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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
33/104

33.唯一の証

「冷やかしならさっさと帰んな!」


 少女の叱咤でようやく時は動き出す。


「あ、いえ利用者です」


 真っ先に復帰したのはレイラだった。一瞬戸惑いもあったようだが既にその様子は掻き消えている。


「じゃあさっさとしとくれ。こっちも暇じゃないんだよ」


 言葉の端に棘を仕込まずにいられないのか、返ってくる言葉はいずれも鋭い。

 それに怯むこともなくレイラが流々と言葉を続ける。


「登録をお願いします。この子です。後見人は《竜の墓場》の……」

「ゴルドスだ」


 レイラの言葉を遮って自身の名を出すゴルドス。

 決してレイラの名前を言わせないとばかりのタイミングにレイラも苦笑を隠し得ない。当のゴルドスは気付いていなかったが。


「へえ、あんたらがかのご有名な《竜の墓場》様御一行かい」

「止めてちょうだいよ」

「何言ってんだい。あんたらが有名なのはその悪名の方だろうに」

「あら?」


 レイラを含め五人全員が何も言い返さない。と言うよりも言い返せないと言った方が正しいのだろう。


「怠惰のアレックス」

「……」

「天上人ユニアス」

「はえ?」

「粗暴者ゴルドス」

「別に粗暴ってわけじゃあ……」

「自由獣人レイラ」

「あら嬉しい」

「"王子様"ニポポ」

「あれ?僕だけ誉め言葉じゃん」

「アホかい。あんたは『我が儘王子』だよ」


 少女に叱責されたニポポは喜色を潜めその意気を消沈させる。



 確かに我が儘王子と言う渾名もあるが、実際に巷の幅広い年代の女性達に『王子』と呼ばれていることを知るものは残念ながらここにはいなかった。約一名、知っておきながら敢えて伏せていたかもしれないのだが、それを語るのは無駄話も過ぎるので今回は伏せておこう。



 そんな様子に気をくれることもなく少女は言葉を続ける。言いたいことは全て話したいタイプなのか、淀みなく言の葉が連なる。


「こんな野郎共の紹介する相手なんざろくなもんじゃないだろうさね」

「野郎だけじゃないわよ?」

「似たようなもんだろうさ」


 軽口の応酬をしながらも少女はセイギをしっかり見やる。


「どんな賜物かと思えばひょろっ子のパッとしないやつだねぇ」

「うっ」


 それにしてもセイギに対する第一声がこれだ。相当の精神力を持たないと少女とやりあうには不十分かもしれない。


「それでどんな登録をするんだい?」

「とりあえず身分証として使うだけだからなんでも良いわよ?」

「そういうことかい」


 何を納得したのか、少女は部屋の奥へと戻ると書類を抱えて戻ってきた。


「さっさと書きな」


 ん、とペンを差し出されたセイギはうろ覚えながら自身の名前を書き連ねる。これもリズとの訓練の賜物だ。



 セイギは気付いていないがセイギの触っているペンも紙も腰が抜けるほどの高級品だ。普段は羊皮紙などで安価で済まされるが、今回は特殊な植物を用いて製紙が行われたものだ。紙と言ってもわら半紙のように手触りはいいとは言いがたいが、羊皮紙に比べると非常に薄く尚且つ破れにくい。それだけに重要な書類や書籍などに用いられ易いが、生産性に問題があり安易に用いるには敷居が高い。

 ペンも同様にインクに浸けずとも続けて書くことが出来るというものだ。携帯性にも優れ、筆の離せない職業の者にとっては必然とも言われている。こちらも生産性に優れておらず、稀少品扱いを受けている。



 そのセイギの無頓着な様子に、その場の人間はあるひとつの仮定を立てるに至る。


 ――この少年はお坊ちゃんなのではないか、と。


 高級品に目もくれず、その性能に驚くこともなく漫然と使用している。これが一般人の反応としてあり得るのだろうか。そして辿々しいものの識字も出来る。明らかに教育を受けた様子を匂わせている。


