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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
43/104

43.原点

 レイラの言葉は唐突でありながら非常に魅力的な一言だった。


 リズは訝しむような表情をセイギに向けるがセイギは首を横に振るだけだ。

 この話は《竜の墓場》が持ちかけたものでありセイギは一切関知しないのだから当然だ。


 戸惑う二人を他所にレイラは勧誘の手を緩めない。


「冒険者っていうのは良いわよ。自由で」


 軽いジャブ。

 今がどんなに満足できない状態なのか自覚させる事が第一。


「お金も入るから欲しいものだって買えるのよ」

「(買えてないよな?)」

「(……嘘だな)」


 リズたちに聞こえないように微かな声で会話していたニポポとアレックスの足をテーブル下で蹴飛ばすと、痛みに二人は沈黙した。

 レイラが表情を咄嗟に取り繕い作り笑顔を浮かべていることに残念ながら標的である二人は気付いていなかった。



「どうかしら?」


 予想もしない道を提示された二人は呆然としていた。


 リズはセイギがこの家をいつか旅立ってしまうことを想像していた。決してそこにリズ自身の姿はなかった。死ぬその時までこの家で生きていくものだと漫然とそう感じていた。

 そこに示された一本の獣道。その先は舗装もされていなければ標識が出ているわけでもない。安全も保証されていなければどこに続いているのかも分からない。


 けれどその可能性は許されないのだと切り捨てて生きてきたリズにとって、夢を見ると同時にその選択は切り捨てるしかなかった。


「ごめんなさい、無理です」


 目を伏せながらレイラの言葉を切り捨てる。夢を見ながら、呪われている。リズもそれを受け入れていた。


「ねえ、どうして私達が《竜の墓場》なんて名乗ってるか分かるかしら?」


 脈絡のない言葉にセイギもリズも困惑せざるを得ない。素直に考えてもみるが皆目見当も付かずただ首を横に振るのみ。

 そんな二人に対してレイラは如何にも心得たといった表情で微笑む。


「私達は"竜殺し"なの」



 ――竜殺し



 偉大な存在を殺す存在。

 例え竜が【双無き者】だとしてもそれは一対一でのものにしか過ぎない。そこに数が集まれば烏合の衆とはいかない。そうは言っても百人単位の相手ならば悠々とこなしてしまうのが竜の恐るべき点でもあるが。


 それをレイラはたったの五人でそれをなし得ると言うのだ。異質なことこの上ない。


「アレックスの【称号】は【竜殺し】なのよ」


 その【称号】は【異号】。竜を凌駕しうる存在。人にして人に非ず。


「そう言うわけで私達は割りと自由が保証されてるの」


 手懐けようにも扱いにも手をこまねくしかないその存在は目に余るものだった。国力として保有しておくには有意な存在であるが、手元に置くには物騒すぎる。そうした理由もあり、ある程度自由に旅をしている。

 一例としてニポポがそうだ。【魔法使い】の【称号】を得ながらこうして自由に旅を続けられるのもその恩恵にあやかっているからである。

 アレックスの持つ力はまさに傀儡として扱われるべきなのだが、その力の強大さは人の手には余るものだった。一度は収監されたが、感情のままに振るう力は災害とも見紛うものだった。その力の制御のしようのなさに力を押さえ込むことを諦めざるを得なかった。

 鞭が駄目ならと、ここぞとばかりに飴を振るっているのが現状であった。


 そんなアレックスもかつてはその力の制御に手を焼いていた。力に振り回されていたと言うのが正しいかもしれない。

 一度感情が高まってしまえばその力は流れ落ちる水の如く滔々と溢れ出るのみで、狂った人形のように力を振りかざしていた。例え望む望まないに関わらず、あるがままに人を傷付けるその力は憎悪の対象であると同時に、恐怖そのものでもあった。

 感情の統制のしようを知った今となっては、その力は誇るべきものとなっている。ただ未だにその無秩序の暴力がアレックスの心の楔ともなり、素のアレックスの姿を見ることは決して出来ないということもあった。


 顔に出さず、言葉に出さず、感情にも出さない。

 考えることも放棄すれば誰も傷付けずに済む。それ故にアレックスは死の眠りに就いたかのように生きてきた。




 死んだように生きてきたアレックスを息吹かせたのは一人の少女だった。


 無邪気で無垢で、転がせば鈴のように笑う一人の少女。



 少女はアレックスの手を取ると駆け出した。何が可笑しいのか花畑を笑いながら駆け回る少女。反対にアレックスは泣き出しそうな顔をしている。


『どうして泣きそうな顔をしているの?』


 邪気のないその笑顔にアレックスは抗う術を持たなかった。


『笑ってた方が楽しいよ!』


 来る日も来る日も少女はアレックスの元へとやって来た。アレックスを笑わせようと様々な話を語り、踊り、歌い、そしていつも笑っていた。


 初めは笑えるものか、とか馬鹿馬鹿しいなどとも考えもしていたが、少女はそんなアレックスを意に介さずに柔らかく微笑む。そんな少女に対して黒い感情も湧き立たず、素直に受け入れる事が出来るようになっていた。

 そんな少女につられるようにアレックスはいつの間にか微笑んでいた。


『あ、アレックスくん笑った!』


 この上ない少女の笑顔。

 この笑顔を守りたいと思った。けれど離れたくないと願った。


『おれはキミを傷付けてしまう』


 壊れ物を撫でるようにアレックスはポツリと本音を零した。


『わざとなの?』

『わざとじゃない!』

『だったらごめんなさいすればいいんだよ』


 幼いがゆえの単純な言葉。それでもそれはアレックスの欲していた受容の言葉。


『おれはキミといていいの?』

『もちろんだよ!』





 そして二人は大人になった今でも共にある。

 半ば国を追われたようなものだが、それでも頑として二人は共にあった。



 これが《竜の墓場》の原点である。

ついに10万字超えました……ろくに物語始まってもいないけど……

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