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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
50/104

50.シンクロナイズ

(これが……好き?)


 顔が熱く、鼓動が早く、思考が上手く纏まらない。



 曰く、恋とは熱いものだと。

 曰く、恋とは辛いものだと。

 曰く、恋とは理不尽だと。

 曰く、恋とは至高のものだと。



 リズはかつて本で得た知識を総動員してそれをさらっていた。

 そこで得た結論とは、現在リズの抱いている感情とは、間違いなく恋であるというものだった。



 セイギの顔を見ることが出来ない。

 どんな顔をすればいいのか、振り返ってしまえば、そこにはセイギがリズのことを見つめているのがすぐに見て取れるのだろう。それが怖くて恥ずかしくて嬉しくてどうしようもない。



『好きだ』


 漆黒の瞳が一直線にリズを貫き、自身のものとは違い脳に響くような低い声が耳朶を打つ。

 そんな情景が反芻され、リズは耳まで真っ赤に染まった。


 人に求められたことがないリズにとって、その言葉はまるで麻薬であるかのように脳髄を侵食していた。

 心が震える。その震えはまるで震源のように全身に広がり、身体全体を振るわせようとする。事実、リズの指先は細かく震え、まさに歓喜を示さんとしていた。



 急激な感情の変化にリズは戸惑うばかりであった。実際にリズがその感情を意識するようになったのはつい今しがたなのだ。それに加え、なぜそのようなことが起きたのかも理解しておらず、ただただ心を持て余すしかない。




「……リズ?」


 不安げな声でセイギが声をかける。

 その言葉にリズの心臓が大きく跳ね上がる。



『好きだ』



 耳に残るその言葉。それが何度も中耳を(くすぐ)る。何度も何度もだ。けれどそれは決して不快な感覚ではない。心がうち震えるのも、今にもセイギに手を差し出したいと思うのも、決して一時的な感情ではない。

 それはひっそりひっそりと心の奥深く積もり積もって眠っていただけだ。それが今回、セイギの言葉に呼応するように萌発し、そしてその大輪を開かんとしているのだ。


 躊躇いもある。恐怖もある。羞恥もある。

 だがそれ以上にその感情が強いことにリズは気が付いた。


 だからリズは語らなければならない。その感情を。その答えを。


「わ、私も……」


 口を閉ざすことは許されない。今だからこそ、意味があるのだ。


「私も、好き」


 噛み締めるように、自身の感情を確かめるように言葉を紡ぐ。髪をふわりと舞い躍らせるようにして振り返り、恥ずかしげな表情を隠すまでもなく赤い表情でセイギに笑いかける。それは不恰好で体裁も整えられていないものだ。しかしそれこそがリズの内心を如実に表した表情に違いなかった。


 不意にセイギが床へとへたりこんだ。


「どうしたのセイギ!?」


 先程の表情はどこへやら、焦り慌てた表情でセイギの傍らへ駆け寄るリズ。

 表情は一変し、今にも泣き出しそうな瞳でセイギを見下ろしている。その手は宙をさ迷い、差しのべるべきかどうかの逡巡の最中(さなか)にあることを悟らせる。


 そんなリズの様体をセイギは見上げながら一言呟く。


「ごめん、腰が抜けた」


 微笑を浮かべたような表情でセイギはそう言いのける。

 興奮状態であったため、セイギ自身は気付いていなかったのだが、その肉体、精神は極度に緊張していたのだ。そこにリズの言葉が届くとそんな緊張は一瞬で消し飛び、張りつめた糸は一気に(たゆ)んでしまったのだ。


「……ぷっ」


 そして緊張の糸が切れたのもセイギだけではなかった。羞恥なり恐怖なりで張っていた気が切れたのはリズも同じだった。


「くふ、ふふふふふふふふ」

「……くくっ。あはははははははは」


 他愛のない状況。特筆すべき点のない環境。それでも二人の心は清く澄み渡っていた。互いを大事に思える存在が側にいるだけで、まるで天上にいるかのような感覚を呼び起こさせるのだ。



 ひとしきり笑い続けると、ようやく冷静になったのか、

 床にゆっくりと腰を下ろしながらリズが不安げな表情でセイギに向き合う。


「ねえ、セイギは私でいいの?」


 リズは自信が持てない。それ故に不安を抱きこうしてセイギの表情を伺ってしまう。

 それをセイギも理解し始めていた。そしてそれを払拭してやりたいとも考えていた。それ故に取る態度は分かりやすく。


 そっとリズに手を伸ばす。

 それを訝しみながらも取るリズ。掌と掌が触れ合い互いの温もりを感じようかと言う瞬間、セイギはその腕を強く引き寄せる。

 リズは体勢を大きく崩し、顔をセイギの胸板に押し付けるような格好になる。押し付けられた耳にドクン、ドクンと鼓動が伝えられる。


 そのままこうしていたい衝動に駆られるも、恥ずかしさを思い出したリズは慌ててセイギとの距離を離そうとする。そんなリズの肩口に手がかけられ、動作を封じられる。


「ちょっと……!」

「リズ」


 急な行動に驚きを隠し得なかったリズが抗議の声を上げようとする。しかし、それをセイギはその名前を味わうかのように口に上らせることで遮る。


「リズ()いいんじゃない。リズ()いいんだ」


 ありふれた言葉。けれどそれは紛れもない真実。

 セイギの必ずリズに伝えなければならない言葉。


「俺はリズだから好きになったんだ」


 そっと、それでいて力強くリズを両の腕で抱える。その存在がいかにも大切なものであるかのように。


 おどおどと、躊躇いがちにセイギに腕が回される。その様子にセイギは小さく優しく笑う。

 むくれたような表情で、それでも嬉しそうに頬を緩めるリズ。




 これが今の二人の距離。


 その距離、ゼロ。

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