42.邂逅と招請
「彼女が【魔女】ね」
そう言いきるレイラの表情に浮かぶのは懸念のものだ。
「【魔女】だって?なんでそんな奴が……」
「さあね。なんだか面白……怪しい話になってきたわ」
三人は答えの得られない問題に頭を抱えた。
セイギを尾行した結果は森の前にそっと佇む一棟の家屋だった。
セイギをジッと注視していたレイラが一瞬でその姿を見失った。これは些か可笑しなことだと辺りを気を配って見渡してみれば、そこには寂れたような小屋があったのだ。気配を殺して暫く様子を伺っていると一人の少年と一人の少女が飛び出してきた。少女が少年を追い回しているらしく、逃げ惑う少年を捕まえようとフライ返しを振りかざして少女が駆ける。
至って平和的な光景ではあるが、しかしそれも異様である。このような隔離されたような辺境の地にに、しかも巧妙に魔術を使ってまで隠された家屋に住む人間。
まともであると判断するには到底厳しいものがある。
レイラはその隙に家屋内の様子を伺うも、そこに人の気配はない。それだけを確認するとレイラはその場をそっと離れた。
街での聴き込みによるとあの森は"魔女の森"とも言うらしく、そこには【魔女】が住むという。
まことしやかに囁かれるその噂も、真実を見てとったレイラにとっては確たる事実であった。
しかしその実態は謎。【魔女】として表舞台にたったということはなく、噂のみが独り歩きしている状態だ。
所詮噂話程度では全容を掴むことなど土台無理な話だった。
それは一週間にも渡る調査になっていた。
少女の名は『エリザベート・ルイジニア』、18歳。元貴族の【哀願の魔女】。父親はルイジニア家次男の無駄飯食らいで母親は不明。祖父は『ルガルド・ルイジニア』。この国の歴史を語る上では決して外せない名前の英雄だ 一騎当千とも言われるが、一方では知謀策略に長け、指揮官としての才能は随一であったと言う。鉱石や海産物も豊富ではない貧しいこの国が諸外国の侵略にも屈しなかったのは彼の功績だとも言われる。
そんな彼の【称号】は【鬼人】だった。人であり人ならざる者。尊敬の対象でありながら畏怖その物。
鬼のように力を振るった彼も突如表舞台から姿を消した。姿を消したのは今から15年前。逆算するとリズが3才の頃だ。
レイラは推測する。彼はリズを国に上納するのを拒むため、自身の持ちうるすべてと引き換えに表舞台を去ったのではないかと。そこには彼の感情論は含まれてはいなかったが概ねその通りだった。
そんなことよりも、とレイラは考えていた。
【鬼人】に育てられたであろう彼の孫である【魔女】のことを思う。彼が死去したのが8年前であることを差し引いても、7年間ずっと共に暮らしていたであろうと言う事実は素直に評価すべき点だ。生活力然り戦闘力然り戦略然り。狩りを行っていたことを思えばずぶの素人でもないし即戦力たりうるだろう。そして何よりもそのネームバリューだ。【鬼人】の孫だと言うだけで少なからず評価される。実の親がどうであろうと、【鬼人】と暮らしていたと言う事実は覆し得ない。
こうして《竜の墓場》はリズ獲得への動きを始めたのだ。
動きはリズの側からあった。と言っても精々がセイギの世話になった分の礼を尽くしたものだ。軽い装飾品や食料の差し入れ程度。
その際に会いたいといった旨を伝えると苦渋の末にリズはそれを許諾した。セイギの信用する人間であるということと、人との接点を持ちたいという気持ちから出たものだった。奇しくもレイラ達の態度が生んだ機会でもあった。
街に入ることを許諾されないリズの理由で、セイギが《竜の墓場》を案内することになった。正直何故ただの直線である道を案内しなければならないのかと思うセイギであったが。
リズはひどく緊張していた。人とのコミュニケーションなど数える程度にしかこなして来なかった彼女にとって、人を家に招く機会などなかった。むしろ招きたくはないとも思っていなかったし祖父にも強く禁じられていた。けれど、それを上回る期待がリズに今回の無茶をさせた。
(きっとなんとかなるわ)
楽天的な思考と不安以上の期待。
人付き合いのなさがまさにリズにそうさせていた。
――ニポポです。仲良くしてくれると嬉しいな
爽やかイケメンの挨拶はセイギにとって憎々しいものでしかなかった。ちゃっかり握手しているのも気にくわない。
連れてきた《竜の墓場》の人数の多さにリズは目を回しかけていた。まず容姿、名前が覚えられない。会話がとりとめもない。話に入る隙が分からない。冗談が冗談と判別できない。
その程度の弊害があった程度で自己紹介は割りと無事に済んだ。未だにリズは困惑している様子だったが、それを差し置けばなんら問題はない。
そんな戸惑うばかりのリズでも《竜の墓場》の大概は優しい口調で親身に接していた。リズはそれにいたく感動しつつ、照れたり慌てたり笑いを誘っていた。
ようやく落ち着いたリズが人数分のハーブティーを淹れると、その前に特製のお茶菓子を添える。勿論どちらもリズの謹製だ。
とやかくかしましく今までの冒険や今後の夢、レイラやゴルドスが面白可笑しくエピソードを語り、時にはニポポが突っ込みをいれ、ユニアスがとぼけた話題を振る。セイギとアレックスとリズは専ら頷いたり笑ったりするばかりだ。
話が一段落つくと、皆が一斉に茶に手を伸ばす。まったりとした雰囲気が辺りを包む。
リズが今までに感じることも出来なかった穏やかで優しい空気だった。
「エリスちゃん、セイギくん、私たちと一緒に旅に出てくれないかしら?」
そんな空気の中、レイラはついに本題を切り出した。




