48.妥協と打算
今回はだいぶ短いです……
セイギはリズの両肩に手を置くと、ゆっくりと二人の距離を離して正面からリズを見つめる。
リズは現状に混乱してか、何も言葉を発することが出来ずにいた。
「俺はリズのことが好きだ」
はっきりと、噛み締めるようにセイギの告白が伝えられる。なんの美辞麗句もなく飾る言葉もない、そんなセイギの正直な思い。
それをリズは呆けたように受けとることしかできなかった。
「俺の恋人になって欲しい」
リズを置いてセイギの一世一代の告白が行われる。
リズが困惑気味なことくらい把握はしていた。しかし、それを見てもこの思いを告げると決めた以上躊躇うことは一切なく、むしろ止めることなど出来なかった。
畳み掛けるようになってしまったことは反省すべき点ではあるが、セイギにとって後悔すべき点は皆目なかった。
セイギの告白は終わり、二人の間にはリズの返答を待つ沈黙が訪れた。
未だに混乱しているような様相のリズの姿を見て、セイギはその胸中に灯る暖かな気持ちに気が付いた。
求める気持ちが恋であり、与える気持ちが愛であるならば、セイギのその気持ちは間違いなく愛であった。
限りなく奪われ続けた少女の姿に同情したわけではない。孤独を忌避して人の温もりを求めているわけではない。セイギはその初めての感情に戸惑いもしたが、だからといって瞑目することも逃避することもなかった。純粋にその気持ちに向き合い、素直に従うだけだ。
だからその言葉は真っ直ぐにリズへと届く。
「え……っと」
リズはその真っ直ぐで剛直な言葉に返すべき言葉を見失っていた。
セイギの気持ちは痛いほどに伝わっていた。それが偽りの感情でないことも、真剣な想いであることも理解できていた。だからこそ、リズはセイギに返答するに能う言葉を見つけることが出来なかった。
セイギのことは嫌っていない。むしろ好いていると言ってもいい。ただ、それを明確な言葉に出来るほど、リズの感情は固まってはいなかった。
不安定で宙に浮いたままの感情は、リズにとっても不可解なものでしかなかった。
――恋愛を語るには、少女は幼すぎた。
彼女に語る言葉はない。語る言葉がない以上、騙る言葉を探してしまうのが悲劇にして喜劇の原点だとも言えた。
二人の間柄が拗れてしまえば、なにも無かったかのように過ごすことは決して出来なくなるだろう。セイギの言葉の真意を掴むことが出来ずとも、リズにもそれは理解できた。言ってしまえば、セイギはここに留まることは出来なくなるだろうということだ。
それは決してリズの望む結末ではない。だからといってその言葉を素直に受け取ってしまって良いものか。
逡巡。
真剣な眼差しのセイギと視線が絡み合う。
決して何者にも惑わされないその眼力。それがリズを捉えていた。
何もかもが見透されているのではないかと思うほど、その瞳は真っ直ぐだった。それ故にリズは息苦しさを覚えていた。
全てを打ち明けてしまえばそれでいい。それは分かっている。そうすることに何も問題はないはずだ。むしろそうするべきなのかもしれない。けれどリズはそうすることに抵抗感を覚えていた。今まではそうする機会にも恵まれていなかった。そして想像することもなかった。そのため、この感情の揺さぶりが不安で仕方がない。
独りで生きてきた。
それがリズの心を強固に、そして臆病にさせていた。
信じればそれだけ心を晒すことになる。剥き出しになった心は繊細で、些細な痛みさえ悶絶するほどの苦痛となり疵となる。
例え相手に裏切る心積もりがなくとも、結果として人を傷付けることになることもある。そしてそれは決して少ない頻度とは言えない。何故なら人は違うものだからだ。
性別、性格、好み、嫌忌、自信、勇気――
挙げればそれはキリがない。そしてそれらを挙げていくことは無意味に過ぎない。それら全てを合わせて一人の人間が出来上がるのだ。一つ取り上げて論じることに何の意味があるのだろうか。
そしてその違いこそ、人を惹き付ける魅力ともなりうる。たったひとつの形質が二つの性質を兼ね備え、人を臆病にもさせれば魅了もさせる。それは矛盾であれば当然でもある。単純であるようで複雑。それが人というものだ。
それをリズは知らない。
祖父のすることは全て正しく、好意しか抱いてこなかったからだ。
マイナスの面など触れてこなかったのだ。そしてそれは総じて強制力の強い感情だ。それに囚われてしまえば感情の為すがままに振り回されるしかない。
それが今のリズの抱える違和感の正体であり、畏怖の対象だ。
それは完全に制御することは到底敵わない。老若男女関わらず、人はそれに折り合いを着けて生きている。
そんなことさえリズは知らない。だから無謀とも言えるその戦いに身を置こうとし、そして無様にも醜態を晒した。更にはその失態から目を背けるように逃げ出してしまった。
そこに差し伸ばされた優しい腕にリズは。
自身の悪感情に目を瞑ったように。
「――はい」
頷いていた。
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