表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
92/104

92.殺意と殺意と殺意と殺意

久しぶりにおりゃっ!

「セイギどこ行ったんだろ」

「ひとまず広場へ行くか」


 走り去ったセイギを二人は見送り、リックはやや慌てつつ、グレンは冷静にそう言葉を発した。


「セイギはどうするのさ!?」


 グレンに尋ねるリックの声はやや詰問口調に近かった。


「私たちもこの街には不馴れだ。無闇に後を追ったところで皆が迷子になるのがオチだ。だったら広場で待っているのが一番合流するのに手っ取り早い手段だ」

「いや、それは……確かにそうだけど……」


 グレンの言葉に納得するものの、どこか不満を残した様子のリック。理論的にはそうであっても人情とでも言った観点ではリックは納得できていなかった。セイギの軽率な行動も咎められるべきだと言うことは承知している。しかしだからと言って蔑ろにされて良いわけでもない。


「【死神】くんが広場の位置を見つけてくれるまでどれくらいかかるか分からないけどね」


 小洒落たようにグレンがそう言う。グレンが何を考えているのか、リックには理解できない。あの奴隷という少女の存在をどのように考えているのか、リックには見抜くことは出来ない。旅を共にしているからといって何かの感性を共有している訳でもなく、常に一歩引いているグレンの心情に踏み込むことが出来ない。だからグレンの存在は頼りながらも不可解、あるいは不気味な存在であった。

 理屈で話していることは理解できるが時折冗談や意地の悪い話し方をしたりもする。【死神】としての力を持っているセイギであってもいたく感情的な面がある分、グレンの方がよっぽど恐るべきなのかもしれないとリックは強く思った。


 その脇をローブを目深に被った人影が通り過ぎる。その動きは不審を超えて不審。その動きを封じようとグレンが腕を伸ばすもその背中はそれを避けるようにして遠ざかる。その精々がグレンの胸元程度の身長でありその顔を窺うことは到底適わない。しかしそれは逆にリックが正面から見据えることが可能な高さでもあった。


「セイギが広場を……つっ!」


 リックがその双眼に気付いた瞬間、ゾワリと背筋を撫でる怖気を感じ取ってその場を跳び退った。ほぼ同時にリックの幻影を切り裂くように一閃が翻った。


「な、誰だ!」


 不意の一撃を辛うじて回避できたものの、フードの人物の殺意は未だに萎えない。むしろその一撃を躱されたことでよりその殺意が滾っているかのようであった。リックのその声は振り絞ったはずの勇気を押しやるように思いもよらない殺意に対する困惑、そして忌避感が籠っていた。


「お前は……殺す……!」


 リックの問答には一切答えず、足を蹴りだし一気に加速を付けたその人物は一挙にリックに肉薄した。


「くっ」


 腰に携えたマインゴーシュでそれを辛うじて捌く。相手はナイフ。リーチで言えば僅かにリックが有利。武器としての質もリックに分があり事実、そのナイフはマインゴーシュの柄によってその動きを完全に封じられていた。リックの所持するマインゴーシュは柄が相手の武器を絡め取るための形状をしており、見事にその思惑の通りにナイフの可動域を完全に奪っていた。たった一つ、リックの油断と言えばそれが唯一の攻撃手段ではなかったということだった。

 ナイフが完全に絡め取られたとみるや、即座にそのナイフに見切りをつけて手放し、懐に手を伸ばして振るった。リックは首を捩りつつもその意味を解釈した。フードの人物から放たれたのは更に別のナイフ。その煌きが首筋を皮一枚のところを通り過ぎて行くのを実感し、リックの背筋を冷や汗めいたものが伝い落ちる。首の皮一枚を裂かれた実感をヒリヒリとした感覚で感じ取りつつ、リックは相手の挙動の一挙手一投足を見逃すまいと見据える。腰のレイピアを抜刀し完全に迎え撃つ体勢を整える。

 しかし構えたリックとは対照的にそのフードの人物は小路を背にじりじりと後退している。視界にはリックのみならずグレンを捉え、確実に不覚を取られないように気を配っている。

 いつの間に抜刀したのかグレンも剣をその不審者へと向け、いつでも切って捨てる用意が出来ているとアピールする。その様子を伺ったフードの人物は自身の不利を悟り、踵を翻して走り去る。


 それを追おうとリックが駆け出そうとするが、それはグレンに遮られる。なぜだと問い詰めるリックと地の不利を説明するグレン。襲撃者は易々と追及の手を逃れその場を逃げていく。


「アンジェリカ・エフトスキー。てめえはあたしが殺す」


 フードの人物の甲高い捨て台詞がリックの耳を深く穿った。



 * * *



「こっちは失敗か」


 それを見て笑うのは白髪の青年。路地の入り組んだ様子を嘲笑うように屋根の上から下界を見下ろしていた。


「それじゃあもう一方は……っと、これはまずい……!」


 白髪の青年はその赤い瞳を城壁、いやその先に広がる広大な大地を抜けた遥か彼方、何も見えないはずの地平線へと向けてそう呟いた。それは威圧と言うよりも圧力、まさに天候気候と言った物理的な力そのものの顕現。ひしひしと肌に感じる刺すような空気は、分かりやすく名前を付けてしまえば殺意と言った。ただし、普くものが怯えるような、という形容が付くものではあるが。

