64.眠り姫
読みにくい文章ですみません。
少し残酷描写も。
リズ。
リズリズ。
リズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズ。
――リズ。
なんと甘美な響きなのだろうか。
なんと悲哀の響きなのだろうか。
なんと非情の響きなのだろうか。
なんと愛しい響きなのだろうか。
セイギの記憶が蘇る。リズと暮らしていた日々。リズと過ごしていた日々。リズと感じていた日々。
セイギの世界が生まれ変わった日。リズはセイギの隣にいて、まるで日だまりのような暖かな感情を教えてくれた。
セイギの世界に現実がもたらされた日。リズはセイギを抱きしめて傷ついた心を優しく癒してくれた。
セイギの世界に暗雲が立ち込めた日。リズは心を曝け出してセイギにぶつかって言葉の大切さを分からせてくれた。
セイギの世界に春が訪れた日。リズはセイギの心に世界で一番大切なものを与えてくれた。そして――キスをした。
そして。そして。そして。そして。
手を繋いで、デートをして、食べ歩いて、観光して、笑い合って、照れ合って、盛り上がって、休憩して、憩いあって、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて――
そして。そして。そして。そして。
「あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
セイギの心に去来する、あまりにも大きな喪失感。
――なぜ俺は生きているのか。なぜ俺が死ななかったのか。なぜリズを救えなかったのか。なぜ、リズは消えてしまったのか。なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。なぜ?
「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
セイギの周囲に数多もの銀の華が展開された。それらは全て、鋭利な光を反射するククリナイフ。その様子を見たグレンは密かに距離を取る。
その中心に座り込むセイギを断罪するように、刃物たちが振り下ろすかのようにして一斉に射出される。
その刃物はセイギの腕を切りつけ、肉をこそげ落とし、足を貫通し、首に刺さり、頭蓋を破壊し、心臓を二つに切り分ける。走る激痛にセイギの身体が踊るようにして跳ねる。そこには既に意識はなく、ものを思わない瞳で中空を眺め続けていた。
それを冷静に見つめているグレン。そのグレンの目の前でセイギを串刺しにし、切り落としていったククリナイフたちが幻であったかのように立ち消える。そして巻き戻るかのようにセイギの肉体が再生し始める。零れた血液は一点の染みを残すこともなくセイギの血管内へと還り、切り落とされた肉片は霧のように消えたかと思えば元あった場所へと戻っている。それは幻惑的であり、何よりも不気味であった。
「気は済んだか?」
「ぅ、あ?」
その一瞬の間に完全に意識を飛ばしたせいで、セイギの反応は曖昧だ。まるで寝惚けたような頭のままで、グレンの問いかけへと反応した。
「【死神】くんは死なない。そう言っただろう?」
呆れを含んだようにグレンがセイギに向かって呟いた。グレンにとってみれば、今のセイギは駄々を捏ねる子供のようで、現実を見れない弱さが鬱陶しくも思っていた。
「……リズの……」
「ん?なんだ?」
まるで蚊の鳴くような小さな声に、グレンは強く聞き返す。それにはやはりセイギに対する苛立ちを含めたものだった。
「……リズは、死んだ?」
「ああ、そうだ」
「本当に、リズの墓なのか?」
「当然だ」
「リズは埋められているのか?」
「そうなるな」
セイギの杳としない問答にもグレンは答えていく。
「リズの墓、どこだ?」
強い怒気を孕んだ声に、グレンの全身の毛が逆だった。セイギから発せられる殺気は、まるで揺らめくような形が見て取れるのではないかと思うほど、明確にセイギから放たれていた。グレンの本能がそれは危険だと警告していた。
「リズの墓はどこだ」
「……まずは外に出よう」
これ以上話を引き伸ばすことは危険だと感じたグレンは、素直にセイギの要求に応じる。どうせこれから屋外へ出なければならないのだ。ここで予定よりも早く出たところで問題はないだろうと判断したグレンは、セイギに先行して先を進む。背後をセイギに取られていることはぞっとしないことではあったが、二人のうち道を知っているのはグレンだけであるため、已むを得ず先を進んでいた。そんな不安がそうさせたのか、グレンの歩行速度はいつもよりも若干早くなっていた。
白亜の部屋を出ると、渦巻くような螺旋の階段を登り、迷路のような回廊を抜け、大きな聖堂を通過した。そのまま扉を開け放つと、屋外の新鮮な空気と恵みを与えるような明るい陽光がセイギとグレンを包んだ。太陽の光が目に染みるのか、セイギは目をしばたたかせた。そんなセイギの様子を見ていたグレンであったが、すぐに用途を思い出して目的の地へと歩みを進める。セイギもそのグレンの背中を睨み付けるようにして後を追う。
セイギたちが後にしたのは教会であった。白を基調とし、まるで神殿のように荘厳な建造物であり、見る者を些か圧倒するオーラを放っている。先ほど抜けた聖堂が、布教のためのスペースとなっていることをセイギは知りもしない。
教会のすぐ裏手にそれはあった。何基もの墓地が整列するように並べられ、そのうちの幾つかには花が添えられ、ものによっては乾物のようなものが添えられている。
そのうちの一つ、花も何も添えられていない寂しげな墓石の前でグレンは足を止めた。
「これが【哀願の魔女】の墓地だ」
「魔女と呼ぶな」
鋭い視線でグレンを睨み付けるセイギ。その視線に射抜かれたグレンは思わず身を竦め、セイギから視線を逸らして素直に謝罪の意を告げた。
「リズ……」
そうセイギが口にすると、ゆらゆらと揺らめくようにして歩み寄るとそのまま屈み、リズの墓石を撫でる。墓石は冷たく、セイギの熱を徐々に奪い、代わりに温くなり始めていた。
――エリザベート・ルイジニア
――ここに眠る
なんの感慨も含まない機械的な言葉。暖かいリズを迎える、冷たい言葉。まるでリズが世界には愛されていないかのようだった。
――だから、助けないと。
セイギはそのまま足元の草を千切り始めた。その動作に不信感を抱いたグレンがセイギを諌める。
「おい、【死神】くん」
「リズ……」
しかしセイギの耳にはもはや何も聞こえない。今はただ、目の前にいるはずのリズの幻想を追いかけるのみ。セイギは素手で柔らかな土を穿ち始めた。土が柔らかいとは言え、やはり素手でそれを行うには易くはなかった。初めは爪の間に土が入る程度であったのが、次第に爪と指の間の肉が裂け始め、その間に土が侵入してはその亀裂を大きくし始める。痛みを感じていないわけではないが、それ以上に土を掘り進めることしか念頭には残っていなかった。やがて爪は指から分離し、申し訳程度に辛うじて繋がっている状態へと至る。それでもセイギは土を掘ることを辞めず、痛みを忘れて土を掻き分ける。
そのセイギの口元が僅かに動き続けていることに気が付いたグレンは、そっと耳を傾けた。蚊の鳴くような声ではあったが、繰り返し言葉を告げているようですぐにその意味を理解することができた。そしてそのまま、理解しなければ良かったと背筋を凍らせる。
「リズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズリズ」
延々と名前を呼び続け、決して手を止めることなく素手で土を掘り続けるセイギ。
それを止める術を持たず、眺めることしかできないグレン。
――【死神】は完全に狂気に包まれていた。
出来たら感想とかください。わりと真面目にorz