 そんな暮らしをしていただろうに何故か身分証すら持たずに自身の種族や【称号】すら知らないと言う。

 このチグハグな違和感が周囲の者を困惑や警戒をさせていることに当のセイギは全く気付いていない。



 それでも事実を尋ねる者がいないのは職業に全うであるためだとか、未知の力に対する警戒のせいであった。




 名前を記入した紙を少女に渡すと、その紙を持って少女は再び部屋の奥へと姿を隠した。

 その第三者が居なくなるだけで室内には気まずい空気が満ち溢れた。なんせ警戒や睨みを効かせ合うような関係なのだ。むしろ和気藹々としている方が異常だろう。


 だがその異常を違和感なく引き起こす人物がいた。


「セイギくんはどこ出身なの?」


 やや舌っ足らずにも聞こえるその声はその容貌にも見合った人物からのものだ。


 ――天上人ユニアス


 何を考えているのか全く分からない"天上の人"の意で用いられるその通り名は伊達ではなかった。

 これで《竜の墓場》が味わった苦難は星の数とも言われている。事態が好転することもないとは言い切れないが、それ以上に厄介事を引き起こす事の方が断じて多い。



 無邪気に尋ねるユニアスを無下にすることもできず、答えあぐねているとユニアスは勝手に語り始めた。


「あたしとアレックスとゴルドスはね、同じ村の出身なんだよー」


 慌ててユニアスを止めようとするゴルドスとニポポだったが、それぞれレイラ、アレックスに抑えられてユニアスの行動を止めることは敵わない。


「あたしたちはセパムの村出身でね、あたしとアレックスは幼馴染みなんだけどゴルドスだけは年上なんだよー。お父さんみたいだねー」


 さらりと言ってのけたがセイギにとっては驚愕の事実があった。


「えっ、同年代!?」


 アレックスとユニアスを交互に指差してしまうセイギ。どう見ても兄と妹と言った様にしか見えていなかったのだ。アレックスが老けているのか、ユニアスが幼いのか。


「そうなのよ。こう見えてもユニアスったら24なのよ」


 然り気無く会話に混じるレイラ。しかしその努力もすぐに水泡に帰す。


「ねえレイラ、こう見えて(・・・・・)ってどういう意味かな?」


 その容貌に反して、異様な気配を醸し出すユニアス。その気に当てられたレイラは笑ってはいるものの内心怯えを隠していた。



「あんたらホント騒がしいね」


 タイミング良くか悪くか、顰めっ面で少女が戻る。その手には銀に鈍く光る鉄のカードのような物。それこそがギルドに於ける身分証だ。


 少女はそれをセイギに渡そうとするが、思い出したようにそれを引っ込める。


「お、おい。なんだよ」

「私としたことがいけないね。金を寄越しな。キッチリ金貨一枚だ」


 セイギは呆然とした。そうお目に掛かる筈もない金貨を請求されたからだ。勿論そんな大金があるはずもなく、リズに渡された銅貨10枚がセイギの全財産だ。


「……そんな大金ねえよ」


 もはや茫然自失とも言った体でそれだけを言い切ったセイギに、少女は見るからに不快を露にする。口を開き罵声を浴びせようとする少女に待ったをかけたのはレイラだった。


「それなら大丈夫よ、払うから」


 事も無げに言いきるレイラに視線が集まる。集まった視線に対して大仰に頷くレイラ。


「ゴルドスがね」


 最後に落ちをつけてウィンク一つを投げるレイラ。対称的にうち崩れるのはゴルドスだ。


「……ナンデ、オレガ」

「後見人になるって言うんだからそれくらい良いじゃないの」


 他人事だからだろうか、揚々と言ってのけるとそのままゴルドスの懐を漁ると一枚の金貨を取り出した。そして惜し気もなく(実際惜しくもないのだろうが)少女にそれを投げ渡す。


「毎度」


 少女はキッチリとそれを受け取ると今度は素直にカードを渡す。

 セイギは受け取ったカードを眺めてみるが、そこには何も書かれていない。その欺瞞を少女にぶつけようとした時、思いがけない熱がカードから発せられた。


「あっつ!」


 あまりの熱さに耐えかねてカードを取り零す。


「なにしてんだい。"認証"されたんだからさっさと確認しな」


 叱咤の声も疲れたのか、既にその声は呆れを孕んでいるように聞こえた。セイギは納得がいかないながらも、落ちたカードを拾う。

しかし、カードは先ほどとは異なり、そこには文字が刻み込まれていた。



 ――セイギ・タナカ


 これはいい。セイギの名前なのだから当然だ。


 ――ヒト族


 これも予期されていたものだ。むしろ今回判明したことで今後も安心出来る結果だ。




 そして最後に。





 ――日本人


 セイギのよく見知った文字で、最も親しく最も遠い言葉が記されていた。

今さらですがユニーク1000突破しました。

御一読の方、愛読頂いている方、様々な方がいらっしゃるかと思いますが、本当にありがとうございます。


これからも更新を続けていきたいと思います。

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