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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
93/104

93.連鎖

SAO面白いですね(まったく関係ない)

「見つけたって……」

「どうした?」


 セイギの呟きをニポポが捕まえる。ニポポには女のその呟きが聞こえなかったらしく、セイギの意図を掴み損ねていた。


「いや、だからあの女が……」

「どうしました?」


 ニポポに説明をしようとするセイギだが、その解説の前にニポポが女へと話しかける。怪しげな風体であるにも関わらず、ニポポの態度は決して他の女性に対するものと分け隔てがない。親切そうにそう語りかけるニポポの態度は決して取り繕ったものではない。既にそうすることが完全に身についたもので、意図する必要もなくそうした行動を取り得たのだ。


「……は……す」

「え?」


 女がブツブツと小声で何かを呟き続けている。それは辛うじて二人の耳に届く程度であり、それが何を意味しているのか把握することは出来ない。


「すみません、聞こえないのでもう少し大きな声で……」


 言いかけたニポポの声が途切れる。何かが遮ったのではない。ニポポがその女の言葉を理解したとき、思わず後退りとともに言葉を失っただけだった。


「……は……ろす。お……様の仇。……神はころ……。……う様の仇。【死神】は殺す。お父様の仇。【死神】は殺す。お父様の仇。【死神】は殺す。お父様の仇。【死神】は殺す。お父様の仇――」


 延々と同じ言葉を繰り返し続ける。壊れたラジオのように同じセンテンスを繰り返している。その言葉の意味以上にその行動が異常なものであり、背筋に走る怖気を隠しえない。

 女はセイギの瞳を正面から見つめ続け、その視界には一切ニポポが入っていない。ジリジリと歩いているだけなのに何故か逃れることは出来ない。正面からその狂気を浴びてしまえば正常な判断も出来なくなってしまうのも已むを得なかった。


 セイギはその狂気を知っていた。いや、"同じ"と言い換えてもいいのかも知れない。自分にとっての最も大切な存在を失った人形。殺意に呑まれ世界を憎み、すべてを呪って破壊を望む理性のない獣。リズを一度は失って、こうして再びリズと手を・・取り合うことが出来ていなければ、セイギもまた目の前の存在と同じだったに違いない。そういった意味でセイギはその女に親近感・・・を覚えていた。

 ここで言葉を交わしたところで何の意味も持たない。獣は言葉を持たないのだからそれは至極当然のことだった。それであれば殺されてやってもいいか、とセイギは頭の片隅で考える。どういった原理なのか不明であるが、【死神】であるところのセイギは死んだところで死にはしない。その女がどのような手を使ったところでセイギは再びの生を得るのだ。

 つとセイギが歩を進める。女が笑う。ニポポが驚愕を顔に浮かべる。振り上げられる包丁がキラリとその鋭利さをアピールしている。


(包丁か)


 それはかつて初めての死を味わった光景の再現だった。初めての死は暗闇に飲まれていく光景と何度も突き刺される激痛の中でその生を終えたのであった。痛みには未だに慣れることは出来ていない。死が死でなくなっていたところで、痛みに対する忌避感を消すことは到底適わない。それでもそれに対する心構えをする程度の度胸は身についている。

 軽く目を閉じてその瞬間を待ちわびる。どこを刺されるのだろうか。胸だろうか、腹だろうか、それとも顔なのだろうか。正直なところであればあまり痛まない箇所がいい。動脈などバッサリと行ってくれないだろうか。そう何度も殺されるつもりはないが、一度だけならいいだろう。瞼を照らす日の光を薄らと感じながらセイギはそんなことを考えていた。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。


 そろそろと目を開ける。女がいた。その髪を振り回すように乱し、半狂乱にも似た様子で暴れていた。その合間にセイギは見た。女が一人で踊っているのではない。パートナーがいた。赤毛の少女。必死の形相で取りついて腕を抑え込んでいる。もう片手で女の顔を鷲掴みにしている。それを振り払おうと女が暴れまわっていたのだ。