 世界を掌握しているにも等しい白髪の青年が思わず気圧されるほどにそれは生きとし生けるものに害意を振りまいていた。


「精々頑張りなよ、セイギ」


 少しばかり離れた路地裏、その先にいるはずの黒目黒髪の少年に思いを馳せ、その紅玉は明確な殺意を浮かび上がらせていた。



 * * *



 ニポポの告白を聞いたセイギは語りかけるべき言葉を見失った。どんな言葉をかけたところでその瞬間に陳腐なものへとなり下がり、琴線に触れるどころか逆鱗に触れかねない結果しか見えていなかったのだから。

 セイギの言葉の代わりにニポポが言葉を引き継ぐ。


「それで俺らは逃げ出したわけ。めでたしめでたし」


 ニポポが自嘲するように言う。実際、自身らの行動を嘲笑っているだけの様子である。それにセイギは口を挟むことは出来ない。


「お陰様で≪竜の墓場≫は……というよりもアレックスをほぼ中心に指名手配されてるってわけ」

「……じゃあ、ニポポも追われているのか?」

「そうだね。でも俺には魔法があるから認識阻害なんてお手のもんだよ」


 ニポポは笑いながらもそう言う。かつては戦うために用いていた力を、そのような逃げ回るような姑息な使い方しか行なっていない自身への嘲りであった。


「俺たちは勘違いしていたんだ。【竜殺し】は竜を殺せるから【竜殺し】なんじゃない。竜を殺すから【竜殺し】だったんだ」


 その言葉を聞いてもすぐには意味は理解できないであろう。ニポポの意図した言葉はつまり、『【竜殺し】であればすべからく竜を殺すことが可能』と言う意味ではなく、『竜を殺してしまえば即ち【竜殺し】たる【称号】持ちである』ということである。前提では竜を殺しうる力を保持していることが前提となるが、それは【竜殺し】としての基本的な性能になるのだろう。

 今回で言えば、アレックスは白竜を殺しうる力を有していた。しかし黒竜を殺しうる力を有してはいなかった。だが既に白竜を殺した時点で【竜殺し】としての役目は完遂していた。だからあとはアレックスが黒竜に引き裂かれようと焼き尽くされようと、世界はすでに【竜殺し】を見放しているのだ。


 その事実に真っ先に気が付いたのがユニアス。≪竜の息ブレス≫の一撃を受け止めたアレックスの負傷具合からアレックスの【称号】が目の前の黒竜に能わないことを見抜いた。だからこそアレックスを引き連れてその場から即座に逃げ出したのだと。

 当初はその理由が分かっていなかった。敵前逃亡を果たしただけの、醜い裏切り者だとしか考えられなかった。その思考を長い時間が緩やかに解してゆき、そしてついにユニアスの行動の原因に行きついた。その事情が分かっていながら、いや、逆に分かっていたからこそ、ニポポは決して姉のその行動を許すことが出来ない。

 ユニアスのしたことは、世界を見捨てて一人の男を選んだことに違いなかった。つまり、ニポポも、ゴルドスもレイラも、ユニアスの両親も村の住民も、今までに世話になってきた人々も、すべてを見捨ててアレックスを選んだということに相違なかった。


「俺たちはまんまと出し抜かれた。竜を殺せない【竜殺し】を逃がした」


 ニポポの瞳に映るのは憎悪の炎。よく知る相手だからこそそれは更なる業火を燃やし滾らせているのだろう。


「……だから俺は【竜殺し】を殺す」


 独白のように、ニポポが呟いた。それは耳を澄まさなければ聞き取れないような小さな声であったが、少なくともニポポの声には微塵の迷いもなかった。


 不意にニポポが顔を上げる。今までの表情がまるで嘘だったかのように満面の笑みを浮かべている。これだけで大半の人間は見とれるなり惚れるなりしてしまう勢いであった。

 だがセイギはそれが取り繕った仮面であると分かっていた。たった今のニポポの話からは決してニポポが小さくはない傷を負っていると確信できたからだ。それを振り返って尚、笑っていられるのだとしたらとうにそれを乗り越えたか何も感じていない木偶に違いなかった。


「おやお嬢さん、俺にご用でしょうか?」


 ニポポの声にセイギがその視線の先を見やる。そこには周囲に隠れるようにしていながら、長い灰色の髪を垂らした女性が立ち尽くしていた。その髪のせいでその目元を窺うことは出来ずにいる。唯一窺うことが出来るのはその口元。何かを呟くように開閉を繰り返しているが、それが何を意図しているのかセイギにもニポポにも通じはしない。


 その女はセイギを見つめ、口角がつり上がる。それがニヤリとした気味の悪い笑いだと遅まきながらにセイギは理解した。



 ――見つけた。

みんな殺す殺すって厨二病かよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