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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
32/104

32.傷痕と引き換えに

 腹部を抱え込んだニポポを看護するアレックスとユニアスに、今にもセイギに飛び掛からんとするゴルドスとレイラ。


 しかしすぐにレイラはその姿勢を解くとゴルドスに声をかける。


「ゴルドス、ストップ」

「しかし……」

「大丈夫だから」


 困惑するゴルドスにレイラのだめ押しの一撃が加わり、不承不承といった雰囲気でゴルドスは構えを解く。


「割りと傷は深いかも知れないな」

「ニポくん大丈夫!?」


 アレックスとユニアスがすぐに治療に当たる。

 ニポポの腹部は鋭い刃物で刺されたような痕があるものの、既にそれは引き攣り閉じた後のものだった。遠い過去の傷痕の如く。当然血の一滴も流れてはいない。


「ニポ、こんなところに傷あったか?」


 無言で首を横に振る。


 周囲はようやく静けさを取り戻したが、セイギは静かな視線と警戒する視線、伺うような視線に威嚇するような視線、そして怯える視線が集まっていることに気付く。


 もはやセイギの正体を探ろうという意気のあるものはいない。



 そんな空気の中でも口を開くのは黒の女だ。


「セイギくん、都合がいいって思うかもしれないけど、《竜の墓場》を嫌わないでくれるかしら?」

「おい、レイラ!」

「黙って」


 諌めるようにしたゴルドスを一言で切り捨てる。


「言い換えるわ。敵にならないで(・・・・・・・)もらえる?」


 レイラが様子を伺うようにセイギの顔を見つめる。どこか媚びが込められているようにも見受けられる。


 レイラのこの言葉は《竜の墓場》を超えるなにか(・・・)をセイギに感じたからだ。触らぬ神に祟りなしとも言うように、関わらないことが最上なのだ。


「むしろ仲良くなりたいわ」

「レイラッ!」

「冗談よ」


 ゴルドスの叱責をなんでもないように流すレイラ。笑ってはいるがしっかりと視線の横でセイギをチラチラと警戒している。


「……そんな都合のいいこと……」


 聞くわけないだろう、そう言いかけた言葉をレイラが遮る。


「セイギくん、身分証持ってないでしょ?」

「……持ってるに決まってるでしょう?」


 正鵠を射るレイラに対していかにも自然に誤魔化そうかと錯誤するセイギだが、時既に遅しだ。


「別に誤魔化さなくったって良いわ。分かってることだし」


 その言葉に思わず反発もしたくなるセイギだが、それが無意味だと悟ると素直に認める。


「確かに持ってないけど、それがどうかした?」


 事実を見抜かれて少し慌てを感じつつ、それを気取られないように優位にいるような口調を心がける。

 そのセイギの内心まで悟ったのか、レイラは笑みを浮かべる。


「身分証がないと困るでしょう?少し付き合ってもらえば私たちの口添えで簡単に作れるわよ?どうかしら、それで今日のこと、チャラにしてもらえないかしら?」


 確かにそれは魅力的だ。身分証もないセイギには街への出入りさえ自由には行えない。セイギの身に起こった不快な現象さえ忘れればその権利を手にすることができるのだ。本来であればなんの躊躇いもなく飛び付くところであろう。


 しかしセイギは逡巡した。安易に口車に乗るほどセイギはお人好しではない。


「僕がやられたっていうのにチャラにしようっておかしくない!?」



 何よりコイツを許せと言われているような事実が許しがたかった。


「ニポポ、これは私たちの取引なの。分かる?」

「……分かるけどさぁ……」


 レイラに宥められた後でも愚痴をこぼすニポポに怒り半分、呆れ半分を感じたセイギは、面倒なニポポを無視することを固く誓った。


「分かりました。提案に乗りましょう」


 いかにも嫌そうな顔をするニポポを嘲け半分に見やる。到底無視とは対極的な行動だが、十分に満足したセイギはそれを気にすることは全くなかった。



 * * *



 セイギの連れられた場所は役所などではなく、うらぶれたバーにも似た店舗だった。


 割れたテーブルに大小揃わない椅子。空になったボトルに古びた掲示板。所々には刃物で出来たような傷が見てとれる。


 ここは所謂"ギルド"と言う施設らしい。


「おうおう、ここはやたらと気合いが入ってんな」


 ゴルドスがやけに楽しそうに(のたま)う。


 それもその筈だ。ギルドと言うのは冒険者限定とも言えるが職業安定所と言える。そのため施設は役所然としているところが多く、小綺麗に纏められていることがおおい。

 その中でも大きな国や都ではその地独特のギルドが運営されるという。今回もその例外ではあるのだが、セイギがこれを知る由もない。


「なんだいガキみたいな声だして!」


 店の奥からがなる声が響く。ゴルドスは子供のようにはしゃぐのをやめ、他の五人と同様に口を(つぐ)んでその正体を待つ。今にも大声で声をかけようと構えているのは、愛嬌とも言うものだろう。


「これだから馬鹿の相手は困るんだよ!」


 プリプリと怒りながらも現れたのは恰幅のいいオバちゃん――ではなくて赤髪赤目のそばかすを拵えた比較的年若い少女だった。


「え?」


 これにはさしものゴルドスも驚きを隠せなかった。上げかけた腕が中途半端に宙をさ迷い、物寂しげに佇んでいる。

 むしろ、この場にいる全員がその言動と容姿のギャップに言葉を失っていた。



「なんだいそのアホみたいな面は。バカとアホしかおらんのかね!」




 一人の罵声だけが、静まり返った舞台で躍り続けていた。

ロリババアェ……

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