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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
24/104

24.それは昔の話

 一人の少女がいた。


 彼女には貴族の父と母がいた。貴族と言っても成り上がりのものだ。由緒などがあるはずでもない。だからこそだろうか、その二人はむしろ貴族であることに固執していた。

 父親は次男で家督を次ぐ権利を持ってはいるものの、その正当な権利が行使される望みは薄かった。そこで兄である長男を妬み責め追いやるも、結局は何一つ得ることが出来ず、遊び歩く放蕩者となった。その妻はその際に子供を孕んだ女の内の一人であった。貴族の財産を目当てに結婚したものの、それを自由に使う権利が無いことを知ると、長女を出産すると同時に蒸発した。

 だからその少女は母親の顔を知らない。知りたいとも考えない。


 少女が三歳になった頃だ。神の子でもある二歳を終えた頃、少女は【異号】の者に出会った。

 出会ったと言うのは語弊がある。実際には会わされた、とでも言うべきか。


 その【異号】の老人は少女の顔をまじまじと見つめていた。周囲には少女の身内とも言える人間が多数集まっていた。半分は『放蕩貴族の娘』を見に来たのだった。

 ヒソヒソと声が漏れ、その度に父親の顔が不機嫌そうに歪むのを今でも少女は覚えている。



「これは――」


 少女を見つめていた老人がいかにも渋そうな声でうなり声を上げる。


「どうかしましたか?」


 老人に尋ねるのは父親ではなく元家長の壮年の男性だ。

 嫌そうに渋りながらも少女の父親が二人の元に歩み寄る。

 三人で顔を付き合わせながら会話を進める。その話の顛末が理解できたのは驚愕に顔を歪めた少女の父親の怒声だった。



「【異号】持ちの子供なんぞ要るものか!」






 老人が見ていたのは少女の【称号】。彼の【異号】とは【()る者】――他人の【称号】を見ることの出来る【称号】だ。この力は大変重宝され、一国の重要なポストに宛がわれることも常だ。


 神の子でなくなった子供はまず自身の【称号】を知らされることから始まる。同時にそれがどのようなものか国に報せる義務もある。これは国が国民の情勢を知るためにも始めたことである。



 そして【異号】持ちと判断された子供はその場で切り捨てられるか、国の定める機関で"教育"される。そうでなければ無闇な暴力、ひいては国家に仇成す存在と成りうるからだ。

 およそ人としては決して幸せとは言えない人生を歩むように定められているのである。


 ――だからこその傀儡




 少女の【称号】は【哀願の魔女】だった。

 "魔"の付く【称号】は得てして魔法に特化したものであるのが常識であった。生まれついて【称号】によってその資質を保証され、強大な力を付与されるのだ。



 そんな少女の将来を憂えたのは彼女の祖父だけであった。


 少女の祖父は国に対して数少ない一家言を持つ者であった。伊達に一代で貴族に成り詰めた化生とも言われた人だ。



【哀願の魔女】は【異号】と見なされながらも未知の【称号】であること、そして少女自身が魔素を識別することが出来ず、それ故に見合う力を持たないと判断されたこと。その上国の英雄である少女の祖父からの頼みもあり、例外的に人との接触を出来うる限り断つこと、国に害意を持たないこと、必要とされた時に国に協力することを約束付けることで鳥籠の中の自由を得ることが出来た。


 完全な自由を与えることの出来なかった少女の祖父は涙を堪えながら少女の頭を撫でたのだ。



 それが父親から見捨てられ、世界から隔離された少女を絶望から救ったことを少女の祖父は知らない。





 それから少女は森の入り口付近に建てられた小さな小屋で過ごすようになった。

 小屋自体には不可視の結界が張られ、知覚をしないものにはその存在自体があることさえ認識出来ないように施されていた。逆に言えば、強くそこにあると思えば直ぐにその存在に気付くようなものだ。



 そこにはメイドも執事も、料理長も父親も伯父もいない。いるのは少女と祖父だけ。


 少女を引き取ろうという存在は一人も居なかった。少女を引き取ることはつまり隔絶された世界の住人になると言うこと。そのような覚悟を持って少女を引き取ろうとする酔狂な人間がそこにいるはずもなかった。



 当然のように声を上げたのは少女の祖父であった。



 彼を引き止める声も多かった。何よりも彼の人徳、公正さ、偉大さを知るものがそれにあやかろうと、頼ろうと、利用しようとしていたのだ。老いたとは言え、その名前は健在だったのだ。

 だがそんな有象無象の声も、彼の一喝で消失した。



『だったらこの子を救ってみろ!』



 言い返せる者は一人とていない。返せるとしても彼に好印象を残すことなど到底無理だ。



 実はその言葉には彼自身を戒める意味もあった。少女に自由を与えるために一国を相手取り、尚且つそれを跳ね除ける程の力が無いことを自身が知っていた。だからこそ権力を傘に交渉をすることで僅かばかりの罪滅ぼしをしたつもりだ。そして足りない分をこれから一生を用いて払い続けようという心意気だった。



 生活が始まると彼は孫を目一杯に可愛がり、盾となり教師となった。

 そして彼は生き方を少女に教え込む。一人でも彼女が生きていけるように。いずれ来る別れの時を思い浮かべながら。




 ――少女にとっては遥か昔の、世界にとってはほんの僅か昔の話のことだ。

やっと終わりの方向性が決まりました。

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