67.one way - alternative
セイギの前に提示された二つの道。
リズと二人で逃げるようにして生きるか、グレンの思惑に乗って竜を殺しにいくか。
リズとの思い出を捨てるか、プライドを棄てて危険を冒しにいくか。
そんなもの、とうに決まっていた。
セイギは自身の力一つでリズとの思い出を守れないことを悟っていた。どんなにおぞましい力で退けようと、セイギ一人の力では限界が見えている。それはまさしくグレンの告げた言葉の通りだった。
「この家に、手を出さないと約束しろ」
グレンは表情をさほど変えず、そうか、と頷いただけだった。その態度はこのやり取りさえ予定調和であったかのようなものであり、セイギに些かの苛立ちを覚えさせた。
そんなセイギを流し目で見るようにしながらグレンが立ち上がる。
「明日の朝、ここを出立する」
「明日!?」
急な旅立ちの予定を告げられ、さすがにこれにはセイギも反論を挟まずにはいられなかった。
「流石に早すぎるだろ!」
「いや、むしろ遅すぎた。あと三月ほど前には行動を始めるべきだったんだよ」
三ヶ月前、それはセイギが眠っていた期間だ。
「俺が悪いって言うのか!?」
グレンの言葉の意味をそう捉えたセイギが声をあげた。確かにセイギは五年もの期間を眠って過ごしていた。その間の記憶は一切なく、あの日からの連続した時間の上にしか存在していない。そもそも眠っていたかった訳ではない。求めたのは永遠の眠りだ。リズのいるその世界を、望んだだけなのだ。
グレンはセイギに対して首を横に振った。
「そう言う意味ではない」
グレンはセイギを静かに宥め、滔々とその理由を語り始めた。
曰く、《竜の墓場》が竜を退治しに赴いてから数十日後、このドグマグラ大陸随一の武力を誇ると言われるサヴィアナスタ国が竜の襲撃を受けた。本来であれば竜協定の支援を受ける事項なのだが、サヴィアナスタ国はその随一の武力に傲りを持っていた。そのため竜協定に調印していなかった。当然他国からの支援を受けることもなければ、協力を求めることもしなかった。竜協定が武力の共有、ひいてはサヴィアナスタ国に対する牽制という政治的な背景を含んでいなければ話はまた変わったかもしれないが。
サヴィアナスタ国は三月もの間戦い続けた。そして滅びた。
これには世界中の国々が驚愕した。竜と言うものは本来温厚なものだ。執拗に攻撃を繰り返すような性格をしていないはずであるのに、というのが一点。そしてともすればサヴィアナスタ国ならば退けられるはずだった、と言うのが二点目だ。実際にサヴィアナスタ国には過去そうした実績があった。今回もそうなるだろうと高を括っていた各国の首脳陣は特に大わらわとなった。サヴィアナスタ国の実績が今回の油断を生んだ。その油断は初動の遅さを誘発させた。サヴィアナスタ国が滅んだ後、竜は襲撃を辞めずにその隣国のリカールを襲った。リカールと言う国はサヴィアナスタ国の隣にあるというだけあり、独特の武力を保有していた。サヴィアナスタ国には勝るとは言わずとも、相当の国力を保有している国だ。このリカールという国は竜協定に参加しており、相応の支援が見込めるはずだった。しかしそこに竜協定の形骸化が大きな影響を与えた。本来であれば竜が国を襲撃するなど、百年に一度あるかないかだ。今となってはサヴィアナスタ国に対する抑制と言うのが大きな役割になっていた。当然竜の襲撃に対する行動のマニュアルが整っている訳でもない。大半は黙って過ごせばなんとかなってしまうことが所以である。
そして竜協定が議会制に近い形式であったことも問題だった。各国の主張が飛び交い、いくつもの賛成反対の声が上がる。協定会に現れない国さえあった。この遅延が致命的であった。これが二月、今より一ヶ月前のことである。リカールはほぼ全壊。もはや国としての体さえ成してはいない。
「それで今は?」
「竜協定が各国にリカールへ戦力を配分させることが決まり、兵力を集めているところだ」
「……遅いな」
「ああ。あまりにも遅すぎる。リカールは確実に落ちる」
「それで、俺はその中の戦力ということか?」
「いや、それはまた異なる」
セイギの抱いた疑問にグレンは否定の意を示した。
「君は未だ非公式な戦力だ」
「非公式?」
「国に属した武力という意味だ。本来はどの程度の驚異がありどのような有用性があるのか検討するのが習わしだ」
それはまるで武器のような扱いだ。セイギは心の中でそう思った。
「それならなんで俺が行かなきゃなんないんだ」
「言っただろう?君は他国に対する牽制になると。個人で竜を屠れる人間なんてそういないぞ?」
それがまるで偉業であるかのように語るグレンであったがセイギは微塵も嬉しくはなかった。むしろ腹立たしい程であり、グレンに反感を抱く結果にしかなり得なかった。
「竜を殺せだとか、軽く言うもんだな」
「本来はそんな簡単なものでもないのだけどね」
グレンが肩を竦ませながらそう言う。
「まあ、君が【死神】だから言えることなんだけど」
「………その【死神】って言うのは、俺のこと、だよな?」
セイギのその一言にグレンは驚いた表情を浮かべる。それはいかにもわざとらしく見え、セイギを腹立たせる。
「今更だな」
「俺もそう思うよ」
最もな意見にセイギも同調する。本当に今更な話だ。けれどそれを聞かなかったこともまた確かなことだ。
「君の称号は【死神】だった。そう言うことだ」
その告白は、セイギに対して大して意味を持たなかった。それは単なる事実の確認。
「早く竜を片付けてくれると助かるな。君も世界中も幸福、いいだろ?」
「……」
軽口を叩くグレンをセイギは完全に無視している。視線がそちらを向いているということは、反論がないという表れであった。
「それじゃあまた明日来るよ」
そう言うとグレンは踵を返しその場を立ち去る。セイギはその背中を睨み続けていた。
セイギの視線を背中に感じながら数十歩は歩いたところでグレンは口を開いた。
「本当は君も竜も死んでくれるのが一番なんだけどね」
密かに呟いたグレンの一言がセイギに届くことはなかった。
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