47.それは些細で大きな決意
暫く更新しなくて申し訳がありませんでした……orz
一人残されたセイギは考えていた。
――【魔女】、【異号】、森、リズの祖父、リズのこと。
触れないようにしていた態度が傷付けていたのか。セイギは思い悩む。馬鹿にしたつもりもなければ下に見たこともない。否定したこともなければ拒絶したこともない。至って平等に接してきたつもりだった。
『バカにして楽しい?』
リズの言葉が心に突き刺さる。
『そんなつもりじゃなかった』、『違うんだ聞いてくれ』、そんな言葉も口をついて出るようなことはなかった。ただ呆然と、漫然とその言葉を聞くことしか出来なかった。そんな言葉は予想もしていなかった。
心はうち疲れていた。リズを想いリズのためにした行為がなんの意味も成さず、むしろ傷付けることに一役買っていたとは。
――ならば問い詰めるべきだったのか。
しかしそれもセイギには到底出来もしない事だった。何よりもそれはセイギ自身が最もよく理解していた。セイギが問い詰めればきっとリズは泣くだろう。リズの心にのし掛かった【称号】の重さは分からないが、【異号】についての知識だけで得たものでも幾許かの推測は可能であった。理解しようとすることはおこがましいことなのかもしれない。しかし、何も考えずにリズの優しさに甘え、環境に甘えてしまえばセイギは堕落するしかない。それは決して健全な生き方とは言えず、何よりもセイギ自身がそれを許せそうになかった。
――リズを支えてやりたい。
いつからかセイギはそう思うようになっていた。
半年もずっと共に過ごしていれば人柄というのも見えてくるものだ。始めは異世界という環境に翻弄されるばかりで、周囲を鑑みることさえ出来ずに独りよがりで盲目でしかなかった。それでもセイギがこうして落ち着いて腰を据えていられるのも、リズの与えてくれた温もりや優しさがセイギに心の余裕を与えてくれたのだ。そのおかげでこうして考えることも、心に整理をつけることも出来たのだ。あまつさえ、異世界に召還されたことさえも感謝してしまう程に、居心地が良かった。この世界には命の危険と言えるものが多々存在しているが、それでも元の世界で死んだように生きているよりはずっとマシとさえ思えた。
実際は、元の世界ではセイギは死んでしまったのだが。そのことを思い出してセイギはフフッと鼻で笑った。
こうして自身の死でさえ笑える程度にはなった。これも一人で鬱屈として逃げるようにしているだけでは乗り切れず、リズに打ち明けてすがり、泣きついて抱きついてみっともない姿を顕にしてまでようやく乗り切った。リズがいなければそのようなことなど出来なかったことだ。
リズは優しい。暖かい。柔らかい。たまに怒る。時々泣く。
そんな彼女に心を揺さぶられ、そしていつも思うのは、いつも笑っていて欲しいという願いだった。
大人びているようでどこか子供っぽさを多分に残している。姉のようで妹のようでもあり、家族のようであり友人のようでもある。
それが等身大の女の子、リズだ。
他の誰も知らない、セイギしか知らないリズという女の子だ。それが何より嬉しく誇らしく、そして愛おしい。
全てを知りたい。彼女を支えたい。笑顔にしたい。
リズの抱える闇も、溢れる悲しみも、揺れる心も、全てを抱き締めて包み込んでやりたい。
それは義務感でも恩返しでも、ましてや人助けでもない。たった一人の、男としての感情だ。
だからセイギは立ち止まれない。
その気持ちには嘘はなく、逆らうことも出来ないのだから。
深呼吸ひとつ。セイギは再び気を入れ直し、そして決意を固める。小さいけれど大きな決意。
――さあ行こう。
リズの背中が消えていった扉を開き、セイギは外へと繰り出していった。
* * *
リズは膝を抱えて井戸のすぐ側で膝を抱え小さくなっていた。その姿はいかにも小さく、怯える小動物、あるいは小さな子供のようであった。
家にいることも出来ず、かといって街に入ることも許されない。だからといって落ち着かない感情で森に入れるほど、無謀ではない。リズに居場所はない。いや、あった場所を逃げ出しただけだ。それがリズに突きつけられたたったひとつの事実だった。
