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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
41/104

41.感謝と帰宅と

 突如として立ち上がったニポポにセイギは若干戸惑っていた。正直アレックスとニポポの会話ですでに満足してしまったような空気感があったからだ。

 セイギはほんの僅かながら、ホントに僅かであるがこの空気を作って立ち去った現況でもあるアレックスを忌々しげに思った。


「なんだよ、お前もいたのか」


 今更にセイギの存在に気がついたニポポがセイギに対して横柄とも言える態度で話しかけた。実際のところ、情けない場面を見られたという感覚もあり、その印象を払拭しようとも言える態度だった。


「いちゃ悪いのかよ」


 別段来たくて来たわけでもなしに、その相手からこのような言葉を言われてしまえば流石にカチンとも来るのが人情というものだ。特に好んでもいない、寧ろ嫌っているような相手なら尚更だ。


「ああ悪いね」

「あ?」


 結局のところ、今にも喧嘩しようという雰囲気になってしまうのは二人の相性が悪い、ということに他ならない。言うなれば犬猿の仲とでも言うべきであろうか。


「僕はお前に謝るつもりはないよ」

「奇遇だな、俺もだ」


 ふてくされたように視線を反らすニポポと、憎々しげに見つめるセイギ。


「さっさと失せてくんない?」

「あー、言われなくてもな!」


 踵と返して階段へと向かおうとする。しかし、その足取りはすぐに遮られた。再び踵を返すとニポポの表情が僅かに伺える位置にどっかりと腰を下ろした。


「……なんだよ」


 不機嫌そうにセイギを胡乱げな視線で見やるニポポ。その目はセイギを批難するものに満ち溢れている。


「帰り方がわかんねーんだよ、察しろ」


 今度はセイギが不貞腐れたような表情をしていた。

 プッと吹き出すような音を上げ、ニポポは肩を震わせ始めた。そのまま膝を抱えて顔をその足に埋める。

 そんなニポポの態度にもセイギは何も言わない。


 次第に震えもゆっくりになり、それでも途切れることはなかった。


 それはニポポの無言の慟哭であった。



 * * *



 ニポポに連れられて戻った先では、《竜の墓場》メンツがすでに揃っていた。


「あ、ニポくん!」


 ニポポにユニアスが駆け寄る。その姉以上に姉をしている態度に、ニポポはやりきれないものを感じながら安堵していた。ユニアスは姉であると同時に大切な人、けれどそれ以上にもなりえない。これがニポポにとっての現実だ。


 軽くハグするユニアスをそっと押しやり、ニポポはユニアスをじっと見つめる。


「え?なに、どうかした?ニポくん」


 ニポポに見つめられたユニアスは自身の顔に何かついているのではないかと慌てて探り出す。そんなユニアスにニポポは笑みを零し得なかった。


「ううん、なんでもない」


 それはニポポの満面の笑み。今までに見せたこともない心からの笑顔だった。

 《竜の墓場》のメンツもそのニポポの表情に驚きを隠せない様子だった。


「こりゃ、すげえ」

「なんともまあ」

「……」

「ニポくん笑ったー」


 そんな感嘆の声を聞いてニポポは恥ずかしげに視線を反らす。そしてその先にはセイギがいた。


「……感謝もしないからな」


 やれやれ、と手のひらを首のあたりで上に向け、肩をすくめたセイギだった。





「それじゃあ暫くは私たちはこの街にいると思うから、良かったら寄ってね」


 ヒラヒラ、と手をセイギに振るレイラ。ゴルドスが若干悔しそうな視線をセイギに送ってはいるがそれはひとまず無視しておこう。ユニアスは軽く手を振り、アレックスは突っ立っている。ニポポに至っては視線を合わせようともしない。それでもチラチラとセイギの様子を伺っているのが分かり笑いを誘う。


 笑いを堪えながら手を振り返すセイギ。その顔は笑みで緩んでいる。


「ええ、その時は是非」


 セイギはそう言いながら《竜の墓場》に背を向けた。

 向かう先は勿論リズの元。早く帰ろう、セイギはただそれだけを思っていた。


 門を潜り、関門を抜け、森への道へ至る頃には既に駆け足になっていた。そうせずには居られない心地だった。





「それじゃあ私が見てくるから」

「心配しすぎじゃないか?害意はないようだし」

「……俺もそう思う。触らなければいい」

「うちのニポポが怪我してんの。ただで起き上がるつもりはないわ」

「確かにそうだが……」

「大した怪我じゃないだろう、いいじゃないか」

「呪いだったらどうするのよ?」

「……」

「……」

「そう言うことよ、じゃあね」


 固まっていた三人の中から黒髪の女性が駆け出した。あとを見つめるのは青年と壮年、アレックスとゴルドス。


 《竜の墓場》の首脳陣は、安易に妥協しない。



 * * *



「ただいま!」


 やたらに大きな声でドアを開け放ったセイギにリズはキョトンと視線を向けるしかなかった。


「えっと、おかえり?」


 疑問系になるのも仕様のないことだ。買い物へ行っただけだと言うのに無駄に時間がかかるわ、服を購入した様子もないわ、なぜか晴れやかな笑顔でリズを見ていることやらで戸惑うしかなかったからだ。


 そんなリズを見つめていたセイギだが、言葉を失ってしまっていた。リズに会いたかったこと、それは確かだ。けれどその先にしたいことはなかったのだ。勢い余って扉を跳ね除けた反面、どうして良いものかわからなくなっていた。

 扉を開け放してリズを見つめ続けるその様子に居心地の悪さを感じたリズは、その行動を遮らせるように声をかけた。


「ドア、閉めて」


 感情を押し殺そうとしたせいか、無駄に冷たい声が出てしまったことに慌てる。


「あ、その、座ったらどうかしらって」

「お、おう!そうだな!」


 まるでおままごとのように応対をしてしまう二人。

 そのまま卓についたはいいが、なぜか二人はギクシャクしてしまう。


 リズを居場所として意識してしまったセイギは兎も角、リズはそんな雰囲気のセイギに当てられてしまった形となっている。それだけにどう対応したものかと思いあぐねていた。


「そ、そうだ!これ、言われてたもの!」


 そんな空気に耐えられないと、大声でセイギが戦利品をリズに手渡す。大声なのは勿論照れくささを隠すためだ。


「あっ、ありがとう!」


 それに対抗するかのように大声で返事をするリズ。なぜか大声でないといけない気がしたのだ。



 唐突に訪れる沈黙。今までの二人の会話を思い出して両者は顔を赤面させる。

 沈黙を十分に噛み締めたあと、セイギは唐突にポケットに手を突っ込んだ。


「リズ、これ」


 リズに手渡されるのはあの翡翠の髪止め。決して上等の意匠を施された訳ではないがシンプルなためにその親指先大の深い緑色の宝石の煌めきが最大限に活かされている。土台は微かに桃色がかった銀のバレッタだ。


「いつも、ありがとう」


 そう言ってそれをリズに手渡す。日頃から世話になっている礼の代わりにそれを手渡したのだ。照れて素直に口に出せない分、物として感謝を告げる。セイギの大切な居場所。


「……ありがと」


 リズの瞳に僅かに水滴が溜まっていく。決してそれは悲しみでもないことはセイギにも分かった。だからセイギは慌てえることもせずになにも言わず、リズの気持ちが落ち着くまでその表情を眺め続けるのであった。

 そして早速それを身につけて子供のようにお披露目するリズに、セイギはこの上ない天国にも似た歓喜を感じていた。






「ところでセイギ、服は?」

「あ!」



 そしてセイギがその日のうちに天国と地獄を味わったのは、言うまでもない。

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