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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
78/104

78.ギタイ

「なんだその目は」


 男は煽る。

 一般的な高校生しかしてこなかったセイギにとって、その視線は決して生易しいものではなかった。しかし、セイギの経験してきた残酷な現実、そして過ぎた力がセイギを怯ませることなく強く上へと押し上げている。

 正眼から捉えたその男は、やや茶けた橙の髪を持ち、鋭く吊り上ったそのまなじりはあらゆるものを拒絶しているかのように見えた。身長はセイギがわずかに見上げる程度の高さであり、威圧感を感じるほどのものではない。正直に言うと、セイギはなぜこの男を恐れたのか皆目見当もつかなくなっていた。

 けれどもそれはセイギにしか当てはまらなかった。セイギの前に出るように剣へと手を添えているグレン然り、セイギの袖を握り続けるリック然り。

 セイギの異常性の前には劣るが、眼前の存在だとて十二分に異常な存在であった。


 クルン――そう音を立てそうな勢いで男の右目が回転した。その反面、左目はセイギをとらえ続けて離さない。


「ひっ!」


 セイギの陰に隠れるようにしていたリックの悲鳴だった。リックではなくとも、その非人間的な動きは嫌悪感を募らせるには十分すぎるほどに十分であり、それは袖を掴まれていたセイギにとっても同じであった。

 リックの悲鳴が起点となったのか、男はようやくリックの存在に気が付いたかのように胡乱げな視線を向けた。


「なんだァ?女ァ?」


 しかしリックはその言葉には反応できない。普段であれば即座に否定するような言葉であっても、それ以上に気にかけるべき点を見つけてしまったかのように硬直している。

 そのせいか、リックの表情はさらに悪化をたどり、蒼白から真っ青へと切り替わった。唇の端は震え、目には涙が浮かびあがっていた。そんなリックの表情を見てもセイギはからかうことなど出来なかった。リックのその感情は痛いほど十分に分かっていたから。


「あ、あなたは……」

「あん?」


 そんな怯えを露わにしていたリックであるが、その感情を押し殺してまでも言葉を発する。男にとって取るに足りない存在でしかないリックの言葉は、本来であれば痒さすら感じない些末なものでしかないはずだった。だからその口を封じることも、無視することもしなかった。……いや、出来なかった。


「し、【死霊食い】……?」

「ォ?」


 ――【死霊食い】。死霊を思うがままに操り手足のように使い、時には自身の生命力へと変換する【異号】。そこに死霊がいる限り、その力は無尽蔵である。時にその力は竜に並ぶ程に驚異的な存在となる。


 三人の目の前にいるのはかつての戦争で≪戦場の死神≫の名を冠した者、カイザル・グェミアン、その男である。


この姿(・・・)になってからすぐに俺のことを見抜いたのはお前が初めてだなァ」


 カイザルの羽虫を見つめるような視線はようやく哺乳類を見つめるような視線へと変わった。しかし、それでも相変わらず獲物を捉えていることに変わりはない。


 そしてカイザルの言葉。これは最もなことだった。かの戦争と言うのも軽く30年は昔の話である。例えカイザルが十歳になる前に戦場へ赴いたとしても既に四十手前。だがどうだろうか、目の前の存在は二十代前後。下手をすると十代でも通用するかも知れない。

 そんな事情を露とも知らないセイギにとってはその相手の異様さを差し測る指標にはなり得なかった。


「……何をしに来たんだ?」


 グレンの声は固い。この不測の事態に心底困窮しているような様子であるのがありありとわかる。そもそも部屋に駆け込んできた時点で冷静を保てていなかったこともそれを裏付けるものの一つである。


「何って……ねェ?」


 その視線は一か所へと収束する。左目は直線的に、右目は楕円を描くように回転しながら。そしてその視線が収束する先、セイギがいた。


「流石にペラペラ喋るほど俺様もアホじゃないぜェ?」

「それは残念だな」


 いつもの如く軽口を叩くグレンであったが、そこにはやはりいつものようなキレのあるものではない。辛うじて口にしたその言葉は、逆にその余裕さのなさを露呈させていた。グレンもそれに気が付いていたのか、表情を引き攣らせるように顰める。


「俺様の用事は一つだけだ。邪魔しないんだったら見逃してやるぜェ?」


 ――嘘。


 それは見事なまでに露骨な嘘であった。自身の存在の価値を知りつつ、弱者を甚振いたぶるための手段。

 お遊戯にも似た人の命を弄ぶための言動。

 そしてそれはグレンも、リックも、セイギですら悟っていた。この目の前の狂人はそんな常識の通じるような性格ではないことを。


「ほらァ、さっさとおうちに帰んなァ」


 わざと神経を逆なでするような言葉を発する。それは決して成人した人間の取る態度ではない。あえて馬鹿にした態度を取ることで人間性を推し量ろうとでもしているかのように。いや、そんなことすら考えていないだろう。弱者をどん底まで突き落とし、そのまま踏み潰したいだけ。僅かな希望を見せた後に絶望を味あわせる醜悪な趣向。


 ニヤニヤと。


 クルクルと。


「死にたくはないんだろォ?」


 カイザルが祈りを捧げるかのように両手を掲げた。顔を宙へと向け、見えない存在がその先にいるかのような立ち居振る舞い。しかし、その右目は三人を捉えたままで離さない。セイギがその行動を訝ったその瞬間、地面から唐突に生えた腕が三人の足首を捕縛した。


「キャッ!」

「うわっ」

「くっ」


 三者三様の反応に満足したように嫌な笑みを頬に浮かべたカイザルは、さも道化がかった動作で上体を倒した。


「あーァ。早く逃げればよかったのにィ」


 言葉とは裏腹にその表情が沈み込むことはない。むしろ嬉々満面といった様子でせせら笑いを零す。


「じゃァ、誰から……」


 カイザルのその言葉は続かない。続けられない。強制的な断絶。絶対的な拒絶。


「ゴフッ!」


 次の瞬間にはノーモーションでブロードソードがカイザルの胴体を貫通していた。そしてそれは確実に心臓を貫いている。間違いなく致命傷。もしもその致命傷を回復する手立てがあったとしても自由に立ち回ることなど出来るはずもない傷だ。肺にも穴は開いているだろう。出血多量ではなくとも、呼吸を続けることが出来ずに絶命する可能性すらあった。

 しかしそんな傷を負ってなお、カイザルの眼光は衰えない。むしろ初めよりもずっと、より強靭で凶悪な光を携えてセイギを射抜く。


「……俺様が話してる最中だろうがァ」


 胸をつるぎで貫かれたことよりも、話を遮られたことに怒りを覚えているかのような口ぶり。

 その致命傷でさえ意に介したようではなく、胸を貫いたブロードソードの柄を掴むとずるずると引っ張り出した。不可解なことに体を貫いたはずの刀身には一切の血や肉片がこびり付いていなかった。そして血の一滴すら、零れ落ちていない。まるでその存在自体が虚実であるかのように。


 ――ゴトン。


 ブロードソードが床に投げ捨てられた。そしてそのまま黒い粒へと変わり空気に溶けるように消えた。

 三人はその異様な光景を見つめたまま、硬直していた。


 一人はすべての不可解な現象に怯え。

 一人はたおれない敵を恐れ。

 一人は自身の力に失望し。


「俺様は死なねェ」


 そんな言葉を失った存在に対し、カイザルはニヤリと口を大きく曲げて嗤った。

 

アク○ロリータみたいですね(ニッコリ


そげぶ!

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