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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
斯くも優しく厳しい世界
63/104

63.猫に鈴

 ――竜。【双無き者】の【称号】を得た、比類する者なき強者であり、滅びを運命付けられた悲しき種族。

 その力はもはや生物の領域を超え、既に自然災害と同様のレベルに達している。当然人間の敵う相手ではなく、立ち向かう者は愚か者と嗤われるだけ。

 しかし、基本的には悠久にも似た時間を生きる為か、その力を無闇に振りかざすことをしない。もしそれが起こったのならば、じっと堪え忍ぶか、ただ一つの希望を願うしかない。


 たった一つの希望――その竜を殺せる生き物、【竜殺し】のことである。


【竜殺し】は一つの時代に一人しか生まれないという。ある【竜殺し】が死ぬと、自動的に何処かで別の【竜殺し】が誕生する。まるで推し量ったように。

 当然その【称号】の通り、どのような人生であっても確実に竜を殺す。当人にその気がなくとも、確実にその道を歩む。それを叶えてしまう力を持っている。国もそれを知ってか知らずか、【竜殺し】には強制などはせず、淡々と史実を語るのみだ。


 ――曰く、【竜殺し】が動かなければ、全てを失うと。


 当然過去にも動こうとしなかった【竜殺し】もいた。けれどその【竜殺し】も最終的には竜を殺した。途方もない時をすごし、永遠にも似た時間に絶望した。生きてきた国を竜に奪われ、復讐を遂げた。病に侵された竜に介錯を果たした。その過程がどうであれ、一つの結末へと行き着く。それが【竜殺し】という生き物だ。


「……【竜殺し】はどうしたんだ?」


 セイギの頭の中で眠っていた知識がふと思い浮かび、その単語を口にする。


「【竜殺し】を知っているか」


 グレンは些か驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことですぐに平静を取り戻す。

 この得体の知れない人物が、グレンと同じような知識を持っているとは何故か考えられなかったからだ。そしてセイギの言葉に連鎖するように、五年ほど前にこの国へとやって来た【竜殺し】のことを思い出た。相貌は覚えていない。何処かピンぼけのしたような印象しか残らず、ふわふわとした記憶しかない。そのまま眼前の【死神】を眺め、圧倒的な強者とは、印象に残らないような風貌をしているのではないかとも考えた。そんな下らない想像を鼻で笑い飛ばし、セイギへと返答を投げる。


「【竜殺し】は失踪した」

「え?」


 思いがけない言葉にセイギは意表を突かれ、気の抜けた声を漏らす。


「【竜殺し】は竜の討伐に向かい、そして消えた。依頼があったはずの村も国も滅びた。そして今もまだ竜は暴れまわっている」

「それって……」

「だが、【竜殺し】は死んだわけではないだろう。現に次世代の【竜殺し】は生まれていないからな」

「次の【竜殺し】?」

「そちらは知らないか……。【竜殺し】はある時代に一人しか存在しない。逆に言えば、必ず一人はいる。【竜殺し】が死ねば新しい【竜殺し】が生まれると言うことだ」

「そう……いうものなのか……?……生まれたのが見つかってないだけじゃ?」

「それはないな。場合が場合だから本来は【称号】を見ない筈の幼児も、草の根を掻き分けるようにして探している。【称号】は各国で管理されているが、竜に関しては協定を組んで情報の開示をしている。それでも見つからないのだ」


 詳しい事情が分かっている訳ではなかったが、セイギは事情を何となく察した。しかし、最も肝心な情報が分かっていない。その根本的な部分が。だからセイギは尋ねる。


「そもそも何が起こってるんだよ」


 その言葉に驚愕したようにグレンは目を見開いた。そして何が可笑しかったのか、くっくっくと笑いを噛み堪える。


「何笑ってんだ」

「いや、済まない。私も焦っていたようだ。最初に話すべきことを飛ばすとはな」


 そんなに可笑しいことなのか、未だにグレンは笑っている。その笑いがセイギに向けられているように感じられ、セイギは居心地の悪さを感じていた。


「笑ってないで教えろ」

「あぁ、そうだな」


 グレンはその言葉に肩を落とし、ようやく落ち着いた様子で語り始める。


「ではまず始めに。ある村で竜の被害が出始めた。それは主に家畜が襲われると言ったものだ。その程度であれば、本来は討伐なんぞあり得ないのだがな」

「……ん」

「ある時から人が襲われるようになった。これも件数が少なければそれで良かったのだ。……だが、この竜は人を好んだ。国から討伐の許可が出たのは村人が半分に減ってからだ」

