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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
81/104

81.罪の意識

「え、セイギ?」


 リックが呆然とした声で呟いた。困惑しているのか、恐怖しているのか、悲嘆に暮れているのか、現実感がないのか、あるいはそのすべてか。 現実味のないその光景を眺めてリックは硬直した。


 人が死ぬ光景を見たことがないわけではない。病死、天寿、事故死。そんなものは世界に満ち溢れている。けれどそれは親しい人間の、殺意による死ではなかった。

 呆気ないほどに終わってしまったセイギの命が、【死神】であった存在の死が、リックの心を穿った。


 竜殺しもなさぬまま、"セイギ"との交流も十分に行われないまま、セイギは死んだ。つい先程まで会話していたはずの存在が肉塊へと化していた。


「これは……」


 愕然としているリックの傍ら、ユノーは自身の手を見つめていた。見つめている、というよりも訝しんでいると言った方がしっくりくるかもしれない。今しがたの行動の中に何か、引っ掛かりを感じたのであろう。けれどそのユノーの逡巡を鑑みていられるほど、グレンとリックには余裕はなかった。


「リック、行くぞ」


 リックの耳元でグレンが囁くが、リックは反応しない。腰が抜けてしまっているのか、立とうという意志さえ見えない。 グレンはリックを立ち上がらせることを諦め、肩へと担ぎ上げる。ユノーの一瞬の虚を突いてそのまま扉へと姿を潜り込ませる。


「待て!」


 ユノーが二人に声をかけるが、グレンは立ち止まることもなくその場から走り去った。


「……まあいいか」


 逃げ去る二人には大した興味はないのか、追いかけることもせずにその逃避を見逃した。所詮【異号】を持たない凡人であるせいか、グレンとリックは取るに足らない存在として認識され、放置されたのだ。 残されたユノーは自身の両手を見つめる。


「それにしてもこの力は……」


 そのユノーの言は、そこで途絶えた。代わりに口から零れるのは鮮血。


「……よぉ、ユノー。元気か?」


 ユノーの背後から聞こえるはずのない声が聞こえた。確かに殺したはずのセイギの声が。ユノーがゆっくりと後ろを振り向くと、何事もなかったかのように無傷でゆらりと立ち上がるセイギの姿があった。 そして吐血したユノーの胸には、カイザルの時のシーンの焼き直しのようにブロードソードが突き刺さっていた。


「……【死神】っていうのは、死なない能力もついているのかい?」

「知らないな」


 セイギの言葉に嘘はない。本人でさえその力の全容を把握していないためだ。しかしそれはユノーにとってはぐらかされているようにしか感じ取れなかった。

 そのことに対する激情は捨て置き、ユノーはその【異号】の力から現在の状況を分析する。傷は致命傷。このまま放置すれば死は免れない。【死神】の力が本物だとすれば死んでも生き返ることが出来るだろう。しかし【死神】の力は本物だろうか。もしも違っていたら?そもそもセイギが死んではいなかったとしたら? 出血がかさみ視界が狭まり始める。決断を下すなら今しかなかった。


「……どうやら僕はここまでみたいだね」


 ユノーがセイギに語りかける。それはまるで遺言のようで。


「ああ、そうだな」


 セイギはそれに素直に答える。目の前で消えようとする命に同情することもなく、その最期を見届けようとする。遺言や遺恨、後悔や懺悔ならば聞いてやろうと考えていた。聞いたところで何をするとも限らないが。

 そしてユノーの、最後の言葉――


「それじゃあ、またね」

「え?」


 セイギの予想に反した言葉に即座に反応することが出来ない。それはユノーがここで命を終わらせるつもりがないという意志の表れで。


「どういうことだ?何を――……」


 追及をしようとセイギが手を伸ばした先。




 ――豪、と。




 ユノーは業火に包まれるようにして消えた。そこには跡形もなく。


 ユノーの溢した血痕だけが、たった今の出来事を証明していた。






 * * *






 セイギが外へ出ると、そこには完全に力を失った状態のリックと、それを支えるグレンの姿があった。

 セイギが近づく音に気が付いたリックはゆるゆると顔を上げ、そしてその視界に入る姿を認めた瞬間、様々な感情が一挙に去来した。


「え、あ、……うそ」


 リックの眦に雫がこみ上げる。安堵の表情なのか、その顔は綻びそうな、くしゃくしゃと形容するのが適切な表情だった。

 少なくともそれは好意的な反応であり、セイギはそのリックの反応に照れてしまった。もちろんそれを隠すようにはしていたのだが、やや口角が上がっていることを見ればその心情も容易く計れた。


「心配、かけたな」


 言葉数が少ない。不用意に口を開けば余計なことを口にしてしまう、それはセイギにも分かっていた。だからこそのこのぶっきらぼうな態度。

 頬を人差し指で掻いているのは照れ隠しの一環であり、手持ち無沙汰であることを回避しようとした行動の結果だ。時折リックに向ける視線がセイギの青臭さを尚更に強調する。


「……リック?」


 こうして照れ隠しをしていたセイギだが、一切の反応がないリックに対してセイギは疑問の声を投げかける。


 リックは表情を伏せ、肩を揺らしていた。

 泣いているのだろうか、セイギはそう思った。


「どうし――……」


 リックを慮ったセイギの言葉は続かない。



 ――ドンッ。



 リックが身体ごとぶつかるようにして、セイギに飛び込んだ。


「よかった」


 リックの小さな身体はすっぽりとセイギの中に納まってしまった。本当に、小さな身体だ。

 リックの声は震えている。声と同調するように肩も、全身も、震えていた。


「本当に、よかった」


 そう言ってリックは正面からセイギを見据えた。その顔には滂沱の涙。まつ毛も、唇も、細かく震えている。だがその表情は安堵したような表情であり、その柔らかな表情から心に伝わる何かを感じさせる。

 一瞬逡巡を見せたものの、セイギはそっと、その小さなリックの肩を抱きしめる。

 そのままリックは涙を拭うようにセイギの胸板に顔を押し付けた。


「大丈夫だから」

「――うん」

「ちゃんと、生きてるから」

「――うん」

「ここにいるから」

「――うん」


 リックの腕がセイギの胴体へと回り、そして強く抱きしめる。ギュッと、離してしまわぬように、強く、強く。


 互いの存在を確かに、強く感じられるように。



「セイギ」


 リックはセイギの胸元にうずめていた顔を上げながらセイギの顔を見上げて名前を呼ぶ。


「うん」


 セイギは答えながら、リックの髪を優しく撫でる。手触りは柔らかく、まるで絹を通すような感触。時折触れるその目立つ猫耳はふわふわとした感触で、いつまでも触れていたいような幸せの手触りであった。



 ――まつ毛、長いんだな。



 セイギはそんなことを思っていた。







 けれどその片手には、未だ離れぬ妄執が抱かれていた。

あれ……?

リックがヒロインになりそうなんだけど……?

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