出会いの4月 別れの3月
「どうした?1年生」
「欲しいものはさ、自分で手を伸ばして掴まなくちゃ、何も手にはいらないぞ」
出会いの4月。出会った時の貴方の言葉。貴方に出会わなければ、私の高校生活は、今とまったく違うものになっていたでしょう。
そして今日、貴方は卒業していく。別れの3月。
「高木先輩。こんなところにいたんですか。みんな待ってますよ」
私は、演劇部の部室に一人たたずむ人影に話しかけた。私の呼掛けに、高木先輩はいつもの優しい微笑を返してくれる。その微笑に一瞬だけトクンと心臓が跳ねた。
「先輩、何をしてるんですか?」
「うん。3年間、色々あったなと思ってさ」
何かを懐かしむような表情。でもこの顔を明日からは見れなくなる。それが無性に寂しい。もう少し、もう少しでいいから、こうしていたい。
「先輩、私と初めて会ったときのこと覚えていますか?」
「勧誘したときだったかな?」
「違いますよ。その前にお昼を一緒しています」
私は頬をふくらませる。その私に先輩は苦笑しつつ「そうだったけ?」と返す。
「そうです」
そう、あの日に貴方と出会った。だから私は変われたのだ。
「どうしよう……」
私の目の前には、昼食のパン販売に群がる人だかり。上級生だけではなく、先日入学したばかりの1年の同級生も果敢に人垣に突貫していく。
飢えたピラニアの群れのようで、なんか怖い。躊躇している私に優しげな声がかけられた。
「どうした?一年生」
声をかけたのはやや細身の男子生徒だった。声と同じく優しそうな顔をしている。ネクタイの色からすると2年生の先輩。
「あの…その…パンを」
人見知りする私は、緊張で上手く答えられない。
「ああ、あの人垣に躊躇しているということか」
でも、その人は私の短い返答だけで状況を理解してくれた。
「人がいなくなるのを待っていると、売り切れてしまうぞ」
「はい」
うつむく私に、その人は苦笑した。
「何が欲しいの?」
「えっと、メロンパンとチョココロネ」
私の返事に、なぜかまた笑顔のその人。
「良いチョイスするな。ここのメロンパンは美味しいぞ。ちょっと待っていて」
そう言い残し、その人は人垣を掻き分けて見えなくなってしまう。そして「おばちゃん。メロンパンとチョココロネをふたつずつ」と言う声が人垣の外まで聞こえてきた。すごい大きな声……
しばらくして人垣の中から出てきたその人が、笑顔で右手に持った袋を掲げた。
その後は、誘われて、校庭で昼食を一緒することになった。
普段の私では考えられないくらい、たくさんの事を話した。
1−B 西藤京子。他県からの入学でまだ友達もいないこと、本が読むことが好きで、たまにオリジナルの小説も書いたりしていること。まだ部活には入っていないことなど。
そして彼のことも聞いた。2−A 高木和也。趣味はオートバイでのツーリング、演劇部の副部長。そして読書家でもあることなどなど。
そんな中、友達がなかなかできないなどの悩みの相談までしてしまっていた。不思議と高木先輩の笑顔を見るとなんでも話せた。
「友達のことや、パンのこともなんだけど。待っていちゃダメだよ」
「えっ?」
「欲しいものはさ、自分で手を伸ばして掴まなくちゃ、何も手にはいらないぞ」
「はい。がんばってみます」
少し緊張してそう答えた。だけど高木先輩は優しく微笑んで。
「自分でがんばって、ダメだったときには、いつでも訪ねておいで、力になるよ」
その微笑と言葉で、大きな安心感を得た気がした。
「そういえば、そんなこともあったね。京子ちゃんは、あの頃とは別人みたいだ」
感慨深げに話す高木先輩。
「先輩の言葉を信じて、がんばりましたもん。ちゃんと自分の手を伸ばして友達も作って、演劇部にも入部しました。今では部長ですよ」
そう、あの言葉があったから、私は変われたのだと思う。
「そっか、がんばれよ部長」
「はい」
「そろそろ行かないとまずいかな?みんなも待っているだろうし」
