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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
26/104

26.家事見習い

 リズとセイギは二人して台所に立っていた。

 セイギの手には包丁が握られている。どう克服したのかセイギ本人にも理解できてはいないのだが、既に包丁に対する異常な恐怖心はその影をすっかりと潜めていた。かといって再び突き付けられでもしたらそのような余裕など微塵もなくなってしまうのだが。


 覚束ない手付きで野菜を切り揃えていくセイギ。その速度は遅々としたもので慣れた人間からするともどかしくも感じるだろう。

 切り分けられた部位はバラバラのサイズで見栄えも悪い。皮には実が多く残り『勿体ない』の様相を呈していた。


 苦笑しながらもリズはそんなセイギの様子を伺っていた。あまり手や口は出さず、ちょっとした注意やアドバイスを口にするだけだ。横から口を出されるとやる気が削がれてしまうことをリズはしっかりと把握していたのだ。



 なぜこうして料理教室が催されているのかと言うと、ただの居候ではいられなくなったセイギ自身から手伝えることはないかと考えたからだ。リズは『セイギが一人出ていく準備をしている』のではないかとも考えてしまったが、素直にそれをセイギに尋ねた。心の内に秘匿する必要が無くなったからだ。もしリズがセイギに尋ねることが出来なかったら、セイギの申し入れは全て却下されていただろう。

 勿論セイギの返答は『NO』だ。なにも手伝わずに居候するなど、"ヒモ"でしかない。それで平然としていられるほどセイギの精神は図太くなかった。寄り掛かるだけではなく支えあいが出来る、せめて手伝いの出来る同居人になってやろう、そう考えていた。


 これがその記念すべき第一歩目だった。




 そしてその一歩目は悲惨なものであった。


 味付けに関してはリズの指示があったため問題なく食せる。……のだが如何せん見た目が悪い。

 現代人であるセイギにとって火加減の調整の仕方など回すか押すかのニ択しかないはずだった。すなわちガスコンロかIH。そして言わずともそのような万能機材が備わっているはずもないキッチンでは木をくべるのが常識であった。


 一部は真っ黒に焦げ、そのくせ中身は生であったりする。慌ててかき混ぜたせいでぐちゃぐちゃに崩れているわ不揃いのせいで大きな塊が残っているわ、世辞にも美味しそうとは言えなかった。



 料理ともいかないが調理経験のある一高校生にとってこの失敗は大きなダメージを受けるものであった。セイギのなきにしもあらずとも言えるプライドは微塵にされたのだ。




 そんな料理が食卓に鎮座している。無駄に存在感だけはある。

 思わずセイギは顔を背けた。どこかから笑うような雰囲気がしたせいか、ますます気まずさを隠し得ない。


「それじゃあ食べましょうか」


 それ故にセイギの反応は呆けた顔を彼女に向けることだけだった。


「え、これ食うの?」

「なに言ってるの、捨てる訳ないじゃない」

 

 そんな彼の反応は至極当然でもあるが、それに対するリズの言葉も当然のものである。食物も選り取り緑とはいかない。

『食せるものは食す』。偉大なる先人たちの知恵であり教訓なのだ。



 意外にもセイギはこれを完食せしめた。

 戻しかけたことは、恐らく言うまでもない。



 * * *



 それからのセイギは主婦もかくやと言った様子で家事を習得していった。基本的にセイギがこなし、それをリズがフォローなりをする。洗濯だけはセイギに任されなかったが。


 一度洗濯を強行しようとしたのだが、『セイギのヘンタイ!』と言うリズの発言により諦めざるを得なかった。自身のものだけ洗うとも言ってはみたものの、二度手間になるとリズから遠慮された。


 そのセイギ自身も、赤面したリズからパンツを洗うことだけは許諾されたのはまた別の話だ。




 リズによる家事講義が始まってはや三ヶ月、およそ一般的な男子高校生には不適当な家事スキルを身に付けたセイギがそこにはいた。


 家事を訓練する傍ら、狩りや素振り、筋力トレーニングを続けてきたことで、セイギの身体にも変化が現れていた。

 不健康な生活を過ごしていた頃に比べ、まず無駄な贅肉が落ちた。ある程度筋肉の付いていた下半身は元より、上半身にも筋肉が付いていた。雑事をこなすためにはまず上半身の力が必要だったからだ。

 次いで手の皮も分厚くなっていた。素振りにより擦りきれた皮が再生と破壊を繰返し、随分と頑強になっていた。とは言えど、所詮三ヶ月程度のものであるため、察しのつく程度だ。


 だが変わりつつある自身を顧みることで、セイギは着実に喜びを覚え、鍛練を続ける。



 リズに誘われたことで森の狩りを続けることとなり、弓を引けるようにもなっていた。弓を引こうとした時、矢筈が零れたのを笑われていたセイギは既にいない。だからと言って中るとは言えないが。精々十回に一回が良いところだ。


 ついでに狩りを通して"力"を発揮させ、慣れることで制御を可能にしようとしてみたものの、全く以て"力"が現れる予兆すらなかった。

 リズ曰く、命の危機に瀕した際か、感情の昂りによってあの恐ろしい能力が発動されるのではないかと言った。セイギ自身も言われてみると殺意を持った時にしかあの惨状は起こらなかったことを思い出し、納得した。



 一般人でもあるセイギが殺意を抱く機会はそうないため、"力"の暴走という無用の心配をする必要がなくなり、安堵の溜め息を吐いたのだった。




 時は夏の始まり、世界は梅雨の憂慮の雨の時期であった。

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