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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
生まれ出る命
4/104

4.少女の名は

「エリザベート」


 少女は自身を指してそう言った。


「エリザベート」


 セイギは反復するように言葉を続ける。若干エリザベートの意図した発音とは違うものの、苦笑い半分でそれを許容した。

 そしてエリザベートは自身を指し再び言う。


「リズ」


 先程のは名前であることが漠然と理解できたセイギであったが、『リズ』が何を指しているのかまでは判別出来なかった。

『リズ』が示すものは属性であることには違いない。名前然り性別然り職業然り。

 何度も自身を指して『リズ』と言う言葉を繰り返すエリザベートに対してセイギは些か疑問を抱きつつもその言葉を繰り返す。


「リズ」


 エリザベートは破顔した。


「エリザベート。エリズ。リズ」


 エリザベートはそう言いながら三度自身の胸に手を当てた。そしてようやくセイギはエリザベートが何を言わんとしていたのか理解した。正しい名前がエリザベート、『リズ』が所謂(いわゆる)あだ名に該当するものであると分かったのだ。


「リズ」

「ヤー」


 セイギが反復する言葉にリズが手を挙げながら反応する。今のが恐らく『はい』に該当する言葉なのだろうか、リズはニコニコとしながらセイギを見つめていた。

 美麗な少女に見つめられたセイギはドギマギとしながらも自身を指して『セイギ』と名乗った。


「セイギ」


 リズはその言葉を噛み締めるようにしながら続けた。

 セイギは自身の顔が紅潮していくのが分かった。今までに女子にこうしてはっきりと名前を呼ばれることもなかった。精々が『田中くん』、『ヒーロー』、『お巡り』と言う位なものだった。特に後者二つはセイギの嫌うものだった。セイギだから、という安直な理由でついたあだ名。正義でも悪でもないと自己を分析するセイギにとって、それは鬱陶しいだけのものだった。


 そんな名前の意味を問わず、純粋に『セイギ』と反芻するリズの姿がセイギにとって初めてのもので恥じらいを隠し得なかったのだ。


「セイギ?」


 そんなセイギを訝しんだのか、翡翠の瞳がセイギの顔を覗きこんだ。

 突如視界に入り込んだ少女の姿に慌てつつも大丈夫大丈夫、とジェスチャーで伝える。そのセイギの姿を見たリズは首を小傾げながらも納得したようにセイギとの距離を戻した。



 * * *



 リズの部屋に連れ戻されたセイギが最初に見たのはスッキリと片付いた部屋だった。小物が散らばり雑然としていた小屋の中は人が暮らすには十分な広さと清潔さを備えていた。

 リズが始めにセイギに叫んでいた言葉は『外で待っていろ』と言った意味の言葉だった。それを追い出されたと勘違いしたセイギが立ち去ったのを慌ててリズが連れ戻したのだ。

 そして部屋に連れ戻されたセイギは真っ先にベッドへと押し倒された。ひどく慌てたセイギであったが、決してセイギが期待(・・)したようなピンクな出来事は一切なく、セイギの体を心配したリズがセイギに休息を取らせようとしたのだ。

 起きていられない程でもなかったが、実際、未だに心身に疲労の残っていたセイギは誘われるままに眠りに落ちていった。


 眠りに落ちていくセイギの横顔を緑青(ろくしょう)の双眸が見つめている。

 その瞳はどこか温かく、幸せを噛み締めているようでもあった。


 ***


 そして目覚めたセイギはテーブルに着かされ、いつの間に作ったのであろうか、お粥にも似た料理が用意されていた。

 二人で食卓を囲みつつ、自己紹介合戦と相成った訳である。


 二人の会話は盛り上がらない。延々と物の名前を反復するだけだ。盛り上がりはしないが二人は互いの言葉に集中していた。


 粥のような食事は『トイ』と言うらしく、その中に入っていた肉は『ディー』の肉だという。

 他にも多くの名詞が卓上を飛び交った。殆どが聞き慣れない言葉でセイギは自身が小学生以下にでも戻ったような錯覚を覚えた。

 実際言葉の全く伝わらない環境とはひどくストレスを与えるものである。セイギはこの環境に些かストレスを感じつつも真剣に単語を脳内に叩き込み続けた。

 そんなセイギの感情を感じ取ってか、リズも余りペースを早めず、尚且つ皮肉げにならないように細心の注意を払い続けた。

 それらの要因が合わさってか、割りとスムーズにセイギは多くの単語を覚えることが出来た。


 そんな食事の時間もすぐに終わりを迎える。

 片付いた食器をリズはそそくさと流し台へ運ぶ。慣れた手付きで食器を洗いい始める。僅かにだが鼻歌のようなものも聞こえている。

 そのリズの姿を観察していたセイギだが、唐突に立ち上がるとその背中に向かって声をかける。


「リズ」

「フェ?」

「ありがとう」


 セイギは頭を深く下げた。

 素性も分からない人間を助け、言葉も通じないながらも懇切丁寧にもてなしをしてくれる存在は今現在、非常に稀有なものだろう。自分が逆の立場であったなら絶対にあり得ないと思い至ったセイギは、リズのその優しさに目頭が熱くなった。

 そんなセイギの心情を慮ったのか、リズは優しく微笑み頷いた。


「℃※★∈√Σ×@¢★▽→、⇔∀⇔≒†♪♯」


 単語でなくなるとその意味はセイギには全く掴めなくなる。だが、その心はセイギに通じていた。


 セイギは再び、深く頭を下げた。


「+≠$&*§●◇」


 なにかを語りかけるリズにセイギは顔を上げた。

 驚愕したことにリズはベッドを指差していた。


「え?ちょっと、それはまずく……、まだ出会って1日しか経ってないわけだしいやそういうことをしたくないわけではないけどしなくてもいいって言うかああぁぁぁ……」


 セイギが何を言わんとしているのかさっぱり掴めていないリズは可愛いらしく小首を傾げるだけだった。





 ――そして夜


 セイギは一人でベッドに、リズはハンモックに揺られていた。

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