高木先輩は出口に向かう。嫌、高木先輩行かないで、もう少しだけ……
「先輩!」
気が付いたら、私は高木先輩を呼び止めていた。
「なに?」
「先輩ごめんなさい。少し甘えさせてください。私、私、高木先輩のことが好きでした」
好きでした。過去形で話さなくてはいけないことが、とても悲しい。こんなこと言われても、先輩は困ると思う、迷惑だと思う、でも伝えずにはいられなかった。出会ったその日から胸の奥底にあったこの想いを、どうしても伝えずには……
「京子ちゃん、ありがとう。気持ちはうれしいけど――」
しかし、私は先輩の言葉をさえぎった。
「言わないでください。わかっています。三嶋佳奈さんの事は知っています」
高木先輩に彼女ができたと、ひとづてに聞いたのは今年に入ってからだった。悲しかった、後悔もたくさんした、でも高木先輩と三嶋さんが並んで歩く姿は、とてもお似合いで、私の知らない笑顔の高木先輩も幸せそうで……かなわないな。って……
「私が、何もしなかった私が悪いです。欲しいものは、自分で手を伸ばして掴まなくちゃ、何も手にはいらない。先輩にそう言われていたのに……先輩の優しさに甘えて、私は何もしなかったから……」
先輩の顔を見れない。たぶん困った顔をしているだろう。そんな顔させたくないのに。
「先輩。三嶋さんを大切にしてください」
私は今できる限りの笑顔を高木先輩に向けた。でも笑っているのに、瞳から涙が頬を伝って滑り落ちる。
「あれ、なんでだろう?最後は笑顔で、さよならしようって、決めていたのになんで?」
手で涙を拭うが、一度、堰を切った涙は止まらない。
「京子ちゃん、ありがとうな」
いつもの優しい声、そして、私の大好きな高木先輩の優しい微笑み。
「はい……先輩、ここでさよならです」
そう、ここで、高木先輩との想い出がたくさん詰まったこの部室で、さよならしよう。そして、この実らなかった恋からも、さよなら。先輩が出て行ったら、たぶん、いっぱい泣いてしまう。
「さよなら。京子ちゃん」
「はい…さよならです……和也先輩」
さよなら……私の初恋……
部室のドアを閉める。ドアが閉まる直前、京子ちゃんの泣き声が聞こえた。
廊下には、佳奈が立っていた。
佳奈とは去年の9月に海に言って以来、微妙な関係が続いていたが、クリスマスイブに告白して付き合うことになった。センター試験直前に、何をやっているのかと思われそうだが、僕的にはセンター試験よりも大事なことだった。
OKしてくたから良かったものの、ふられていたらセンター試験もどうなっていたか……今、考えると冷汗が出る。
「立ち聞き?」
「うん。結果的にね」
みんなが待っている校庭に向かう。佳奈も後を付いてくる。
「なんだか、妬けちゃった」
「……」
僕はそのことには答えずに歩く。
「いいの?放っておいて」
「大丈夫だよ。彼女は一人で立って歩ける強い娘だ」
僕の言葉に、佳奈は頬をふくらませる。
「やっぱり、妬ける」
「佳奈。海に行こうか。まだ寒いけど」
無性に海が見たくなった。自分でもなぜかわからないが、良い事、悪い事、何かあると海が見たくなる。佳奈からOKもらった日も、佳奈と別れてから、夜明けの海を見るためバイクにまたがった。
「そうね。9月に行った海なら」
いたずらっぽく笑う佳奈。
「ああ。そうしよう」
僕も、少しだけ笑って見せた。
END
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
実は2〜3分程度の短い話を書く予定だったのに、書きあがったらいつもと同じ長さになってました。
転校してきたばかりの内気な少女が、出会った少年の言葉に勇気をもらい、友達になるべくクラスメートに話しかけるという話が、「9月の海はくらげの海」とリンクさせよう。という電波を受信してしまったせいでこんな話になりました(笑)
ついでに文字数もいつもと同程度。
1000文字程度の物語が書けない著者でした(泣)