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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
69/104

69.五月雨

 夜も更けようと空には太陽の光が微かに満ちつつあった。

 一晩の不寝番を終えようとする頃、セイギとグレンは黙して座り込んでいた。御者がおよそ三時間、セイギとグレンで五時間ほどの交代制だ。寝ずの番の具体的な方法を聞き学んだセイギは、グレンのアドバイスに従って立ち上がり準備体操を始める。眠くなった際には身体を動かすのが最善だというのだ。実際、セイギの眠気は準備体操を実施することで少しばかり遠ざかったのを実感する。

 完全な夜明けまではあと一時間。それまではこの苦行を続ける必要がある。眠気もそうであるが、こうして無言でグレンと共にいることは、少しばかり心に負担を与えていた。


 セイギにとってグレンは苦手な人物であることは確かであった。

 直接的に戦えば間違いなくセイギが圧勝する。ただし、その場合はグレンは生きてはいない。グレンを殺さずに勝つというのは、逆にセイギにとっては無理難題である。この一晩でセイギはそれを強く実感した。馬車に寄ってきた獣を軽く蹴散らした。それは一瞬の出来事であり、セイギも驚くような手腕であった。その中には戦士としての歴史が垣間見え、今までとは異なった視点でグレンを見るようになった。とは言えど、グレンを見るフィルターが外れたわけではない。相変わらず何を考えているのかわからないように誤魔化している態度、セイギを見極めるようにして見つめる視線、不意に放たれる強い言葉。そのどれもがセイギには苛立ちと不安を覚えさせる。

 こうして黙っているのもグレンのことを苦手に感じている証拠であった。



 変化は突然だった。グレンが唐突に立ち上がり、地面へと置かれていた剣を手早く抜く。その行動にセイギは目を丸くする。


「起きろ!敵だ!ボケっとするなよ【死神】!」


 不寝番も終わりかけ気が緩んでいたセイギに叱責が飛ぶ。その声にセイギは身を身を竦めるが、唐突に肩に走った激痛で意識は完全に覚醒した。


うぅ!」


 矢尻は完全に肩の肉に食い込んでいる。無理やり外そうとすればその周囲の肉を巻き添えにして更なる激痛が走るだろう。セイギはゴクッと喉を鳴らし、覚悟を決めて矢を掴む。そのまま勢いをつけ、一気に引き抜いた。


「――っ!!」


 悲鳴を上げなかったことは奇跡のようなものだった。走る痛みは精神を侵食し、脳へと危険信号を発信する。だがセイギはそれ以上の痛みを知っていた。ただそれだけがこの奇跡の理由であった。

 矢は単発では収まらず、複数の矢が執拗にセイギとグレンを襲う。グレンはそれをいなして躱す。その矢の合間を縫って攻撃を仕掛けようとしているが、その弾幕に思うように動きが取れない。一方のセイギはと言うと、当然の如くそれを捌いて躱すことなど出来るわけがなかった。腕や足には既に数本の矢が突き刺さっている。それでも必死に矢の雨に抵抗する。急所だけは完全に庇いながら、セイギは森を眺めた。矢を撃つ者がどこかに潜んでいることは間違いがない。けれどその姿は完全に森に溶け込み、探し出すことは困難を極めるものだった。

 しかしそれはセイギにとってなんの意味も持たない。襲い来る者たちは確実にそこにいて、潜んだ悪意を向けている。確実にそこにいることは分かっている。――それだけで十分。

 樹木が次第に瑞々しかったその葉を枯らせ、季節外れにも急速に茶に染まり始めた。力強かった枝は力を失くしそのこうべを垂れる。まるで早送りにも見えるそれは、決してそんな穏やかなものではなかった。その変化を鋭敏に感じ取った虫や鳥たちが辺りから一斉に飛び出し、まるで森を捨てるかのように逃げ出す。まるで森と同期するかのように次第に矢の弾幕が薄くなり始め、それから幾分も経たずに隠者達がその姿を顕にすることとなった。


