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セイギノミカタ  作者: 柏木大翔
世界の在り方
20/104

20.願わくば……

 リズは森の喧騒に気が付いていた。


 だからこそリズはなにもせずに自宅に(こも)っていた。行動さえ起こさなければ誰もこの家の存在に気付けない(・・・・・)。当然のようにこちらからも向こうの様子を伺うことは出来ないはずだが、狩人としての経験から僅かな違和感を察知することに長けていたリズにとっては壁の向こうの様子は手に取るように理解できた。


 そして当然のようにセイギは何も察知していなかった。



「ん、なんかバカにされたような気が……リズ?どうかしたか?」

「ううん、なんでもない」


 尋ねるセイギにリズは否定の言葉を返す。

 なんでもない訳では無さそうだが、敢えて押し通してまで尋ねるほどセイギは愚かでもない。釈然としないながらも目の前に据え置いてある本に再び目を落とす。



 現在セイギが目を通しているのは【称号】の一覧を纏めた辞書にも似た本だ。

 本には一般に知られている【称号】で判明しているものの子細が書かれている。セイギは別に全てを覚えようとしているわけではない。今求めているのは自身の"力"がどのようなものかを判別する材料を探していた。


【狩人】、【国王】、【傭兵】……セイギの求めるものは見当たらない。捲れど捲れど、出てくるのは一般市民の持つものばかり。セイギの探すものは特異性があるため、そう簡単には見つからない。一瞬【爆破師】という【称号】に惹かれたが、火薬の取り扱いが巧くなる程度で、火薬無しに爆破出来る技能ではなかった。

 そして頁の少なくなった所で、手垢の残る頁にセイギの目が止まる。



 ――【異号】



 そこにはセイギが見てきた【称号】とは比べるまでもなく情報も少ない、尚且つ見るだけで異常とも思える【称号】が列挙されていた。


【勇ありし者】、【魔の王】、【双無き者】――


 その中でセイギが目をつけたのは【魔の王】であった。

【魔の王】とは『"魔法"の力を自在に操り君臨するもの』らしい。



『ついに"魔法"ときたか』と、セイギは頭を抱えた。その一方でセイギの心は激しく踊り出す。顔が緩むのも抑え切れない様子だ。


 一般高校生でもあるセイギは、一人の少年として健全な通りにRPGなどをプレイしたこともある。そのゲームでは剣士や戦士、魔法使いや僧侶などが活躍していた。

 巷ではアニメやマンガでも魔法は常識のように現れていた。そして冒険潭の中の友情や成長、そして勝利、それらに憧れ夢見たことは一度や二度ではない。


 それが今や現実のものとなってセイギの目の前にあるのだ。セイギが興奮を隠し得ないのも無理はない。



「リズ!ちょっと聞きたいんだけど!」

「なによ、そんな興奮して」


 テンションの高いセイギに対して、リズは至って冷静に反応を示す。


「魔法って誰でも使えるのか!?」

「ああ、無理」

「へ?」


 冷静に、刺すようにリズの言葉が突き刺さる。


「魔法って才能ある人間がようやく使えるもので、そこから勉強してやっと半人前。あとは一生かけて一人前になるのかなぁ。魔法が使える人は"魔素"って言うのが見えるらしいから直ぐに分かるんだって」

「だって、ってことはリズは使えないのか?」

「当たり前じゃない。十万人に一人って言われてるのよ?私なんかが使える訳ないじゃない」

「マジかー……」


 そう言うリズの顔も、セイギの顔も苦虫を噛み潰したような表情であった。

 十万人に一人と言われ、それが自分だと主張できるほどセイギは自惚れていなかった。そもそもこんな異世界とも言える場所に召還されるのは十万人に一人では利かないだろう。その上魔法を使おうとは都合が良すぎる。




 リズはそんなセイギの姿を伺っていた。

 魔法とは十万人に一人に与えられる"異常"だ。それ故集められ隔離され教育される。自由な発想など持てないし利用されるだけだ。――傀儡――魔法使いに与えられる蔑称である。魔法使いは悪魔の如く扱われているが、本当の悪魔はどっちなのか、と言うのはリズが常々考えていたことだ。


 目に見えて落胆するセイギに安心するリズ。セイギに魔法が使えていたらきっと今頃こうして出会うことなど出来なかったに違いない。出会うことが出来たとしても恐らくこうして意思を伴った会話などは出来なかっただろう。セイギには悪いと思いつつ、リズは感謝を告げていた。



「途中で魔法に目覚めるとか……」

「聞いたことないわね」


 素気ないリズの言葉に完全に肩を落とすセイギ。



(でもそれでいいのよ)



 セイギに直接言うこともなく、リズは自身の内心で一人そうごちた。



(特別なことなんて何一つなくていい。だから、普通を下さい)


 リズは何も望まない。願うのは人として当然の幸福だ。それをひたすらに、妄信的に、純真な子供のように願い続けるのであった。

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