その体勢はリズの心情を如実に表していた。居場所もなくし、頼るべき人もなくし、心に残ったのは自らに対する後悔と消え入りたいと思う羞恥心であった。
【称号】は一切セイギには関係ない。馬鹿にされたこともなければ怯えられたこともない。むしろそんなものさえ気にした様子もなかった。セイギの元の世界では【称号】がなかったことも影響しての事だろうが、それでもリズを一人の少女として扱ってくれるセイギの存在はかけがえのないものだった。
セイギは優しい。そんなリズを問い詰めることも、詰ることも責めることもない。逆に気遣って何も聞かずに優しく接してくれるほどに心優しい。
だからこそそれはリズの心に重くのし掛かった。【称号】の影に常に怯えていたリズ自身がまるで愚かでしかないように思えた。
あまりにも惨めで悲愴で滑稽だ。
そして何より、それを悲劇的にしか受け入れられない自身を許せなかった。
とんだヒロイズムだ。その癖、肝心の王子様には噛みつき悪態をつき、罵りさえもした。碌なお姫様が居たものじゃない。
リズは皮肉げに鼻を鳴らしてフフッと笑った。
一人になって、一人は嫌で、けれどまた一人になって。
それで一人前に消えたいとまで言いのけて。そして本当にそうなることをどこかで恐れている。
情けない自分の底の浅さが見えるようで、リズの心は再び沈む。
セイギと出会ってからリズはいつもこうだ。ほんの些細なことで喜んだり怒ったり悲しんだりで、心の安寧などどこ吹く風だ。それがいつも不安で不安で仕方がない。
自分の心が自分のものではないかのように、制御が全く出来ない。そんな感情は知らない。
怒りとも違う。悲しみとも違う。
分からない。分からないからどうしようもない。どうしようもないから逃げ出すことしか出来ない。
謝らなければ、そういった感情が涌き出てくるも混沌とした感情の前にリズは為す術もなく蹲っていることしか出来ない。
「――セイギ……」
たった一言、それでも万感の思いの籠った言葉に。
「呼んだか?」
「え?」
その当人が姿を現した。
「なっ、なんでセイギがここにいるの!?」
「……なんでって言われても、なぁ」
セイギの表情は複雑だ。なにかを胸の内に秘しているようにも見てとれるが、余裕のないリズはその表情に気が付くことはない。
「向こう行ってよ!」
「リズ……」
「あっち行ってってば!」
「リズ」
「早く!」
「リズ!」
セイギはリズの腕を掴み無理矢理に立ち上がらせる。そのまま正眼にリズを見つめる。
「離して!」
「リズ、俺の話を聞いてくれ」
「イヤ!」
「リズ!……お願いだ」
「嫌だってば!」
掴まれた腕を振りほどこうとリズは暴れ始める。それは人を傷付けるような行為ではなかったが、少なくとも人を拒絶する程には力が込められ、その感情を明確に示していた。
「リズ!」
しかし、セイギはそれを無理矢理に抑え込め、リズを強く抱き締めていた。
「やっ!離して!」
セイギを引きはなそうとリズは足掻く。しかし男女であるその力量差は歴然で、リズの抵抗は徒労にしか過ぎなかった。
それでもリズは抵抗を辞めない。抵抗を辞めてしまえばそれはセイギを受け入れてしまうことになる。セイギを受け入れてしまえば、今までの自分と変わってしまう。そんなことを漠然と、しかし絶対に確信していたため、リズは些細ながらも延々とセイギを拒絶しようとしていた。
「リズ」
耳元でセイギに囁かれ、そして再び強く抱き締められた。
「あっ」
そしてリズは一瞬力を緩めてしまった。セイギの優しい声と力強い抱擁に、脳内の何もかもが地平線の彼方を飛び越えていってしまったように真っ白に染まった。
静けさを取り戻したその場に、ドクンドクンと二人の心音が響いていた。これほどないほどに密着していたがため、その心音がどちらのものなのか曖昧になっていた。
けれど二人にとってそれは不快なものではなく、むしろ心地のよいものであった。
永遠とも感じられるその一瞬の後に、ゴクリと喉を鳴らす音が響いたような気がした。同時に抱擁がまた少し強まる。
「リズ、好きだ」