「――っ!!」


 その尽くが口元を抑え、新鮮な空気を吸い込もうと必死に大口を開けて呼吸を繰り返す。本来は顔を隠すためにしていたであろう口布は取り外され、その容貌は完全に露見している。しかしそれも結局は無駄な行為でしかなく、最後には血反吐を吐いて倒れこむ。ゼイゼイ、と息を切らす声が四方から漏れる。それは命の最後の足掻き。最期の命の息吹き。

 襲撃者達はその瞳の色を仄暗く変えながらセイギを見つめていた。物言わないその視線に対し、セイギは何も言わず視線を反らした。



 * * *



 流石に幾本もの矢を引き抜くことは出来なかった。痛みのこともあるが、それをしてしまえば失血死は免れないだろう。しかし刺さったままというのもどうにも具合が悪い。

 そんなセイギの様子を伺ったグレンは何してるんだ、と声をかけた。


「別に」


 矢の刺さったまま反抗する態度は、勇ましいながらも些かシュールな光景であった。

 グレンはハアとため息をつくと、物言わぬ死体に目を向けているセイギの背後へと回り込み、遠慮なく延髄に手刀を叩き込んだ。



 次にセイギが目を覚ました時、セイギは馬車に揺られていた。昨日とは打って変わって物静かな道中だ。既に矢はすべて抜かれてる。それどころか怪我の一つさえ残っていない。当然セイギはそれに違和感を覚え、目の前に座している男に問いつめるのであった。


「おい」

「ああ、起きたんだね。よかったよかった」


 セイギの剣呑な様子に気付いてか気付かずか、グレンは軽く返事をする。そこには決してセイギを心配していた様子など一切見受けられない。所詮それは表面上の言葉に過ぎない。それがセイギの精神を逆撫でする。けれどセイギはそれをグッと堪え、グレンに問いかけを続ける。


「何かしたのか?」

「別に何も」


 返ってくるのはいい加減な言葉。期待したわけではなかったが、やはり腹立たしいものは腹立たしい。


 セイギが生きている以上、その時間は巻き戻らない。セイギの五年分岐の成長がそれを裏付けている。

 何となく嫌なことを想像したセイギはすぐに口を噤んで黙した。何かしたのか、その答えは決して治療などではないだろう。そしてその想像は百点満点の完璧な解答である。ある意味口を噤んで正解だったのかもしれない。


 苦虫を噛み潰したような表情のセイギに横から声がかけられる。それは実に剽軽で緊張感の一切もない。


「いやあ、柄の悪い連中だったね」


 グレンの横には何かが詰められたような袋が転がっている。無造作に置かれたそれは大した袋ではないはずだが、何故か不気味な存在感を放っている。意識してみると何故か生臭さ、鉄臭さが際立つ。


「ああ、これかい?これは――」

「いい。言わなくていい」

「これは盗賊どもの首だよ」


 嫌がらせなのか、グレンはセイギの制止の言葉を一切聞き入れず、その袋の中身を明らかにする。それを意識すれば、気色の悪さが尚一層増す。


「最近は物騒でね。気を付けないと」


 ウンウンと首を上下に振るグレン。セイギはそれに演技臭さを感じ、そして嘘臭さを見抜く。当然それは違和感へと変わり、そして疑念へと繋がる。


 ――舗装のされていない・・・・・・・・・道路。


 それはおかしい。大陸一の貿易国であると言うのならば、真っ先に道路の整備が行われると考えても問題はない。ましてや城下町へ続く道。なおさら最優先に整備が行われていなければならない。けれどあの道には整備が行われたような跡はなかった。そもそもすれ違う人や馬車までもがほぼ皆無。それは何故なのか。

 今は非常に走りやすく整備された道を走っている。それは何故なのか。窓越しに見ればすれ違う荷馬車や行脚を続ける人々が見てとれる。これが正しいはずの光景だ。


「……お前、わざとか?」

「さぁてね」


 その返答にセイギは答えを見た。


 決してグレンは信用できない、セイギは強くそう確信した。

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