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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
74/104

74.あたたかくてやわらかい

「竜殺しに連れていけって言われてもなぁ……」


 セイギの逡巡も当然であった。未だに名前しか分からない相手を連れていくなど、そう易々と出来る筈もない。そもそも、この旅路自体セイギの望んだものではなく、この行く末を見つめているわけでもない。実質手綱を握っているのはグレンだ。セイギが判断するような事項ではない。


「頼む。この通り!」


 リックは深く頭を下げ、如何にも平身低頭と言った(てい)でセイギに頼み込む。その姿にプライドは見受けられず、何を以てしてそこまでリックをそうさせるのかセイギは疑念を抱いた。


「頼むなら俺じゃなくて――」

「今日も逢引かい?」


 セイギの言葉を遮る剽軽な声。今まさにその名前を呼ぼうとしたタイミングに当の本人が登場したことに意図的な何かを感じながら、セイギはリックの背後に降って湧いたグレンの姿を軽く睨む。


「俺じゃなくてお前にだけどな」

「私にかい?」


 セイギが何を意図しているのか知ってか知らずか、グレンはとぼけたように首を傾げる。


「アンジェリカ・エフトスキーと申します」

「ああ、これはご丁寧にどうも。私はグレンダー・マオリです」

「厚かましいながらも、ボクを竜殺しにお連れ頂けないでしょうか?」

「いいよ」

「「えっ?」」


 リックとセイギは同時に驚愕の声を上げた。あまりの呆気なさに二人揃って拍子抜けをしていた。


「いやいやいやいや、おかしいだろ」


 そんな空気に待ったをかけたのはセイギだった。


「おかしい?何が?」

「普通は素性とか目的とか聞くもんだろうが」


 本来であれば認可を受けてグレンの言に満足するはずのリックでさえ、セイギの言葉に同意し頷いている。


「別に聞くほどのことでもないだろう」

「聞くほどのことでもないって……なんでそう言い切れるんだよ」

「そんなのは"見"れば分かるだろう」

「わかんねーよ!」

「それに、ほら、男二人むさ苦しいよりは全然華やぐだろ?」

「ボクは男だ!」


 聞き捨てならないとリックがその言葉に食い付く。黙っていれば問題ないはずのリックがそうした態度を取ることにグレンは苦笑を隠し得ない。


(若いなぁ)


 若人たちがやいのやいのと騒ぐのを余所に、グレンはその少女を眺めた。



 ――アンジェリカ・エフトスキー


 この村――ほぼ町と言って差し支えないが――の領主、ヴァンドリエ・エフトスキーの一人娘だった(・・・)

 最近妻ではない(・・・・)女性から嫡男が生まれたと専らの噂だ。後継者問題とは難しく、基本的には男児が優先される。本来であれば家督を継ぐのはこの少女であるべきだった。それが唐突に現れたポッと出の親子にその地位を脅かされるのである。それをどうして容易く認められようか。


 グレンは再び少女を見やる。少女に灯るのは何としてでもやりとげようという強い意思、あるいはおぞましいまでの野心。活発な装い、言動とは裏腹に楚々とした一面を覗かせる。そして正義感が強い。そんな彼女の地盤とは当然噛み合う訳もない大きな野心。それは整然とした少女の中では違和感を露骨に浮き彫りになっていた。話を聞くまでもない。


「きっと聞かれたくない事情もあるんだよ」


 まるで上滑りするような空虚な言葉。あまりの嘘臭さに笑いが出そうになる。実際、セイギは眉を潜め、リックは小首を傾げる。


(おいおい、お嬢ちゃん。そこは頷くなり何なりしなよ)


 心の中で密かに突っ込みを入れる。

 未だにぶつぶつと文句を続けるセイギと苦笑いでそれを宥めるリック。この二人が掛け合わされることでどんな反応が起こるのか、興味半分、恐怖半分でグレンは期待していた。願わくばそれが上手く転がることを祈って。


(それにしてもまぁ、面倒だな)


 こうしてアンジェリカ・エフトスキーの【死神】一行への参画が決定した。



 * * *



「え?ノック?二回しかしてないけど」

「取りあえず手を見せて貰えないか?」

「やだよ」

「頼むよ」

「(頼むんじゃなくて命令すればいいのに)」

「何か言ったか?」

「なんでもなーい」


 セイギとリックがじゃれ合うように言葉をやり取りする。しかし当人たちは至って真剣だ。


「いきなり手が爆発したりしないよね?」

「お前は人を何だと思ってるんだ」

「え、【死神】でしょ?」

「……本当に爆発させてやろうかな」

「ええっ!?」


 ボソリとセイギの呟いた不穏な言葉に、リックは差し出した手を慌てて引っ込める。まるで愛おしいものを守るように大事そうに抱え込んだ。耳は後ろに倒され、恐怖の感情を如実に語っていた。


「あー、ハイハイ。嘘だからさっさと手を出してねー」


 セイギは一層面倒臭そうな声でリックへと告げる。そのセイギに態度にリックは不承不承、嫌々ながらも手を差し出す。それを取ろうとセイギが手を差し出したが、その挙動に驚いたリックが文字通り跳び上がった。


「なんだよ……」

「おっ、驚くじゃないか!心の準備と言うものがあるだろう!」

「いちいち騒がしい奴」

「君が考えなさすぎなんだよ!」


 そう言ってリックは深呼吸一つ入れ、恐る恐る手を差し出す。それを問答無用で取り、セイギはまじまじと観察し始める。

 少し硬い皮にかつて負った傷のあと、(しな)うように繊細さを感じさせる指先。そして何よりも暖かく柔らかな感触。それを通して懐かしくも悲しい思いがセイギに去来した。


「――どうしたの?」


 セイギの耳に届いたのは記憶とは異なってやや高い声。その声にセイギは意識を取り戻す。


「あっ、悪い。何でもない」


 慌てて握っていた手を離す。セイギの手からは急激に熱が奪われ、思わず凍えるような錯覚に陥った。そんな馬鹿な、そう思いつつ、手から零れた熱源を探して指先は小さく震えていた。

 そんな様子のセイギを訝んだリックが眉を潜める。


「ちょっと、いかがわしい考えはやめてほしいな」

「なっ!?バカか!誰が貧弱なガキに欲情するか!」

「【死神】くん、盛るのは良いけどそういうのは他所でやってくれ」

「話がややこしくなるからお前は入るな!」

「ガキって、君も同じような歳じゃないか!」

「少なくともお前よか年上だ!」

「へー、【死神】くんは年下趣味なのか」

「いいから黙れ!」

「いいや、ボクは黙らないよ!」

「お前じゃねーから!」


 繰り広げられる馬鹿騒ぎ。乱痴気な空気にセイギの抱いていた感情は霧散し、リックに潜んだ恐怖は立ち消えた。グレンは茶化すように二人を眺め、その反応を些細ながらにも楽しむ。

 決して望まれた一団ではなかったが、それはそれで上手く纏まりを見せ始めていた。例え上辺だけであっても、その繋がりは決して偶然でもなければ必然でもない。それぞれが選び取った一つの選択肢。

 旅路に始めて光明が見えた、その瞬間であった。



 ――それを睨むようにして眺め、血に(まみ)れた拳を握りしめる姿があった。

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