「そんな……」

「冷酷だと思うか?だがな。竜を討伐する、というのは尋常ではない労力を割くのだよ。何せ国家級の戦力が動くのだからな」


 セイギにとって、国がどうこうということは考えたことはなかった。その上にこのような話をされたとしても、はいそうですかと納得するわけにはいかない。


「それで、何で俺が動くことになるんだ?」

「まあ落ち着け。話の続きだ。そして【竜殺し】が竜の討伐に向かった。【竜殺し】が竜に邂逅した事までは付き添っていた人間の生き残りが証言している」

「あとは討伐して終わりじゃないか」

「先程も言ったが、竜は未だに暴れまわっているし、【竜殺し】は行方不明だ。……【竜殺し】は討伐に失敗したんだよ」

「だから俺なのか?【竜殺し】を探せば良いじゃないか」

「見付かっていればこんなことはしていない」


 忌々しそうにそう言い切るグレン。だが、不快感を抱いているのはグレンだけではなかった。


「だから俺に尻拭いをさせるのか?」


 セイギが皮肉げにそう言いきる。

 セイギだって竜なんて見たことも泣ければ想像さえつかない。どことなく、絵本に描かれたようなポップなイラストが頭に浮かんできたのだが、それをいつどこで見たのかフィルターのかかった思考では特定することは出来なかった。


「以前にも言ったが、【死神】くんは国の戦力だ。だが今まで【死神】なんて言う【称号】を授かった生き物はいない。その意味が分かるか?」

「……俺の力を見せつけるのか?」

「当然他国に対する牽制はある。あとは竜には試金石として対峙して貰う、という意味も含まれている。……竜を試金石とするなんて馬鹿みたいな話ではあるがね」


 呆れたように溜め息を吐くグレンの所作に、セイギはその余裕を崩してやりたいと考える。


「俺が断ったら、どうするんだ?」


 軽口の要領で反意を示す。グレンの反応に若干の恐れはあるものの、それで素直に引くほどセイギはお人好しでもない。簡単に流されてしまうことを、受け入れられる訳ではないのだ。

 しかし、何故かグレンの口端が釣り上がったことにセイギは不信感を覚える。


「断る、そうか」


 セイギの言葉を何故か反復する。頷いては噛み締めるようなその動作は、一見すると納得しているようにも見えるが、果たして今回は合っているかと言えばそれはノーだ。


「けれど、君には断る術はないんじゃないか?」

「やめろ」


 セイギの口から、自然と静止の言葉が零れた。本能的に、それがセイギを傷つけるキーワードだということを察したのか、それはあまりにも滑らかに発せられていた。


「君も一度は見たほうがいいかもしれないな」

「やめろ!」


 そんなセイギの静止を一切聞き入れることもなく、グレンは言葉を続ける。それはまるで現状を分かっていないセイギを宥めるように、淡々と語りかける。


「控えめだが、しっかりとした墓石だよ。過ぎた施しじゃないかと思うがね」

「……やめろ」


 セイギは聞き返さない。それが誰のものであるのか、聞いてはいけない気がしていた。聞いてはいけないことなのに、一言も聞き逃してはいけないと分かっている。そう心が叫んでいる。それゆえに反抗する声も小さくなっていた。

 そんなセイギの態度に満足したのか、グレンは満を持してその墓の主を、その名前を告げる。


「エリザベート・ルイジニア。【哀願の魔女】リズの墓だ」

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