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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
28/104

28.はじめてのおつかい

 セイギは緊張して道を歩いていた。





 その日は梅雨の時期にしては相当天気のよい日のことであった。

 普段であれば狩りなり畑の世話なりを手伝うような天候である。だがそのいつも通りはやってこなかった。


 唐突にリズの口から零れたのは『セイギ、買い物に行きなさい』だった。それは食事中での出来事であったため、セイギは思わずスプーンを落としていた。


「えっと、それはどういう意味ですか?」


 思わず敬語になるセイギだった。突っ込みを入れる余裕もない。


「そのまんまの意味よ。今欲しいのは調味料とかセイギの服とかかしら」

「それは街に行くのか?」

「当たり前じゃない。街にくらいしか売ってないもの」


 平然とそう言うリズとは反対に困惑するセイギ。


「俺一人でか?」

「そうに決まってるじゃない」


(いつ決まったんだよ)


 こっそりとごちるセイギではあったが、確かに一緒に行くのならば普通は『買い物に行きましょう』などとなるはずだ。


「私は街に入れないから、ヨロシク」

「街に入れないって、なんで?」

「そういうことなの!」


 軽い疑問であったが、リズにはあまり話したくない事情だったらしく、無理やりに会話を切られる。納得したわけではないものの、これ以上の詮索は喧嘩の種になると察知したセイギはおとなしく引き下がった。内心、嘘をつかれるよりはマシ、と考えて無理やり承知した。


「それで砂糖と塩、小麦粉とオリーブ油をお願い。余った分で好きな洋服を買ってちょうだい」


 そう言いながら十枚の銅貨を渡す。その価値をあまり分かっていないセイギは平然と受けとる。


 労働を主にしているわけでもないリズにとって、貨幣を稼ぐことは非常に難しい。狩りで取った生き物の部位を売るか、調合した薬物の売買でどうにか必需品を買い取るのが精一杯なのだ。

 この銅貨十枚というのはリズがここ一年でどうにか貯めた虎の子だ。折角の機会なのでセイギにはしっかりとした服を買って欲しい、そんな思いが籠っていた。



「ここのお店で調味料、こっちのお店で服が売ってるから」


 そう言いながら簡易の地図を手渡す。


「それじゃあ行ってらっしゃい」


 リズはにっこりとセイギを扉の外へ追い出した。


「え?」


 セイギは呆然と目の前で扉が閉ざされていくのを眺めることしか出来なかった。



 * * *



「はぁー……」


 部屋に大きな溜め息が溢れる。卓に倒れ伏すのは金髪緑眼の美少女だ。


 今回の強行軍はリズが葛藤の末に選択したものだ。



 セイギを買い物に行かせる。



 これ自体は大したことではない。セイギの服を買わせることも後悔するようなものではない。金銭なんて最悪無くとも一年は暮らせるリズにとって、その程度の存在だ。生活を潤沢にするものだが無ければならないかと尋ねられれば首を傾げてしまう。そんなものだ。



 リズの懸念事項、それはセイギが人との接触を図ってしまうこと、それだった。


 その程度、とそれこそ考えてしまうような些末なことではあるが、リズにとっては唯一かもしれない会話相手なのだ。もしもセイギがここを出ていってしまったら、などとも考えてはそれを否定する。だがそれを完全に打ち消すことなど出来なかった。


 先日のセイギの話を聞いたリズはその内容を反芻していた。

 学校の話。沢山の友人の話。家族の話。

 セイギは少なくともそれだけの人間と関わって生きてきたのだ。話の出来る人間がたった一人など満足のしようがない。出来るはずがない。そういった生活を送ってきたのだ、セイギは。それを強制させることなんてリズには出来なかった。謂わば今回はセイギにコミュニケーションという息抜きをさせる意味があった。


 そしてそれが切欠となり人肌恋しくなったセイギがリズを置いて出ていってしまって――

 セイギに置いて行こうというつもりはないにせよ、結果的にはそうなってしまう、そんなことを懸念していた。



 嫉妬心、独占欲、孤独感。



 殺された記憶のせいで街の人と話せなければいいのに、そんな風に考えてしまったリズは自己嫌悪という底の見えない奈落へと落ちていく。



 * * *



 セイギは関門の側で項垂れていた。

 なんでも身分証と正当な理由が無ければ街には入れないということを怒鳴られつつ教えられたからだ。


 勿論身分証など、異世界から来たセイギが持つはずもない。


 基本的に国民には住民票のようなものが配布され、自国に入るには問題なく入れる。国を跨ぐ場合には証書を役所で発行するか、特別な手形が必要となる。この場合の手形とは商人や冒険者などが持つそれに当たる。


 そのどれも持たないセイギが入都出来る筈もなかった。

 そしてその事実を、葛藤していたリズが思い浮かべることは出来なかったのだ。要はリズのうっかりだ。



 折角緊張を乗り越え、少しばかり気合いも入れていたセイギはこの事実に一気に消沈していた。

 その格好は見るからに無惨な姿ではあるが、だからと言って許可できる筈もなくシッシッと野良犬を払うように追い出されていくセイギ。



 関門に背を向けて歩き出そうとしたセイギの視界に一台の馬車が目に入った。

 瀟洒(しょうしゃ)と言えば瀟洒、しかし馬車は金属のようなもので大体を固められ、些か(いか)ついと言わざるを得ない。何かのおまけで意匠を凝らされたかのような装飾。竜と剣を構えた人物が戦っている絵が描かれていた。

 何気なしに眺めていたセイギの目の前でその馬車は停止した。


「ハーイ、ボク、どうかしちゃった?」



 馬車から飛び降りてセイギの目の前に現れたのは、黒く焼けた、青少年には目に毒である胸の持ち主である癖にその事を理解してかしておらずか、やたら露出の高い服装の女性だった。

予想だにしない展開になっていく……

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