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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
51/104

51.男の子ですから

馬鹿な話を馬鹿みたいに真面目に書いた馬鹿話。

 それから三ヶ月。


 二人は非常に残念ながら健全なお付き合いをしていた。

 分かりやすく言うと、キス以上はNGなのだ。更にはハグすらも制限付きだ。

 言うなれば、セイギはかなり抑圧された生活を送っていた。好きな人に手を伸ばすことも出来ず、その感覚を噛み締めることも出来ない。決して不幸ではない。まさに幸せの真っ只中にいる。けれどその幸せの種を手に入れてしまったことで更なる欲求が芽生えた。人の業とは深く、欲とは底の知れぬ沼であるかのようであった。


 日々、悶々としたものを募らせていくセイギ。

 朝目覚めると、パンツの中が粘ついた液体で湿っている程には抑圧されていた。勿論こっそりと下着の処理を済ませたのだが、惨めな中学生時代を思い出して憂鬱になったのはセイギの胸に秘めた記憶だ。


 正直なところ、セイギは忸怩たる万感な思いを感じもしていたが、それは理性とはまた違う本能的な部分がセイギを駆り立てていたのだ。言い換えれば『下半身で考える』とでもなるのだろうか。

 当然それを善しとしないセイギは、そんな邪念を祓うべく立ち上がるのだった。


 当然直接的に発散することはできない。何よりもプライベートな空間がないことが原因だ。リズに隠れて済ますことも難しく、臭いや物的証拠も気になるところだ。

 かと言って屋外と言うのもあまりにも奇特な趣味にも当たるだろう。楽しめる人間もいるのだろうが、セイギは当然その選ばれた人種ではなかった。


 ではどうするのか。

 そこでセイギが選択したのは昇華なるものだった。意訳すると、疲れきってしまえばそんなことを考える余裕もなくなるだろう、と言うことだ。

 元来の意味は少々異なるのだが、そこは些細な問題だろう。


 こうしてセイギの健康的な屋外活動が実施されるようになった。実施されるようにはなったのだが――


 ――元気なのだ。


 ナニがとは言わない。そもそも言わなくとも通じるところであるのは明白と言い切っても差し支えない。

 いわゆる疲れなんとやらだ。なんでも極度の疲労状態などに陥ると身体が生命の危機と判断し、子孫を残そうと本能が頑張ってしまうというあれだ。


 身体はクタクタ、それなのに元気が有り余っているという一種の異常な状態にセイギは辟易としていた。



 もはやリズと手を繋ぐだけでも爆発する自信がセイギにはあった。


 そして、得てしてそういった状況に限り不運というのは降りかかるものだ。いや、幸運と言った方が良いのかもしれない。


「あっ!」


 食器を手にしたリズが不意に躓き、何よりも幸運なことにその先には空手のセイギが立っていた。

 当然躱すと言う選択肢はなかった。だから両腕を差し伸ばした。が、何を間違えたのか身体を支えるのではなく抱き止める形へと相成った。


 ブロンドの髪から漂うのは仄かに甘い香り。どこかしっとりとした印象を受けるが、程よく薫るその匂いはセイギの脳に甘美な印象を植え付ける。

 小さな肩。セイギの両手はそこに落ち着く形となっているが、そこはセイギ自身のものと比べると圧倒的に柔さに長じていた。そのまま揉みしだきたいという些か紳士からは離れた行動を取りたくもなったが、そこは最終防衛線で食い止めることに成功した。


 だが一つ、どうしようもない問題が発生した。

 セイギの胸板に押し付けられる何か(・・)があった。それは非常に柔らかく、僅かな身動ぎに対してもフィットしようとするかのようにその姿形を変える。けれど確かな弾力があり、一定の形を取り戻そうとしているのが分かった。何よりも敏感に感じ取れる器官である手掌で堪能出来ないことが何よりも悔やまれる点であった。


 ――それはまさしく双球であった。



 そして残念ながら、我慢の限界にも達しようとしていたセイギがそれを堪える術を持ち得る筈もなかった。


 開花。風化。スーパーコンピュータ。ミサ。ピラミッド。日射し。胎児。風。砂漠。ライオン。野口英世。雨。海岸線。月面着陸。ピカソ。卵。地球。超新星爆発。


 一瞬のうちにセイギの頭を何かが過り、そのまま即身成仏にでもなったかのような表情で硬直した。よくよく見れば、それも細かく震えている様子が見てとれる。

 表情を細かく見るとどうやら悟りを開いたような、愉悦に浸っているようなものが見える。その二つは本来両立することがないものだが、セイギはその二つを内包しうる稀有な存在へと成り上がっていた。



 そんなセイギに違和感を覚えたリズが一歩引いた形でセイギの様子を伺う。


「セイギ?」

「へ?」


 リズの一言でセイギの意識が舞い戻ってくる。若干不意を突かれたセイギはそれに対し即座に対応することが出来ない。


「どうかしたの?」

「えっ、いや、その……」

「大丈夫?」


 リズの手がセイギの額に当てられる。


「ちょ……」

「熱はないみたいね」


 焦るセイギをなんのその、リズは至って冷静にそう判断すると、何故か鼻をひくつかせ始めた。


「んー?なんか変な臭いが……」

「くぉ!?」


 セイギは腰の引けた状態のままその場を飛び退り、扉を開けて戸外へと姿を消した。


 部屋に残されたのは自身でもよく分からずに頬を上気させ、首を傾げるリズだけだった。





 太陽の光の元へと逃れたセイギは、その腰元の違和感と戦いながら憂鬱な気分へとならざるを得なかった。


 結局のところ、どうしたところで帰結する先は同じなのかもしれない。それを考えてますます落ち込むセイギであった。



 二人の距離は、なんだかんだ言ってこれぐらいが丁度良いのかもしれない。

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