36.選び取った運命
リズの頼みの品を買い終えたセイギは、自身の洋服をこさえることにした。
問題はその隣になぜかニポポがいることだ。
文句をつけながらもセイギに着いていくその姿はまるで親子や親友のように見えなくもない。実際は愚痴に辟易としたセイギと、ゴルドスの命に已む無く従ったニポポの凸凹コンビだ。決して相性は良くない。むしろ悪い。
ニポポは年齢の近い年頃の友人がいないということで、今回無理矢理に付き添わされた形となる。
正直友人とは無理矢理作らされるものではない。分かりやすく言い換えると良い迷惑だ。これにはセイギとニポポ、両者の意見が一致していた。
それでもニポポはしっかりと着いてくる時点で、ゴルドスを恐れているのか、それとも裏切りたくないのか、そんな心情が読み取れる。まるで叱られるのを怖がっている子供のようだ。
服屋にたどり着いたセイギの目に飛び込んできたのはピッチリした服やら無駄に長い服、キラキラ艶やかな、毒々しい色合いの服だ。
現代の感覚で言うと到底着れたものではない、と言うよりも着たくない、と言うのがセイギの本音だった。
「……マジか?」
隠しきれない本音がこぼれるもニポポは全くそれを意にすることもなく服の一群に歩み寄っていた。
スッと取り上げたのはスパンコールの如く光を反射してやまないド派手な服と、殆ど無地のツナギのような二着だった。ニポポの表情を見る限り、まともに選ばれた二着ではないことは自明の理である。
そんな様子のニポポを眺めていたセイギではあるが、しかしそのツナギのような服は別に良いのではないかと考えていた。どうせ頻繁に街に出るわけでもなしに、余所行きの装いなど無駄だ。唯一気にかかったのはリズのことだが、今更格好着けたところでそれ以上に情けないところを知られている以上、どうしても格好は着かないだろう。そう結論付けたものの、やはり気になってしまうのは男としての細やかなプライドがそうさせるのだろう。
ツナギを眺めて悩みだしたセイギを見て、ニポポは予想外という表情をしながらも面白い玩具を見つけた子供のような表情へと変化する。
「これ良いんじゃない?安いしさ」
そう後押しをするニポポに違和感を覚えつつ、店員を招いてその金額を聞く。
「1銀貨でございます」
「え」
5銅貨もあれば買えるのではないかと考えていた考えていたセイギは、予想外のその高さに驚きを隠せなかった。
そんなセイギの様子を伺ったニポポはまさかとは思いつつも尋ねる。
「おまえ、いくら持ってんの?」
「……8銅貨」
「は?」
服を買おうというのにそんな僅かな金額しか所持していないセイギにニポポは開いた口が塞げなかった。
「本当に?」
「本当に」
「冗談じゃなくて?」
「冗談じゃなくて」
「……バカかお前は」
呆れたような物言いからセイギの神経は逆撫でされたが、常識自体を満足に知り得ていないこともあり、已む無く口を噤む。
「銀貨一枚なんて安いだろ。服は高級品なんだぞ?そんなことも知らねーの?」
知らない、とは言えないセイギは無言になった。その無言を肯定と取ったのかニポポは無遠慮に言葉を続ける。
「あっきれた。さっさとゴルドスんとこにもどろ」
言うが早いか、ニポポはドアを開いて服屋を後にした。
後にはセイギがポツンと一人取り残されていた。
* * *
別にリズはセイギにこのような思いをさせたかった訳ではない。セイギたちの入店した店舗は幅広く服を取り扱う店舗であったが、その分だけ元が高くなっていた。立地条件や国に認めらていたという条件も重なりもあり、軽く通常の5倍近くの値段になるのだ。
尤もリズは自身で服を仕立ててしまえるため、正規の値段に詳しくなかったということもあるが。
ニポポに置き去りにされたセイギはその後を追うにも億劫で、少し距離を取りながらもその背中を目星に歩いていた。見慣れぬ街ということもあり、気付けば迷ってしまうのは間違いがない。この歳になっても迷子にはなりたくないというのは、逆にまだ若い証拠なのかもしれない。
ふと、セイギは路肩に展開される露店商に気が付いた。店を展開するのは怪しげな老齢の男性で、立派な髭を蓄えている。誰にも気付かれていないのか、路地裏にも近いそこはまるで異空間のように人を寄せ付けない空気を纏っていた。
怪しいと分かりつつも目を奪われたセイギは、気付けば店主に声をかけていた。
「あの、すいません」
「ひょっほ!」
老人は呼び掛けられるとは思っていなかったのか、極めて可笑しな声をあげた。
「お、おお、すまんのう。呼ばれるとは思わなんだ」
「はぁ」
どう話して良いものか、セイギは思い悩んでいた。まずなぜ自分がこの露店商に声をかけたのか分かっていなかった。
「ふむ、これは数奇の運命の持ち主だな」
「は?」
「いや、こちらの話じゃ、気にするな」
「そうですか……」
ジッとセイギの目を見つめていた老人の突然意味の分からない言葉に薄気味の悪いものを感じながら、セイギはその老人の手元に雑多に広げられる煌びやかな宝石に目を奪われていた。
「坊やはなにか欲しいものはあるのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
否定しようとしたセイギの言葉はそこで途切れた。目に止まった翡翠の輝きに目を奪われていた。
「それを選ぶか……」
セイギの様子を見て理解したように老人が唸るような声をあげた。
「へ?」
「……いや、よい。それを選ぶなら……そうだな、8銅貨でどうじゃ?」
どうしてセイギの持ちうる金額を知り得たのか、老人はそう言う。そして宝石にしてはその破格の安さにセイギは驚いた。
「そんな安いんですか!?」
「まあ、今回は特別にな」
一瞬の逡巡、だがすぐにセイギは心を決めた。
「ください」
「そうかい」
老人は皺深い手でその翡翠の髪止めをつまみ上げるとセイギに手渡す。銅貨を引き換えにそれを受け取ったセイギは見惚れるようにその宝石を眺めた。
「坊やにはついでにこれをあげよう」
老人はそう言うと小さな指輪をセイギに手渡した。
「そんな、頂くなんて……」
「いつか、それが必要な時が来る。持ってなさい」
力強くそう言い切られ、断ることもできずに受け取ってしまうセイギ。
「なにしてんだ、さっさと行くぞ」
セイギに声をかけたのは先に行ったはずのニポポだった。
「あ、悪い」
そういいながら老人の方を振り返るセイギ。だがそこには既に誰もおらず、寂れた路地裏が続くだけだ。
「あれ?」
首を傾げるセイギを訝しみつつ、帰路を進み始めるニポポ。セイギは慌ててそれに着いていく。
「これも運命か……」
路地裏に響く老人の声を聞いたものはいない。




