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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
82/104

82.力持てとすんなるか

なんか説明回っぽくなってしまいましたね。

次回も似たような感じになる予定。

「あいつらは、なんなんだ」


 世界に平和の象徴たる静寂が取り戻された後、憮然とした表情でセイギがグレンに問いかけた。

 不可解な敵との遭遇。聞き知らぬ異能。そして何よりも自身と同等の"力"――


「わからない」


 そんなセイギにもたらされたのは、ただそれだけの不知の言葉だった。


「いや、おかしいだろ!」


 咄嗟に口を衝いて出たのは否定の言葉。それも当然だろう。如何にもな言葉で【死霊喰い】などとのたまっていたのだから。


「ひとまず落ち着いてくれ」


 冷静にセイギを宥めるグレンの表情はなるほど、年相応に怜悧さを湛えたものである。いつもであればユーモアの一つでも交えてそうなものであるが、その表情が現在の状況を端的に示していた。だからこそセイギも闇雲に噛みつくことはできず、口を噤まざるを得ず、その態度にグレンは満足そうに大きくこうべを縦に振った。


「ではまず初めにカイザルについてだ。これは【死神】くんも聞いていた通り【死霊喰い】の【異号】持ちだ」


 グレンは教鞭を執るようにしてセイギを見据える。その言葉に異論はなく、セイギは素直に頷いた。


「だがそれ以上のことは分かっていない。今日名前を聞いたのが初めてだ」

「待て。なんでそうなるんだ」

「落ち着いてくれ。私の話を聞いてくれれば分かると思う」


 やや勿体ぶったような話しぶりにセイギはやや苛立ちながら、駄々を捏ねたところでなにが変わるでもないために素直に引き下がる。

 波立った感情を抑えるためにか、リズを抱える腕にやや力が籠った。


「【死霊喰い】はかつての戦争で≪戦場の死神≫の名を欲しいままにした【異号】だよ。その名前あるところ、生者なし、とまで言われたくらいだ」


 グレンの口から語られるのは昔話。【鬼人】の生き抜いた戦乱の時代。セイギの何も知らない、異世界の戦争の話。


「だったらその【死霊喰い】の名前が知れ渡っているのも変じゃないか」


 確かにセイギのその疑問も尤もなものであった。そのセイギの疑問に対し答えをもたらしたのは隣に控えていたリックだった。


「そうじゃないんだ。【死霊喰い】の名前は知れ渡ったんじゃない。知れ渡らせられたんだ」

「ん?どういう意味だ?」

「世界には【称号】があって、中でも【異号】は特別なものでしょ。特に戦争なんかにおいては特別な意味を持つって言ったらわかるかな?」

「ああ、そういうことか……」


 リックの語った言葉の意味。それは国においての【異号】の価値。人にとって脅威ともなりえる力を保持する理由はなんであろうか。そう、――戦力である。

 ただ保持しているだけでは意味はない。その持ちうる力は誇示してこそ抑止力となりえる。

 つまり戦争とは【死霊喰い】の力を示すには絶好の機会であり、そして現に未だに聞き伝えられる"効果"を残していた。


「それでも名前すら伝わってないなんて……」

「いや、そうじゃない。名前なんて伝わっている必要なんてないんだ」


 一度はリックに手渡されバトンが再びグレンへと戻される。


「必要なのは【異号】とその"効力"だけ。それさえあれば武力を示すには十分だよ」


 グレンはじっとセイギを見据えた。


「それは君にとっても同じことだよ。――【死神】くん」





 * * *




 セイギは先ほどの会話を思い出していた。


『カイザルについてはしばらくは動きはないだろう』


 そう断言したグレンの顔には疑いの表情は一切なかった。

 目の前で消えていくあの光景を思い出し、死んだのではないかともセイギは思っていたが、それはグレンが否定していた。


『そう簡単に死んでくれていたら、戦争もあんなにひどいことにはならなかっただろうけどね』


 そう言うグレンの瞳は、どこか遠いところを眺めているようにも見えたが、それは一瞬の翳りですぐに平常さを取り戻した。


 何事もなかったかのように続けてやり玉にあげられたのがユノー・アスク。

 そこで全ての話題が途切れた。



 名前は?

 ――ユノー・アスク。


 称号は?

 ――わからない。


 所属は?

 ――わからない。


 出身は?

 ――わからない。


 種族は?

 ――わからない。


 年齢は?

 ――わからない。



 一切の情報がなく、何かを検討することさえ出来ない。無論、対策や傾向などを知ることさえ出来ない。

 馳せていた思いを現代に取り戻したセイギは、現在の袋小路に内心でため息を吐く。


「これじゃあ調べようもないじゃないか」


 セイギの悲鳴のような不満の声が上がる。


「そうでもないかもしれないぞ」

「え?」

「え?」


 そんな環境にグレンは一石を投じた。その波紋は広がりセイギ、リックが呆けたような声を漏らした。


「まず一つ。ユノーの言葉には人を強制させる力があること」


 思えばその兆候は三度見られていた。グレンが一度、リックが二度、ユノーの言葉に従って己の思惑とは図らぬ行動をしていた。


「お嬢ちゃんはどう感じた?」

「ボクはお嬢ちゃんじゃない!」


 リックが腕をぐるぐる回してグレンに攻撃をしかけた。しかし、グレンは片手でリックの頭を押さえ、涼しい顔でリックの頭頂部を見下ろしている。そのグレンの余裕そうな態度にますますリックの腕の回転は速くなるが、それも無駄なことだった。

