31.語るに墜ちる
熊のような男、と言っても体長が5~6メートルもあるわけではない。精々2メートルといったところであろう。それでも十分な大きさを誇っているが。
茶の髪は短く刈り込まれ、鳶色の鋭い眼差しは野獣のようだ。口髭だけが伸ばされ粗暴な印象が拭えない。分かりやすく表現するならば盗賊だ。全身はがっしりとした筋肉に覆われ、対峙しただけで命の危機を覚えるだろう。
全身所々覆う鎧も印象的であるが、何よりも背中に背負った大きな盾が目を引く。所謂パラディンとも言える職業をこなすのか、それにしては鎧も軽装だ。
ユニアスは軽鎧を当てているだけで、動きやすさを重視しているように伺える。背中に装備されている矢筒を見る限り、アーチャーなのだろう。
亜麻色の髪は肩まで届くかどうかのショートヘアで、肌は透き通るように白い。瞳は赤みがかった茶色で全体的に色素の薄さを感じさせる。垂れがちでありながら大きな目とぽってり太った唇が幼稚さを強調する。背は低くセイギの顎に丁度頭頂がくる具合だ。体躯はそれに従うように可もなく不可もなく、凸もなく凹もない。謂わば『今後に期待』と言うところだろう。
アレックスは深い茶の髪色に緑の目。身長はセイギよりも僅かに高い。眠そうな眼差しとボサボサの髪が視界を塞ぎそうになっているせいで今一つパッとした印象を受けない。こちらはしっかりと鎧を着込んでいるものの、どことなく"着られている"印象が強い。所謂剣士なのだろうが力強さを感じない。
密かにセイギは内心アレックスを同類扱いしていたとか。
最後にニポポだ。分かりやすくその顔を表現するならばイケメン度70%と言えば分かりやすいだろう。これは十人中七人がイケメンと言うであろう指標だ。
上手いバランスで目と眉の位置がマッチし、鋭いイメージを与えながら口許が幼さを感じさせる。生えるままに重力に従ってしなだれる髪も幼さを強調している。その髪は黒のように見えるが濃紺で、蒼く澄んだ瞳と擦り合わせられたかのようなコントラストを産んでいる。セイギと同年代のようにも見え、身長はセイギよりも5センチほど低いがジャニーズ系のイケメンさだ。
勝敗で言えばセイギの不戦敗だ。
密かにセイギは殺意を抱いていた。
ニポポの格好はユニアスと似たような軽鎧を装備し、背中に矢筒を背負っている。パーティーに二人も弓使いがいるという違和感はあるが、それが実際どういったものか理解できないセイギにはさほど大した問題ではなかった。
「それでコイツどうすんのさ」
ニポポがセイギを指差す。その態度にセイギは確実に殺意を募らせる。
(コイツ絶対殴る)
そんなセイギの内心など知る由もない《竜の墓場》は身内で話題を広げ始める。
「俺は気にしないで良いと思うんだけど」
「僕も関わりたくないし?」
「お友だちになれるの?」
「……私は放っておくと絶対厄介になると思うのよね」
「レイラはあいつが気になるのか!?」
さりげなく全部が全部セイギに筒抜けなのは愛嬌なのか、嫌味なのか。
「ゴルドスはいつもそれだよね」
「仲良しさんだねー」
「べ、別にそういう訳じゃなくてだな!?」
「ふーん、そういう訳じゃないのね?」
「いや、これは言葉の綾というやつで……」
無駄話を続ける五人を置き去りに、その場を立ち去ろうとするセイギ。
しかしその襟をわっしと捕まれ引き戻される。無表情にそれを行ったのはアレックスだ。
「あの、離して頂けません?」
「まだお前の話を聞いてない」
アレックスのお前呼ばわりに少しばかりカチンとしながらも、既に五人の視線が集まっていることに気付く。
「ねえセイギくん」
そんな中に口火を切ったのはレイラだ。
「あなたの【称号】はなに?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
セイギにとってそれは知りたくもなければ知られたくもないものだ。
一生秘して生きたいと思うものを暴かれようとして、セイギは動悸を押さえられず、まともな思考を練れずに言葉を紡いでしまった。
「え、いや、その、分からないって言うか知らないって言うか、【称号】って何?みたいな……」
セイギはそこまで言ってしまってからまずい、と僅かに冷静さを取り戻した。
それも見るからに手遅れでセイギに集まる視線は既に欺瞞に満ちている。
「回りくどい!」
そう声を上げたのはニポポだった。ニポポは手の平をセイギに向けた。
「ニポくん!」
ユニアスが鋭い声を上げるもニポポはその動作を止めず、軽く流す。
「ごめん、ユニねえ。ちょっとだけだから」
この言葉を耳にするとほぼ同時に、セイギの意識が一気に引いた。自分が自分でない感覚。自分に似た何かを後ろから眺めているような意識。
「効いてきたな」
黒い笑みを浮かべるニポポ。後ろのユニアスは不安げにセイギとニポポを見詰めている。
「本当にちょっとだからね?」
「わかってるよ」
そうユニアスを伺い見たニポポは、すぐにセイギに対峙する。
「お前の名前は?」
さっき聞いただろうが!そんな風に言い返そうとしたセイギの口からは全く別の言葉が零れた。
『田中正義』
「セイギ・タナカじゃないのか?」
『田中が名字で正義が名前だ』
「ふーん、じゃあお前の所では名字を先に言うのね。どんだけ田舎なんだよ」
意図せずに口が開き、事実が語られる。そこにセイギの意思などは全くの皆無だ。
(どうなってんだ、畜生!)
そんなセイギを慮ることもなく、ニポポは尋問を続ける。
「お前、ホントにヒト族なの?」
『……たぶん』
「多分って何それ。そんなことも知らないの?」
『分からない。俺は……』
この世界の人間じゃない、そう言いかけたセイギを遮ったのはやはりユニアスだった。
「ニポくん、無駄話はダメ!」
辛くも危機を脱したセイギであったが、完全に危機を脱した訳ではない。無慈悲にも尋問は続く。
「ちぇっ……聞くぞ。お前の【称号】はなんだ?」
『……分からない』
「は?本当にわかんねーのか?」
『分からない』
「どんな力かもわかんねーのか?」
『……』
「どんな力かって聞いてんだよ!」
『……こわい』
「は?」
これにはニポポも本気で戸惑ったような声を出した。今ニポポが使っているのは『真実を語らせる』魔術だ。決して本音や感情を語らせる魔術などではない。
「なにが怖いんだよ?」
『怖い怖い』
「はっきり言え!」
『怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い』
「だからなんなんだよ!?」
「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
「ガッ!?」
返答の代わりに出たのはセイギの絶叫。
そして腹部を押さえて蹲るニポポ。周囲の四人は慌ててニポポを庇うように位置取り、全員がセイギに敵意を向ける。
ようやく不可視の束縛から解放されたセイギは息も荒く地面に這いつくばり、気だるそうにニポポを見やった。
「お前、なんなんだよ……」
その声は震えその目は確実に恐怖に囚われ、まるで化け物を見るような目でセイギを見つめていた。
ニポポは犠牲になったのだ……




