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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
49/104

49.Awareness

 それが二人の間に何か変化を起こしたのかと問われれば、それは間違いないと言い切れる。

 しかし、具体的な変化と言われれば答えるべきものはない。つまり二人の間には過程が残るだけで結果がもたらされていなかった。


 当然セイギにも欲求はある。思春期ともなればそれは推して図られるべきであろう。

 しかし、残念ながらセイギにとってお付き合いと言うものを経験したことのない手合いであった。さしたる知識もなければ経験もないため、手をこまねいている状況にあった。

 積極的に接するべきなのか、それとも紳士的に振る舞うべきなのか。逡巡はセイギの行動を狭め、代わり映えない日々を刻むのみであった。

 そんな毎日にやきもきとしたものを覚えながら、セイギは凪いだ日々を過ごす。まるでそれは無風であるにも関わらずヨットで旅に出ようとするもので、焦れども騒げども事態が好転するはずもなく、むしろ状況を悪化させるだけだ。セイギにとっての正解などは見付かることはなく、そして皆目検討が付くこともない。


 リズの嫌がらない程度に自身の欲求をぶつけてしまうのが妥当ではないのだろうか。だがそれはおこがましいことなのではないのだろうか?リズ自身のしたいことをさせた上で関係を深めていくのが最善ではないのだろうか?

 セイギは延々とそんな思考をループしていた。セイギは感情と思考の狭間に雁字搦めになってしまっていた。




 その反対の立場であるリズはと言えば、この現状に安堵していた。


 今まで人との付き合いが全くなく、初めての友人とも言える大切な存在が出来た。

 リズはそれだけで十分だった。それ以上を望んだことはなかった。けれど、その期待はあっさりといい方向(・・・・)に裏切られた。

 物語の話でしかなかった恋が目の前に転がっているのだ。

 それは決して思い描いていたほどロマンチックでもなく、心踊るような燃え上がる感情でもなかった。

 セイギに告げられたその言葉はどこか現実味がなく、自身の感情を真っ直ぐに告げることもできなかった。むしろ、セイギの言葉に正面から向き合って答えられた訳でもない。結局は恐怖と打算から選びとった選択肢。

 後悔も反省もある。事の顛末は逃げたリズが引き起こしたものなのだ。それを重々承知しながら、それでもリズは代わり映えのない日々に安堵していた。


 けれどそれは予兆でしかなかった。

 リズはセイギの葛藤を見てとっていた。それが何なのか理解は出来ていなかったが、少なくとも現状を打破する何かであることは理解していた。

 そしてそれを恐れている。


 今の微温湯(ぬるまゆ)のような生活を壊したくはなかった。

 セイギに嫌われていない。それが分かっただけでリズには既に十分だった。これ以上自分を晒け出すことを恐れていた。

 既に醜い部分を見せてしまっている。それでも尚、セイギはリズのことを好いていた。それだけでリズにとっては奇跡にも等しいものだった。これ以上の奇跡は望めない、信じられない。だからこれ以上汚い部分を見せることはできない。見せたくない。見せられない。


 以前セイギと交わした約束。

 気持ちを言葉にして伝えること。それに従うならばリズは語らなければならない。しかし、言葉にして今の気持ちを到底伝えることは出来ない。言葉を口に出来ないのなら無言になってしまうのも仕方のないことだった。





「今日はディーを追いかけてたらケーネル見つけてさ」

「そうなんだ」

「余所見してたら根っこに引っ掛かって転んだ……」

「大丈夫なの?」

「全然怪我とかないから大丈夫!」

「良かったね」


 どこか曖昧で、上滑りする会話をすることしか儘ならない。

 当然それが愉楽に繋がるはずもなく、自然と笑顔が消え空気が重くなっていく。リズはそれに気付いていながらも、打開するための手段を持ち得なかった。



 同様にセイギは閉塞感を感じ取っていた。


 半ば勢い半分であった告白とその返答。

 当初は歓喜と言わんばかりの心情も、どうあがいても時が経てば落ち着きを取り戻すというものだ。そうは言っても未だに心の何処かが甘く痺れているのも事実ではあるが。


 リズが心からそれを望んだという訳ではないことにセイギは気づいていた。気付いてはいても、この甘美な感覚を放棄するという選択は、セイギには決して選び得ないものだった。




 ――彼女。


 たった一言。それだけで表せてしまう。けれどそれがこの上なく愛おしく誇らしく、脳髄を蕩けさせてしまうほど官能的な存在だ。

 それはとても手放し難く、リズの言葉を甘受する以外に選び取る道はなく。



 どうにかその空気を払拭せんと脳内で手段を模索する。これといった話術などない。感涙に浸せるほどロマンチックでもない。顔も口の上手さも、態度も特筆して挙げられる点はない。ただただ凡庸。


 だからセイギは純粋に葛藤するだけ。

 戸惑う感情に翻弄されるも、その強い心の動きはセイギを駆り立てる。




 葛藤があった。迷いもあった。思考もあった。

 けれど感情はそれ以上にとめどなく溢れる。セイギをただ一色に染め上げる。

 そしてそれに気付く。





 (ああ、そういう事なのか)





「リズ」

「なあに?」


 一旦言葉を区切り、セイギがリズを見つめる。


 羞恥、それがなんだと言うのだ。

 躊躇いは既にない。葛藤は捨て去った。あとは言葉に、心を曝け出すだけ。



「好きだ」

「っ!?」


 故に選ぶのは最も単純な手法。偽りようのない純粋な気持ち。




 ――何回でも、何十回でも、何万回でも告げよう。


「好きだ」


 ――想いが伝わるまで、何度でも。


「好きだ」


 ――何物にも代え難い、君のために。




「好き――」

「ちょっと待って!」


 同じ言葉を繰り返すセイギを静止するリズに、セイギは些か勢いを殺された様体を見せていた。

 いくら言葉を口にしても、感情は胸の内を蠢き焦がし、消えるどころか一層燃え上がるかのようにその紅炎をうねらせる。

 その感情のままに何度でもその言葉を伝えたいと思う。その衝動を堪えるためにセイギは相当の努力を要していた。


「……リズ?」

「ごめん。ちょっとだけ待って……」


 そう言ってリズはその顔をセイギから背ける。

 セイギはそんなリズの態度に不安を覚える。どうしたのだろうか、嫌だったのだろうか、嫌われてしまったのだろうか――



 そしてそんなセイギの不安は杞憂に過ぎないことを、セイギ当人だけが気付かなかった。

 なぜならばリズの顔は赤面し、その表情はどうしても喜びを隠し得ないものだったのだから。




 そしてそれは、リズが初めて恋を意識した瞬間だった。

一部改稿

顔も口さも、態度も特筆して挙げられる点はない。→顔も口の上手さも、態度も特筆して挙げられる点はない。

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