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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
38/104

38.笑顔

最近怒濤の勢い(とまでは行かないまでも)でアクセスが増えてる気がしてなんだか嬉しいやら怖いやらです(笑)。

「そんなはずないだろ!」


 刮目とも言って良いほどに見開いた目は無理矢理にその事実に蓋をしようとした結果なのか、見るに耐えかねないものがあった。


「そうだよね!?ユニねえ!」



 必死な形相。


 ニポポにはどこかアンバランスさがあった。

 見た目の齢にしては言動は幼く、何かと負けず嫌い。そしてユニアスに対する独占欲。まるで感情の抑え方を知らずに育った子供のように。



「恋人は、いないよ」


 何故か苦しそうな笑顔で言い切るユニアス。その表情は批難を堪える表情にも似ている。

 そんな表情の意味を考慮せず、ニポポがひきつった顔でセイギに笑いかける。


「ほら!言っただろ?」



 ニポポは恐れていた。怖くて仕方がなくてその可能性に目を瞑っていた。



 ――ユニアスの一番大切な人がニポポ以外になってしまうことを





 ニポポは両親の顔を覚えていた(・・・・・)

 忘れたくとも忘れられない記憶だ。

 人の記憶というやつはひどく気まぐれで、忘れたくないことも忘れられないと感じたことさえ容易に記憶の深淵へと追いやってしまう。その半面どうでも良いことや忘れてしまいたいことは心を捉えて放さない。



 ニポポの両親は至って平凡な顔の、どこにでもいるような夫婦だった。黙っていれば可愛いだの、笑えば凄みが出るだの、お人好しな顔だのと言った評価すらも受けそうにない、平凡な顔だ。

 勿論臆するようなものではないし嫌悪感を募らせる類いのものでもない。ともすれば一瞬で忘却の彼方へとやってしまいそうな程度のものだ。



 彼らがニポポに何かをしたという訳ではない。むしろ何もしなかった、と言うべきか。



 ――【魔法使い】


 これがニポポに与えられた称号だ。両親は当然国家に異議を通すコネや力を持つはずもなく、幸か不幸か魔法の才に恵まれたニポポは晴れて国の"所有物"になることが決定した。


 三才になったばかりの幼子を見知らぬ男たちがその手を牽いていく。不安に駆られた子供が両親を振り返ると、二人は満面の(・・・)笑みで自らの子を送り出していた。

 当時のニポポが知る由もないが、子供を国に寄贈(・・)すると、報奨金が与えられる。一般家庭において、これは決して少なくない額だ。両親の顔から笑みがこぼれ落ちたのも仕方のないことかもしれない、今では自身をそう納得させている。



 だが、その日からニポポは笑えなくなった。



 辛い"調教"もさることながら、両親を彷彿とさせるその行為は忌むべきであり憎むべき対象でしかなかった。

 どんなに厳しく教育されても、その感情だけは決して失わなかった。

 それ故か、感情の失せていく周囲の傀儡とは違い、ニポポだけが精神を鋭敏に尖らせて残すことが出来たことは皮肉な事実である。



 ある日ニポポを含めた"お人形さん"たちは鉱山の採掘に駆り出された。

 忘れもしない息も凍り付くような冬の寒さ。


 巨大な岩盤に掘りつき、その岩盤をうち壊すのが目的だった。人力では到底なし得ないそれでも、魔法を使えば熱した鉄でバターを切るように容易い。

 その仕事も一時間もあれば終わる予定だった。異変は作業の半分が終わった頃に起こった。


 予想よりは広かったとはいえ、坑道で大袈裟な魔法は使えたものではない。水と風の魔法で擬似的に風化を促すのが精々関の山だった。

 だから誰も予想していなかった。



 ――鉱山が崩れるなどと



 軽い振動の後、見るからに坑道の壁が震えていた。遠くで何かが崩落するような音がし、すぐそこの地盤に亀裂が走った。突風のように一陣の砂煙がニポポ達を襲った。


 怒号と悲鳴。

 青ざめる坑夫たちの表情からニポポは最悪の事態を悟った。その瞬間、ニポポは出口に一直線に走った。


 誰かを助けようなどと言う思いは一切なかった。坑夫は魔法を使えないために魔法の援助を受けて速く駆けることはできず、"人形"は逃げようという意思はなかった。



 ただ一人坑道から抜け出したニポポを礫と砂塵が襲う。僅かな痛みが走るがニポポは表情を一切変えない。この程度の痛みは日常茶飯事だ。

 口に入った砂粒を吐き出しながら鉱山を振り返る。


 その坑道は完全に潰れ、始めに見た鉱山の面影など露ともない。それはまさに瓦礫の山だった。



 ニポポが生き残ったのは幸運だった。ニポポ達の入った坑道は新しく、比較的浅かったこと。それゆえほとんど崩落のダメージが直線的であったこと。ニポポ自身の魔法の才能もあり、ニポポだけが唯一生き残ったのだ。


 潰れた鉱山を見てニポポは共に潰れたであろう"仲間"達を思った。五人いたはずだ。誰かは面倒見が良かった記憶がある。誰かはチビだった気がする。誰かは女だった気がする。誰かは隻腕だった気がする。誰かは魔法が下手だった気がする。誰かは世界を恨んでいた気がする。


(ああ、最後のは僕か)


 自傷気味に自嘲するニポポ。



 そのまま鉱山に背中を向けて歩き出す。

 もはや誰の顔も思い出せなくなっていた。






 鉱山の近くには町があるはずだった。しかしニポポは本能的にその町を避け、反対に山間へと足を向けていた。

 町に向かえば命は助かるが今までとは変わらない生活が待っているだけだ。ならば命の危機を冒しても人目を避けるべきだと判断した。


 当然ろくな装備も知識もないたった一人の子供が山を越えることなど到底出来るはずもない。悪辣な環境とはいえ、一方的に保護される存在であったニポポが山を生き延びる方法などあるはずがなかった。故にニポポが行き倒れるのもまた道理だ。



 ここでニポポに一筋の光明が射す。



「大丈夫?」


 空腹と喉の渇きに既に眼もかすれ始めたニポポは幻聴かとも思った。

 しかしすぐにそれも違うことが判明する。


 柔らかな手がニポポを抱き起こしたのだ。その手は汚れたニポポを抱き起こすことも厭わず、優しい手付きでニポポを撫でる。春の陽気にも似た微笑みがニポポへと向けられる。


「もう大丈夫だから」


 初めての優しさにニポポの涙腺が崩壊した。

 ニポポは空腹も渇きも忘れ、知らないその感情のなすがままに任せて少女の胸にすがり付いて咽び泣いた。




 ニポポ10歳、ユニアス17歳の出来事であった。

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