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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
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8.その代償は

 セイギが恐怖に打ちのめされてから丁度一週間。


 セイギは心の安寧を取り戻していた。

 実際のところは戦々恐々としながらの生活であった。



 リズに抱かれて赤子のように泣き喚いたためか、夢の中でもあのフラッシュバックが起こることはなく、それゆえ過換気症候群の発症もなかった。だが、リズに心配されたせいか、対処法であるあの巾着を常に持たされていた。


 持たされていたと言うが、全く屋内から出る様子のなかったセイギはそれを常に食卓の上に置いていた。

 そんなセイギが部屋の中で何をしていたのかというと、室内にあった本を延々と読み続けていた。

 正直外出する気も起きず、かといって屋内ですることもなく、それでいて家長を差し置いて延々と眠るという選択肢も選べなかった。



 一方のリズはというと朝はセイギと自身の食事を作り、その後は外出。外出の後には常に野菜や薪、何に使うのか草などを持ち帰ってくる。そして二人分の食事を作ると草を擂り潰したり編み物をしたり洗濯や掃除をこなしていた。


 こうして見るとセイギが何もしていないようにも見えるが、そこは流石に居候、肩身の狭い思いをしたくないためか、食後の食器洗いと、軽い掃除の手伝いはしている。逆に言えばそれしか出来ていない。

 基本的にお客様扱いされているセイギが手伝うことを、リズが良しとしていないせいだ。これでもセイギは誠意を見せようと努力した結果なのだと理解して頂きたい。


 現在セイギが着ているのは麻で作られた荒いシャツの上にどこぞの木こりの着るようなジャケット、そしてダボダボのズボンと見るからに情けない格好で、その上少しばかり……分かりやすく言うとじじくさい。

 これはリズが取り出したもので恐らくリズの父親かそれ以上の者の使ったものだと推測できた。始めにこれを着たセイギを見てリズが大笑いしたのはまた別の話だ。



 そんな生活の中で大きな変化があった。


 セイギは肉を食せなくなったのだ。


 始めこそおかわりする調子で何ら問題なく口にすることが出来ていたセイギであったが、その次の食事から徐々に違和感を感じ始めた。その次の食事からは無意識に肉を避けるようになりはじめた。更にその次の食事からは食べたとしても全て吐いてしまうようになった。

 幸いそれ以外の食事は問題なく行えるため、今でも空腹を覚えることもなくこうして健やかに過ごすことができている。


 リズも初めはセイギが病気にでもかかったのではないかと心配していたが、原因を理解した今ではそんなセイギに合わせた食事を作るように気を使うようになったため、問題なく食事を済ませられるようになっていた。



 リズはその症状を踏まえ、こう考えていた。


 セイギは"死を連想出来ない"のではないか、と。


 始めにセイギが過換気症候群を発症したのはリズの調理中だ。まさに肉を捌いているところだった。それがセイギの視界に入り、死を連想したセイギが発症したのだと。

 それに加え現在の肉を食すことの出来ない現状。リズがセイギの障害をほぼ確信した。


 厳密に言えばそれに加え、"命を奪えるもの"もそれに当てはまっていたが。



 そんな生活を続けるなか、セイギは言語を習得する楽しみを覚えていた。昨日通じなかったことが今日は通じるようになる。今日分からなかったことは明日分かるように出来る。そして何よりもリズとの会話が出来るようになると言うことが何よりも喜ばしかった。


 この一週間でセイギの語学力は大幅に向上していた。

 一言も話せなかった赤子以下の子供が、既に小学生校高学年程度の会話が可能となっていた。

 相変わらず辿々しく、つっかえつっかえで理解できない単語が多々有るものの、日常の会話は出来るようになったことは大きな進歩とも言えることだろう。



 現在セイギが読んでいるのは【称号】を主題に取り扱った勇者の冒険譚であった。

 この頃になると既に【称号】と言うものがどのようなものか把握出来始めていた。


 即ち誰もが持ち、絶対的な、言い換えてしまえば"運命"とも言えるものであった。

 そして【称号】とは実際にこの世界に存在するものであり、それが世界の常識であると。



 セイギは朧気ながらその事実を確信し始めた。『ここは異世界だ』と。


 本来であれば取り乱すところであろうが、なまじ自分が殺害されたという事実を図らずも受け止めてしまったため、『まぁ天国みたいなもんか』と受け止めていた。

 悟りとは斯くや、とも言うべきだろう。



 セイギはその頃に考えていた。異世界から来た自分には【称号】はあるのだろうか、と。


【称号】とは生まれた際に与えられるものだという。しかし、セイギはこの世界で生まれた訳ではない。

 その反面【称号】は普くものに与えられるという。それならばセイギも【称号】を持つことになる。


 この矛盾した二つの特性がどちらに転ぶのか、今はまだセイギには判断する材料がなかった。


 ついでに言えば、セイギの存在は研究者にとって垂涎ものであった。セイギに【称号】が与えられるかどうかで古来よりの仮定が覆るかもしれないからだ。




 セイギはまだ知らない。

 セイギに与えられる【称号】がなんなのか。


 セイギは予想だにしない。

 その【称号】の及ぼす、悲壮な未来を。

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