 まるでアニメや漫画の一場面かのような光景に、セイギは一瞬クスリと笑った。その声が聞こえたのかじゃれ合っていた二人が一斉にセイギに視線を向ける。


「な、なんだよ」

「いや、別に」

「なんでもないよー」


 セイギは未だに表情を伺っている二人に対してばつの悪そうな表情で会話の先を促した。


「いいから、話を続けろよ」


 その心情をわかっているのか、二人の表情はなにやら穏やかである。


「先!」


 怒鳴ったセイギの声に焦ったのはリックだけで、グレンは相変わらず余裕な表情だったのが気に食わなかった。だがそれも今更といった感が強いだろう。


「あれは……」


 リックが慎重な面持ちで語り始めた。


「なんて言うか、逆らっちゃいけないっていう感じ……かな?」

「なるほど」


 グレンが納得したように頷く。


「私の場合はそうだな。あの言葉に従うのが当然、といった感覚を覚えた。逆らうのは出来なくもないが、かなりの苦痛を味わうと思う」


 その言葉に理解を示したのか、リックが同意を示すように首を上下に振る。


「それで【死神】くんはどうだった?」

「俺?俺はなにも……」

「ふむ」


 グレンが左腕を胸の前に抱え左の掌に右肘を乗せる。そのまま右手の人差し指と親指で顎を撫でる。いわゆる考えるポーズそのものである。


「私たちと【死神】くんの違いは何か」

「え、違い?」


 リックが教育テレビの子供のように素直に聞き返す。まるで示し合わせたかのように自然なやりとりであったが、リックが相手ならばそれも仕方がないとセイギはなぜか納得した。


「性別は――グレンさんとおんなじだし、年齢――は大体ボクと変わらないし……」


 これが本気でやっているのならば、コイツのおつむはどうなっているんだとセイギは本気で頭を抱え込みそうになった。最も分かりやすい違いがあるというのになぜそれに気が付かないのか、と。


「【称号】」


 答えを探すリックにグレンが答えた。


「【称号】?」

「そう、【死神】という特異な称号が関係しているんじゃないかと思えないか?」

「【死神】……、【異号】……、逆らえない……、従わないといけない……、逆らえなくはない……、当然……、【死神】……ん?」

「なんとなくわかったかい?」

「え、多分……でも……。あ、そうか……」


 二人でなにがしかの答えを導く中、セイギだけは一人置いてけぼりを食らっていた。


「なに二人で納得してるんだよ」


 不満げなセイギの表情とは対照的にグレンの顔は冷静で、自らの見解を紐解くように述べる。


「【死神】くんは命令といったら何を思い浮かべる?」

「は?命令?」

「そう。命令だ」

「いきなりなんだよ。……命令か。命令って言えば、そうだな、軍隊とか、王様ってイメージだけど……」

「そう。それだ」

「それ?それって……王様?」

「王、あるいは神。これが私の考えるユノーの【称号】だ」

「王か神?いきなり突飛じゃないか?」

「そうでもないと思うよ」


 最後に口を挟んできたのはリックだった。グレンのこの理論によほど納得したのか、その言葉にも力が籠っている。


「ボクとグレンさんが従ってセイギは従わなかった。これはユノーの言葉が効くのが、セイギより下の地位の人間に限るからだと思う」

「だから王と神なのか?他にもっと条件とか色々あるんじゃないか?いきなり決めつける必要だってあるわけじゃないし……」

「セイギ、落ち着いて」


 真面目な表情でリックがセイギを正面から見据えていた。

 セイギの心の中でざわめいていたものが、やや静まっていく。


「【死神】くんの情報は広がってはいる。ただしそれはごく一部においてだ。それがどこかわかるかい?」

「質問はもうやめろ」


 回りくどいグレンの解説にセイギも流石に辟易とし始めていた。グレンもその冗長さを悟ったのか、軽く納得したようにそうだね、と頷いた。


「最初に情報が集まるのは諜報部。続いて軍内部、そして王族。次にギルドで最後に一般の市民だ。今は大抵軍内部か王族で情報は全て伏せられている段階だろう。これはなぜかわかるかな?……っと、質問は駄目だったか。それじゃあ続けよう。現在は【死神】の価値、あるいは戦力が分析されている段階だ。大したことがなければわざわざ知らしめる必要はないからな。そして私たちは逆に価値、戦力を示すために竜殺しを行おうとしている。これはいいね?」

「おう」

「少し話は戻るが、この情報が公開されている範囲というのが重要だ。【死神】の情報は秘匿されている。それにもかかわらずにその情報を持ち得ていた」

「少なくとも諜報部、軍、王族のどれか……」

「そう。その中で人を従えるとすれば軍人、王族、あるいは――神」

「神……」

「国に関係なく否応なしに人を従えることが可能だとすれば無理矢理にで言うと王、そして神だ」


『これが【死神】の――』

『試して――』

『【死神】として初めての――』


 不意にセイギの頭を過ったのはユノーの言葉。それは当然不可解なものだ。しかし今のセイギにはその意味がわかるような気がした。だからこそグレンへと尋ねる。


「【称号】をコピーする【称号】はあるのか?」

「あるわけがない」


 対するグレンの言葉は早かった。それは断言というよりも何か別の、強いて言うなれば願望にも似た言葉だったのかも知れない。


「あるいは……」

「あるいは?」

「いや、なんでもない。気にするな」


 疑問符を頭に浮かべたセイギとリック、なにかを憂慮したグレンの表情が残されていた。

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