラスメイトを通じてとても親しくなった。
「栞先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう、美来ちゃん。声楽部の方はもういいの?」
「ええ。3年生の先輩方には抱きしめられましたので」
「そうなんだ。じゃあ、私も美来ちゃんのことを抱きしめようかな」
私は美来ちゃんのことをぎゅっと抱きしめる。
彼女、6月末に突然転校してきたらしいけれど、前の高校ではいじめを受けていたとのこと。そのときに助けてくれたクラスの女の子が漢字違いの詩織ちゃん。それが、仲良くなったきっかけだった。
美来ちゃんと話していて分かったことだけれど、彼女の婚約者は、去年の夏に無実の罪で逮捕されてしまったことで全国に名が知られた氷室智也さん。もちろん、すぐに釈放されたけれど。10年前に遊園地で迷子になったところを氷室さんに助けてくれたのがきっかけで恋心を抱き、その想いが10年経って成就するなんて……とても素敵な話だな。
いつか、悠介君も私に結婚しようって言ってくれるときがくるのかな。美来ちゃんのように私から言った方がいいのかな。
「どうしたんですか? 照れた感じになっていますが。卒業できたことがとても嬉しいんですね」
「まあ、それもあるけれど、ちょっと妄想を……いや、考え事をしていただけだよ」
顔に出ちゃっていたんだ、恥ずかしい。
でも、美来ちゃんは可愛いし、スタイルもいいし、性格もいいし、歌も上手いし……こんな子にプロポーズを2度されたら結婚したくなるよね。美来ちゃんの婚約者である氷室さんに一度会ってみたいな。
「あっ、そうだ。美来ちゃん、一緒に写真撮ろうよ」
「はい!」
スマートフォンで美来ちゃんと顔を寄せ合う写真を撮る。
「これを悠介君に送ろっと」
「悠介君、というのは例の彼氏さんですよね。もしかして、こちらに来るんですか?」
「うん。彼の高校も今日が卒業式で。帰りにここへ寄ってくれることになっているの。美来ちゃんも待っていれば会えるけどどうする?」
「是非、お会いしたいです! どんな方なのかずっと気になっていましたので」
「そっか。じゃあ、メッセージで送っておくね」
私は悠介君にメッセージを送る。
『悠介君に会わせたい後輩の子がいるんだ。朝比奈美来ちゃんっていうんだけれど』
こんな感じでいいかな。
すぐに私のメッセージは既読となって、悠介君から『分かった。今から行くね』とメッセージを返してくれた。
「悠介君、今から行くみたいだから30分くらいかかるよ。それでいいかな」
「はい!」
こんなに可愛い美来ちゃんの笑顔を見たら、悠介君……美来ちゃんのことを好きにならないかな。悠介君だったら大丈夫だと思うけれど。
「素敵ですよね。彼氏さんと毎日……朝の電車の中で会って愛を育むなんて」
「美来ちゃんは10年間、会わなかったんだもんね」
「16歳になるまで会わないと決めていましたから」
出会った当初なんて、週末の2日間会えないだけでも辛かったのに。10年間も会うことを我慢していた美来ちゃんは凄いと思う。
「でも、8年間くらいは智也さんのことを影から見守っていましたけれど」
「……えっ?」
それは初耳だなぁ。
「8年間も見守っていたの?」
「だって、智也さんの姿を見ていたかったんですもの。智也さんの通う高校、大学、会社……私が自由に動ける時間のほとんどを智也さんに費やしていました」
「……それはとてつもなく深い愛だね」
なるほど。氷室さんの姿を見ていたからこそ、結婚できる16歳になるまで会えなくても我慢できたんだ。一歩間違えたらストーカーになっちゃうけれど。卒業の日に後輩の新たな事実を知っちゃったな。
「何だか、私と美来ちゃんは……好きな人と付き合うまでの過程が真逆なんだね」
「言われてみればそうですね」
15分間だけれど、平日は好きな人とほぼ必ず会うことができた私と、10年間会わなかった美来ちゃん。私だったら悠介君のことを10年間も待つことができたのかな。
「栞先輩は彼氏さんといずれは結婚しようと思っているんですか?」
氷室さんっていう同棲する婚約者がいると、私にそこまで訊いてくるんだね。
「そうだね……できるといいなとはもちろん思ってるよ。ずっと一緒にいたいと思っているし、そのために一緒の大学に受験することになっているの」
「そうですか。国公立ですからまだなんですよね。頑張ってください」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
悠介君の方は大丈夫だと思う。私の方が心配だから、本当に頑張らないと……悠介君と一緒にキャンパスライフを送ることはできない。
その後もお互いに経験してきた恋について話していく。すると、
「栞、待たせたね」
気付けば、八神高校の制服姿の悠介君が私達のところに向かって歩いてくるのであった。




