79.Black & White
――規格外。
並外れた存在のことをそう称する。運動能力然り、知識量然り、魔力然り。
そして目の前でせせら笑いをしている存在もまた、その内の一つであった。
――不死。
それは理を外れた化物。あるいは世の異物。世界の道理に逆らい倫理を歪めた外道。
「さァ、どうするゥ?【死神】さんよォ!」
カイザルの咆哮が部屋を波で埋める。その声はノイズがかり音割れを起こしているようにも聞こえ、えらく耳へと障り精神に響く。
「【死神】ッて言うのも大したことねェなァ!」
カイザルの嘲笑はセイギに向けられる。本当に笑っているのか、失望しているのか、それはセイギには分からなかった。何処と無く安堵しているように見えたのは、セイギの勘違いだったのだろうか――
「これじゃァ俺様がわざわざ出向く必要なんてッ――……」
続いての絶句。外因から来る意図せぬ黙秘。
突如現れたロープが首をくくり、天井へと勢いよく吊り上げられるカイザル。それは気道を圧迫するというよりも、頸椎や脊髄を破損するような強い力。
ブラブラと中空に揺られる身体。それはまるで振り子のように規則正しく左右へと揺られていた。 それは決して正道とは言えない不意打ち。当然のごとくそれはセイギによるものであった。本来であれば非難の対象ともなりえようその行動ではあるが、今は誰しもがその行動を咎めはしない。それも当然だ。カイザルに好意的な感情を抱いていたものはその場に一人もいなかったのだから。 非難できるとするならば、当然その被害者一人だけ。
「……俺様が話してる途中だッて何回言えばわかるんだ、ォおい!」
発声器官が停止させられているはずなのに、その声はどこから漏れ出してきたのか。
カイザルの首を縛っていたロープが引きちぎれ、何事もなかったかのように地面へと着地する。その獰猛な目をセイギへと叩きつけ、嘲笑を浮かべていた表情は完全に引き剥がされていた。
正直なところ、セイギにとってはその表情の方がずっとやりやすいと感じたことは、言うまでもないことであった。
「殺す。お前は本当に殺す!」
カイザルの周囲の空気が歪む。黒く淀んだ瘴気が大蛇のようにとぐろを巻き、まるで生きているかのように蠢きその大きさを徐々に増していく。
――ォォォオォオォォォオオ。
どこからか、怨嗟の声がした。
その声は地面から、空から、隣から、後ろから、体の中から、あらゆる場所から響いてきているようであった。
ありとあらゆる場所から生者を呪う声が溢れかえる。その場に生きていたものがいる限り、必ずそこには死者がいる。それは当然のことだ。人々はただ、過去の死した存在など知らぬだけ。気付かぬだけ。取るに足りない些事なだけ。
死ねばすべてが土へと還る。それは道理。死者の礎に生者が栄光を築く。死ねばすべてが終わり。終わらなければならないのだ。それが本来のあるべき姿。
だが今、世界は歪んでいた。
目の前の男の存在によって。
――セイギの腕の中で、リズがその身体を揺らしたような気がした。
「ひはははははははァ!死ねェ!死ねェ!」
その言葉がトリガーとなったのか、蠢いていた黒い影が一斉にセイギへとまとわりついた。それは影でありながら実体を持ち、不定形でありながら一つ一つの殺意を形へと変える。
それは人の拳であり、それは蛇の牙であり、それは馬の脚であり、それは蜂の針であった。そして時にはそれはナイフの形をしていることもあれば、槍の形をしていることもあった。
「―――――――――――ッ!」
悲鳴を上げていたのは誰か、怒声を発していたのは誰か、嬌声を上げていたのは、呪詛を唱えていたのは、歓声を、嗚咽を、怨嗟を、怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を怨嗟を 。
『コロシテヤル』
走る激痛の中、誰が呟いたのか、セイギの耳にその言葉はとても大きく聞こえた。
それは一瞬の出来事だった。セイギを覆っていた黒い靄はその残滓を僅かに残しながら中空へと消え、夢幻であったかのように霧散した。
激痛を堪えながら顔を上げたセイギの前にカイザルは変わらずにそこに立っていた。そうセイギが思ったのもつかの間、違和感がセイギの中に沸き起こる。
「ううううゥゥゥううゥ!!」
カイザルが大きく上体を揺らしている。それはまるで何かを振り払おうとでもしているかのようであった。しかし何かを振り払おうとしているのならばもっと優先して使用すべき部位があるはずだった。
腕が。カイザルの肩から先、そこに存在している筈の腕が消失していた。
「なんだよこれはッ!!ざッけんなよ【死神】がァ !!」
カイザルの瞳には憤怒が見える。死すら恐れぬ不死の存在が、未知の力に怯える自身を隠すように怒りを振り撒いていた。
「こんなセコい真似すんじャねえ!」
その言葉にセイギは困惑を隠し得ない。なぜならばその現象にセイギは一切関知しないからだ。
そしてセイギに限らず、グレン、リックも同様の困惑を抱いていた。そしてその二人はその現象がセイギによるものだと思い込んでいた。理解を超えた現象の一端は少なからず【異号】によるものだという確信があったからだ。
「ふざけるなふざけるなふざけるなァ!!俺様を舐めるんじャねェ!!」
そう言うカイザルの足も既に消えかけていた。そしてほとんど胸像のような状態で宙に浮いている。それは言うなればまさに≪死霊≫を体現したものであった。
部屋にはカイザルの声だけが響く。怒声、罵声、部屋を埋める声は尽きない。まるで堤防が決壊したダムのように濁濁と言葉の波が押し寄せる。
その混沌の中、決して大きくはない声が、しかし絶対的に不可侵の声が。
「うるさいよ」
――世界を占領した。
いつからそこにいたのか、狭い部屋の中に一人の青年が立っていた。
目を引く純白の髪。紅玉のような深紅の瞳。いわゆるアルビノと呼ばれる色素の薄い体質を持って生まれた存在。自然淘汰されてしまう筈の、虚弱な存在。
しかし彼はそんな言葉では言い表せない何かを持っていた。何処にも居ないようにすら思える希薄な存在感。それにも関わらず何者にも犯されない不可侵の神聖さを保持している。一瞬でも目を逸らしてしまえばその瞬間に立ち消えてしまいそうな、それでいて目を離すことなど出来はしないような存在感。そんな矛盾を内包したその姿形。
「だッ、誰だお前はッ!!」
カイザルの声が響く。既にカイザルの身体は首から下は全て消失してしまっていた。カイザルの顔に走るのは焦燥の感情。無理解の先にある事象に対する恐怖が見え隠れしている。
そんなカイザルの声も、ただ不快にしか思っていないのか、白髪の青年は表情を歪ませる。
「うるさいって、言ったよね?」
「な、何を……」
青年は手のひらをカイザルに向ける。そのまま何かを握り潰すように力強く拳を形作った。
「や、やめ―――……」
それがカイザルの最後の言葉だった。尻切れに言葉尻は途切れ、まるで始めからそこには何もなかったかのように虚空が広がっているだけだ。
白髪の青年はセイギたちの方へ振り向いた。警戒心を抱いていた筈の三人であったが、何故かその人物に対しては警戒心を抱けなかった。向けていた敵意が気が付けば消失してる。
「……お前は」
そう口にしたセイギに青年は微笑みながら人差し指を口の前に添えた。黙秘のジェスチャー。
「僕は君に、会いに来たんだ」
青年はセイギの視線を正面から受け止めながら、そう言った。
更に新しい登場人物……
カイザルさんェ……
カイザルさんに続いて容姿がセロリみたいなキャラが登場するという^^;