 ニポポがどうしたものかとセイギに視線を投げかけていた。その魔法を以てすればこの状況も呆気なく解決できるのはわかりきっていた。だが、セイギはニポポに気をくれることもなく、二人の様子を凝視していた。口元が微かに動いては閉じる。発するべき言葉を何度も飲み込んでいる。

 そうしている内にアリスの手から女の腕が外れた。不幸なことにそしてそれは包丁を握っていた腕だった。生憎とアリスはそれに気付くことは出来ていない。女の凶行を止めようと必死に掴める場所を掴み、視界を奪い、腕を掴んで精一杯の抵抗を繰り返していた。

 掲げられた包丁はまるで英雄譚の伝説のつるぎのようにその輝きを主張する。あとはそれが弧を描いてアリスへと吸い込まれるだけだ。そうすれば勇者に立ちはだかる障害は取り除かれ、鮮血が飛び散るのみだ。


 ――だから。


 セイギはアリスの背中を庇うようにその合間へと体を滑り込ませた。それは一瞬の出来事でアリスには理解できていなかった。

 背中を侵食していく金属の感覚に顔を力一杯に歪ませるセイギ。道路を赤く染め上げる血飛沫。驚きを隠しえないアリスの表情。思わぬ収穫に顔を狂喜に歪ませる女。慌てた様子のニポポ。

 すべてがスローモーションのように過ぎる。更に深度を深める包丁の感覚に電流が流れるように痙攣するセイギの身体。


「ご主人様っ!!」


 アリスの叫びが響く。それはまるでこの悲劇を盛り上げるためのものであるかのようにも聞こえる。

 そして女はその感触に気を良くしたのか、恍惚と言った表情を浮かべていた。そしてまるで中毒に陥ったように同じ感覚を味わうためにズルリと包丁を引き抜く。


「ぐっ、あっ!」


 開いた穴を覆うとするように血が溢れだすのがセイギにも分かった。やはり、痛みに慣れることは出来ない。

 咄嗟にセイギの身体が突き飛ばされた。セイギの身体を突き飛ばしたのは小さい少女のか細い腕。このままでいればセイギは再びこの女の凶行に、その手にかかってしまうと判断したからだ。そして女の振りかぶった腕はセイギのいなくなった穴を埋めるようにアリスへと向かう。セイギもそれを阻止するために立ち上がろうと足に力を込めたはずだった。だがそれは適うことはない。背筋の痛みが足を踏ん張った拍子に走り、込めたはずの力が霧散する。


「アリ……――」


 女の悪意がアリスを貫いた――幻覚を見た。


「流石に見逃せないかな」


 ニポポが右手を前に構え、女へと向けていた。ニポポの手から発せられた風の魔法。それは女の手から凶器を弾き飛ばしていた。呆然としている女の意表を突くようにニポポが女を組み敷いた。アリスはセイギを跳ね飛ばしたと同時に取りついた女の足元に尻もちを着くような様態で崩れ落ちていた。


「離せぇ!離せぇ!」


 獣のような声で女が叫び声を上げる。そこにはやはり理性はなく、人としての会話を行なうことは到底不可能であると証明されていた。


「離せと言われても、ねぇ――」


 そう簡単には狂人の言う通りには出来ないとニポポが嘲笑にも似た笑みを浮かべようとした瞬間、背筋を撫でる――というよりもこそぎ落すガリガリと言った表現にも近い――感触が走った。

 思わず言葉にも詰まり、息をすることさえも忘れてしまう感覚。


 ニポポはそれを知っている。それは死と言い換えてもいい空気。ゾワリと一気に鳥肌立つ。指先から一気に血の気が引きその冷たさに震えが止められない。

 動悸が激しい。怖い。苦しい。

 見たくはないと本能が訴えかけている。刺すような圧力を感じている。それでも見ずにはいられないという理性が絶望と言った感覚を無理やりにねじ伏せ、ゆるゆるとその首を頭上へと向ける。




 ――黒い獣、黒の竜がそこにはいた。

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