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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
23/104

23.同棲

 血に(まみ)れたセイギは呆然としたようにリズを眺めていた。

 その様子を意識の混濁と勘違いしたリズがセイギに駆け寄る。


「大丈夫!?」


 (つぶさ)に全身を調べ始めるリズ。しかしセイギの身体には一切の傷が見当たらない。流石のリズだとて、七頭の狐に襲われては無傷とはいかない。リズはその事実に素直に驚愕する。


「傷はないみたいね。……それにしても"ビクスン"七頭相手に怪我もしないなんてセイギ、凄いのね」


 その言葉にセイギが返事を返すこともない。


「……ねぇ、返事くらいしてくれてもいいんじゃない?それとももう私とは話したくないって言うの?!」



(違う!こんなこと言いたいんじゃないのに。『ごめんなさい』って言いたいのに)



 リズは焦燥していた。素直に言葉に出したいのに、出せずに上っ面の言葉だけが滑り落ちていく。


「確かに私も悪かったわよ!でも、別に出ていけなんて言ってないわよ!勝手に一人で……」


 怒鳴り付けていたはずの声がその言葉の途中で急激に小さくなった。リズの目には既に涙が浮かびかけている。感情の高ぶりのせいで孤独という感情が涙腺と直結してしまったためだ。



「……俺は」


 ポツリ、とセイギが言葉を零す。


「俺はダメなんだよ」


 諦めを含んだような声でセイギがリズに呟く。まるでリズを近づけさせないようなその言葉に思わずカッとなってしまうリズ。


「なにが"ダメ"なのか全然分かんない!ちゃんと話してよ!」


 真っ直ぐにセイギを見つめるリズの目から逃れるようにセイギは身動ぎをし、顔を道端へと投げやる。


「……俺はもう、リズとは暮らせないんだよ」


 ギュッと目を閉じるセイギ。直ぐに飛んでくるであろう罵声に対して身を固く竦み上がらせる。

 だがセイギの予想したような言葉は全く帰ってこない。恐る恐るリズの様子を伺うと、リズは必死に目を拭っていた。


「リッ、リズ!?」


 予想だにしなかった展開にセイギは唖然としていた。なんとしてもリズを泣き止ませたいと思いはするものの、どうすれば良いのか何一つ思い浮かばず、慌てるのみであった。


「ゼ、ゼイギはずるいよぉ。グジュ、自分のいいだいごとばっか、ズズッ、いっでぇ!」


 至ってシリアスな場面であるにも関わらず、リズの顔は鼻水に涙にと荒れに荒れている。話している途中にも鼻や涙が出るせいで言葉も途切れがちだ。


「……ブフッ、クッ、クックッ、ハッ、アッハッハッハ!」


 それはこの世界に降り立ってから始めての、セイギの心からの笑い声だった。



 * * *



 ようやく落ち着きを取り戻したセイギを涙目で睨むリズ。


「セイギ酷い」

「ごめんって」

「セイギ冷たい」

「ごめんってば」

「セイギブサイク」

「それ関係ないよね!?」

「……じーっ」

「……ごめんなさい」

「よし!」


 暗い雰囲気もどこへ去ったのか、二人の距離はいつもよりも近くなったようであった。


「……最初に、ごめんなさい!」

「えっ?」


 リズは気合いを込めると直ぐ様セイギに頭を下げた。葛藤してしまうから言葉が出なくなるのであれば、その前に言葉を吐いてしまおうという作戦だ。


「私、セイギに酷いことを言いました。許してください」


 リズが深く深く、頭を下げる。およそ喧嘩でするような謝罪ではない。これに慌てたのがセイギだ。


「イヤイヤ、リズは間違ってないから!俺の方こそごめん!ずっとリズに頼りっきりで!」


 リズに次ぐようにしてセイギが深く頭を下げる。そこで二人は相手の言葉を否定しては謝罪をし、相互に何度も繰り返す。そんなお互いの態度が可笑しくなったのか、二人は互いの顔を見合って笑いあった。



「フフフッ。……ねえセイギ、"ダメ"ってどういうこと?」


 聞きづらかった言葉も、二人の空気が和らいだことによって話しやすくなっていた。先程の詰問と違い、現在のリズには余裕があった。


「あー、それは……」

「言えないことなの?」


 強いリズの視線に顔を背けかけるセイギ。しかしそれを思い止まり、ハッキリとリズを見つめ返す。

 息を大きく吸い込み意気込みを固める。


「俺はもう、人じゃ無いかもしれない」







 セイギはリズに全てを打ち明けた。

 異世界出身であること。一度殺されたかもしれない身であること。異様な再生力を得たこと。……自在に生き物の命を奪えること。それらが【称号】の影響であるかも知れないこと。


 更にこの異能は意図して使える訳ではなく、いつ発動されるかも分からない危険性を伝え、誰にも関わることなく生きていこうと考えていることをリズに打ち明けた。


 そのセイギに対して投げられたのは冷静な言葉だった。


「ばっかじゃないの?誰にも関わらないで生きていけるわけないじゃない!」


 リズは真剣に怒っていた。それこそ本気だ。


「ば、バカってなんだよ。俺だって……」

「じゃあ畑の作り方は分かるの?狩りは?水はどうするの?住むところは?病気になったら?」

「うっ……」


 リズは呆れたような顔をしていた。正に『やっぱり』とでも言うかのような表情だ。


「私は別に平気よ」

「だから俺は……」

「いいの!そもそも生活力ないじゃない」

「それは……どうにかするよ」

「だから私が良いって言ってるの。(私がいて欲しいの!)」

「え?ちょっと後半聞こえなかったんだけど」

「いいの!」


 リズはセイギの腕を引っ張り道を歩き出す。勿論あの家を目指してだ。リズはこの上ない笑顔で、セイギは戸惑いながらも少し照れたような笑いを浮かべている。



 二人での共同生活が、遂に始まった。

リズさんの精神が不安定にしか見えない今日この頃。

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